無機質な華

手に掴んだ花は、風に吹かれ飛んでいった。花びらが宙に舞い、無機質なコンクリートの上に散らばった。白く美しい花びらは、そっと。そっと散らばり、何れ枯れてゆくのだろう。
「――――」
それを見つめていた紫色の瞳も、やっぱり何処か無機質だった。何も感情を見出せない瞳。それが今ここにある唯一の『動』なのに。なのにその瞳は、まるで硝子玉のようだった。ただ綺麗なだけのモノのようだった。
「…瀬戸口……」
名前を、呼ぶ。それ以外の言葉を自分は思いつかなかった。いいやそれ以外の言葉を、今必要としていなかった。そして目の前の彼も、同じ事を思っているのだろう。
「…来須…人間ってあっけねーよな……」
自分を見上げ口許だけを笑みの形にして、瀬戸口はそう言った。その呟きがひどく穏やかで、それが逆に今の現実をリアルに伝えているようだった。
「こーんな簡単に死んじまうなんて…本当、人間ってちっぽけだな」
剥き出しのコンクリート。崩れ落ちた壁。目に染みる灰の煙と、生臭い血の匂い。そこから確実に混じってくる…死臭。
「…ちっぽけだよな……」
手に持っていた花びらをなくした一輪の花をそのまま投げ捨てると、瀬戸口はゆっくりと来須の背中に手を廻した。手を廻して、引き寄せて、そして。そしてそのまま腕の中に崩れるように落ちてゆく。
「―――お前が無事で、よかった」
腕に落ちたぬくもりを抱き止めながら、来須はそれだけを言った。やっぱり他に言葉は何も思い付かなかった。思い、付かない。例え何を言おうとも、彼は欲しがらないだろう。どんな言葉も、彼は必要としない。言葉よりも彼が欲しいものを、来須が嫌という程に分かっている限り。
「その言葉、本気で言っているなら、キスしてくれよ。そうしたら信じるから」
見上げてくる紫色の瞳は、今はただ哀しく見えた。これだけの死を目の前に見ても、心の奥底の感情まで届く事が出来ない彼。それを自分自身が一番分かっているからこそ、その残酷さに追い詰められている彼。そして。そして、そんな彼が唯一本当の感情を動かされる相手が、自分しかいないと言う事実が。その事実がまた。また、彼を追い詰め苦しめる。
「信じるから、さ。キスしてくれ」
そしてそれを分かっていながらも、彼を救う事が出来ない自分が。そんな自分が何よりももどかしい。
「―――瀬戸口……」
一瞬の幸福。どうにもならないほどのしあわせ。それを手にいれたら後は絶望だけだ。手にした暖かさを失う恐怖に怯えるだけだ。怯えて、そしてやがてくる絶望をじりじりとした思いで待つだけ。それでも。それでも、今目の前に確かにあるものを。こうして手を差し伸べればそこにあるものを―――拒む事は…もうふたりには出来なくなっていた。


重ね合う唇。触れた唇の暖かさ。
気が遠くなるほどに焦がれ願ったもの。
ずっと、願い続けていたもの。
それが今ここに。ここにある限り。


一瞬の幸福。どうにもならないほどのしあわせ。そして、全てを失う恐怖。



「…人の死よりも…お前の一言一言に怯える俺は…愚かか?」
後どれだけいられる?後どれだけ一緒にいられる?後どれだけそばにいられる?
「…お前が何時…さよならと切り出すか…そんな事に怯えている俺は……」
この腕の中に後どれだけいられる?このぬくもりが自分だけに与えられる時間は後どれだけ?彼が自分のものだと実感出来るのは後どれだけなのか?
「…こんなにたくさんの人間が死んでも涙一つ出ないのに…お前が消えると考えただけでどうにもならなくなる俺は…俺は……」
むせかえる程の血の匂いよりも、微かに薫るお前の汗の匂いを探る俺は。俺は何処まで浅ましく、どこまで愚かなのだろう。それでも止められない想いは?それでも沸き上がる想いは?
「…なあ来須…俺は…俺は…人間以下なんだろうな……」
どうしたら、止められる?どうしたら、諦められる?どうしたら…俺の心から消せる?


人が死んでゆく。幻獣も死んでゆく。そうしてこの世界の生物がひとつひとつ消えてゆく。消えてそしてまっさらになる日まで後どれだけ時間が残っている?
この世界が終わる日まで。このジェルサイドが完了するまで。後どれだけ時間が残っている?



「――――俺は…そんなお前を…愛している…瀬戸口……」



告げるつもりはなかった。決して告げるつもりはなかった。さよならを、永遠の別れを分かっているから。だから決して告げる事はしないと。決して告げはしないと、そう決めていた。けれどもそれすらも崩れ落ちるほどの。それすらも、どうにもならないほどの。そんな想いが今ここに。今ここにあって、それをもうふたりにはどうする事も出来なくて。
「…お前からその言葉が聴けるとは思わなかった…お前は絶対に言わないと思っていた……」
止められない想い。止める事の出来ない想い。その先にあるのが絶望しかなくても。その先にあるのが深い闇しかなくても。それでも。それでもこんなにも願い狂うほどに求める想いを、どうして止められると言うのか?
「でも嬉しいよ。嬉しい…来須…俺も…お前だけを……」
触れた唇。重ねあったぬくもり。ずっと互いが求めていたもの。ずっと、ずっと求めていたもの。世界の終わりよりも、ここから解放される事よりも、ずっと。ずっと、欲しかったもの。
「…お前だけを…愛している……」
腕の中のぬくもりをきつく抱きしめながら、来須は願った。ただ願った…ずっとそばにいてやりたいと。


それが叶うなら、こんなにも傷つけ合う事などなかったのに。
それが叶うならば、こんなにも苦しくはなかったのに。


叫びたくなるほどの絶望と、狂うほどの哀しみが、ふたりに圧し掛かるのを止められない以上。


コンクリートに散らばった花びらが、再び風に飛ばされる。その後に残ったものはただ。ただ剥き出しのコンクリートだけだった。崩れ落ちてゆく瓦礫と、壊れゆく世界と。
滅びゆくためだけに存在する世界の中で、作為的に出逢った二人だった。見えざる者達のゲームの駒でしかない二人だった。それでもこうして。こうして出逢い、そして惹かれあった以上。どうにもならない想いで、互いを愛してしまった以上。例え駒であろうとも、その気持ちまでも消す事は誰にも出来ないから。だから。


ただ一瞬の幸福に身を焦がし、こわるほどのしあわせに溺れたとしても、誰が咎められると云うのか?
その先に絶望しかないと分かっていても、惹かれあう想いを…誰が止められると云うのか?




「…そばに…いたい…ずっとお前の…そばにいたいよ……」




絶望しかない未来だとしても…それでも微かな希望に縋るのは…愚かなことだろうか?


END

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