――――さよならと、云う事すら出来なかった……
俺の存在は、ただ。ただ消費される為だけにあるもの。
消費される為だけにある、存在。
名前も、命も、存在も、全て。全てが終わったならば。
全てが終わったら、風になり消えゆく存在だけ。
誰の胸にも残らない。誰のこころにも残らない。
全てが終わったならば、俺は。
…俺はこの世界から…消えゆく存在……
「……来…須……」
気を失う寸前に、お前は俺の名を呼んだ。次の瞬間お前が眼を開けたその瞬間、その名前は意味すらも持たないものになる。けれども今。今お前は、その名を。その名を何よりも愛しそうに呼んでくれたから。
「―――瀬戸口…」
崩れ落ちる身体を抱きとめて、そして。そしてきつく抱きしめた。全ての想いを込めて、お前に。ただ独りのお前に。
そして意識のない唇に、そっと。そっと口付けた。これが最期だと、想いながら。
『好き、君が好きだ。悔しいくらい』
『…そんなに俺が好きか?…』
『悔しいけど…好きだ…今だって…』
『死ぬほど、どきどきしている』
ずっと、一緒にいたいなとお前は云った。
ずっと、一緒にいれたらと俺は云った。
それはどちらも本当の事で、どちらも嘘だった。
お前は気付いていたのだろう。俺がここにずっとはいられないと云う事を。お前のそばにはいられないと云う事を。
俺は風。ただの、風。そこに一瞬現れて、時代を掻き乱し。そして。そして消えゆく存在。ただ、それだけの存在。ただ、その為に時代の螺旋を廻る存在。一定の場所に留まる事は許されない。誰かの心に…残る事は、許されない…。
『来須の蒼い目、好きだ』
『――目、だけか?』
『全部好きに…決まってんだろ?でも一番好きなのは…目だから』
『お前だけが、映っているからか?』
『そうだったらいいな。そうしたら俺は…』
『きっと、ずっと淋しくない』
うるさいくらいに纏わりついてきて。
愛の伝道師だの、本当の恋を教えるだの。
訳の分からない事ばかり云ってたけど。
何時しか。何時しか俺の方が。
―――お前から愛を…教えられていた……
「…瀬戸口…ずっと…愛している……」
例えお前の記憶に俺が残らなくても。
全てをお前が忘れてしまっても。
それでも俺は、ずっと。俺はずっと。
お前だけを想い続けるだろう。
これから先どんな時を渡ろうとも、ただひとり。
ただひとりの、お前を。
―――お前が誰をこれから愛そうとも……
「…お前の…その目の色が好きだった……」
―――来須の目、好き…蒼い目…好きだぜ…俺…
「聖にも邪にもなり、そして何者にも染まらない紫の瞳が」
―――ずっと俺…見ていたいな……
「ずっと、見ていたかった」
―――本当だぜ、俺…君の顔見てるだけで…すげー…幸せだし…
「ずっとお前を、見ていたかった」
―――…しあわせ、だから……
「…見ていたかった…瀬戸口……」
叶うものならばこのまま。
このままお前をきつく抱きしめ。
抱きしめ、そのまま。
そのまま閉じ込めて、永遠に。
永遠に奪い去ってしまいたい。
―――この腕の中に、永遠に……
「…愛して…いる……」
ぽたりと、ひとつ。
ひとつお前の頬に。
お前の頬に、熱いモノ。
あつい、しずく。
―――俺はどうしてもそれを指で拭う事が…出来なかった……
「――――す……」
目覚めた瞬間、口から自然と言葉が零れてきた。けれども俺は。俺はその言葉の意味を確かめる前に、何かがゆっくりとそれを奪っていった。そっと、奪っていった。
ただ、風がふわりと吹いて。
ふわりと、風が俺を包み込んで。
「…あれ…俺…何で、泣いてんの?……」
……ただ暖かい風が、俺を……
END