―――胸に宿る、静かな痛み。
その痛みの正体はなんだろうと、ふと考えて。
考えてそして、そして見つめた先にあったものが。
見つめた先にあった君の笑顔が。
ひどく切なかったのは、どうしてだろうか?
この腕の中にずっといられればと。いられたならばと、何時から願うようになったのか?
「―――変な顔をしている」
見上げた先の蒼い瞳と、相変わらずの無表情な顔。でもそこから染み出る優しさに気付いた瞬間から、俺は君に捕らわれていた。心も、身体も、全部。
「こんなイイ男捕まえて変な顔はないだろう?!」
何時ものようなふざけあい。口では幾ら拗ねていても、やっぱり俺の顔は何処か笑っているのだろう。君の瞳に映っているのが、俺だけだと感じているから。
―――君の瞳に映っているのが、俺だけだから……
「変な顔している。何かあったのか?」
そして。そして君は絶対に俺のどんな些細な変化でも決して見逃したりはしないから。
もしもと、ふと思った。
もしも君がこの世から消えてしまったらと。
何時も君は前線にいる。戦場の一番前に立って。
俺は後方で声を送るだけ、それしか出来ない。
君を護る事も、君の盾になる事も出来なくて。
ただ君が。君だ戦っているのを見ているだけ。
それしか、俺には出来ないから。
――――もしも君がこの世界から消えてしまったら…俺はどうしたらいいの?……
「…何でも…ないよ……」
ぷいっと顔を横に向ければ、君の大きな手が俺の頬を包み込む。
「嘘言え」
大きくて、強くて。そして何よりも優しい手。
「嘘じゃないよ」
この手に包まれたいと願った瞬間に俺は。
「だったらそんな顔するな」
俺は君の全てを、想っていた。
「そんな顔されたら俺は…」
「…俺はどうすればいいのか…分からない……」
今がしあわせならば。今がしあわせ過ぎれば。
それと相反するように押し寄せるのは、不安。
失う、不安。怯える、不安。
それを気づかないようにして、気付かないように押し止めても。
君がそっと微笑ってしまったら。
――――俺はもう、閉じ込める事が…出来ないから……
「―――どうしなくてもいいから」
見上げて、見つめた。蒼い瞳を痛い程に、見つめた。綺麗な綺麗な空の蒼だけを閉じ込めた瞳を。そして。そして俺は。
「何もしなくていいから、俺の」
自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。耳までかああっと熱くなっているのが分かる。分かっている、これは子供染みた我が侭でしかない。ただの俺の我が侭でしかない。でも。でも今それを俺は止める事が、出来なくて…。
「俺のそばにいろよ」
耐えきれず俯いてお前の胸に顔を埋めて。そして。そしてちょっとだけやけくそになってぎゅっと抱き付いた。情けないほど子供だなと想いながら、それでも必死になって抱き付いた。
「ガキのようだ」
「う、うるさいっ!俺だって今そう思っているんだから…」
「でも悪くない」
「……」
「こうされるのは、悪くない」
ふわりと腕が。その広い腕が俺の背中に廻って、そしてそっと抱きしめてくれた。広くて優しいこの腕を、俺はどれだけ焦がれていたのだろうか?
「本当、か?」
顔を上げて見つめたら…君はそっと微笑った。この笑顔を見ているだけで、全てが許せてしまうのは。全てがどうでもよくなってしまうのは、君がどうしようもないくらいに好きだから?
「ああ、悪くない」
髪を掻き上げられて、そっと額に口付けられた。ここにキスされるのは初めてだった。バカみたいだけど変にくすぐったくって、恥ずかしかった。
「――てなんでそんな真っ赤になる?」
「…い、いいだろっ!ここにキスしてくれたの初めてだったから俺は…」
言葉は最期まで声にならなかった。降りてきた唇に吐息の全てを奪われたから。俺今まで色んな女の子とキスしてきたけど、君のキス以上に切なくて苦しくて、けれども何よりも嬉しいキスを知らないから。
「お前は本当に見ていて飽きないな」
「…何だよ…それは…」
「誉めている」
「…嘘ばっかり……」
「本当だ。俺はこんなにも目が離せない相手を他に知らない」
「―――お前以外、ずっと見ていたいと思う相手はいない」
「…お、面白いからだろうっ?!どーせっ」
「それもある」
「…あ、あのなぁ……」
「でもそれだけじゃない…分かっているだろう?」
君の言葉に俺は、こくりとひとつ頷いた。
そして自分から一つ、君にキスをする。
精一杯の思いを込めて、君に。
「……うん…分かっている………」
君を好きでいる限り、この胸の痛みは消えることはないのだろう。
君を好きで入る限り、不安も怯えも消えることはないのだろう。
でもそれ以上に、俺は。
俺は、知っている。
君といる事のしあわせを。
君と共にいる事のよろこびを。
―――だから俺は、ずっと。ずっと、君のそばにいたい……
END