俺の声が、君の心に届くように、と。
何時も言葉は簡単に口から零れてきた。
とても簡単に、言葉は零れてきた。
『好きだよ』とか『大事だよ』とか。
何も考えずとも反射神経のように言葉は零れてきた。
けれども、今。
今本当に伝えたい人間には。
本当にこの想いを伝えたい人間には。
―――どうしてだろう…言葉がちゃんと零れてこないのは……
伝えたかった事はただひとつ、しあわせだったと。
腕の中で眠るふりをして、その寝顔を見つめた。何時もと変わらないけれども、二度と同じ顔はないその寝顔を。
「…来須……」
寝息を確認して、そっと。そっと名前を呟いた。名前をこうして零すだけでも、胸に宿る切なさは降り積もるばかりだった。
「―――君が、好き」
好きと言う言葉は何度も言っていた。口癖のように、誰にでも告げていた。けれどもその中に真実はどれだけ含まれていたのだろうか?どれだけが、本当の事だったのか。
全てがただ。ただ『言葉』として口から零れるだけで、意味すらももたらさないものだった。君に、告げるまでは。
「…好きだよ……」
微笑って、みた。懸命に微笑ってみた。けれどもどうしても切なさと苦しさが、消える事はなかった。
しあわせ、だった。
君に逢えた事が。君と出逢った事が。
たくさんの人間。たくさんの時間。
そのたくさんの中で。
その中で君に出逢えた事。
無限の時間と、星の数程いる人類の中で。
同じ時間を過ごして、同じ場所にいれた事。
―――それ以上に望む事が、他にあると云うの?
「俺男だから…絶対に泣かねーけど…って思ったけれど……」
知っていながら、知らないふりをしていた。知っていたからこそ、心の奥底に閉じ込めた。
「やっぱ…君の顔見ていたら…苦しい……」
限られた時間だから、一瞬の邂逅だから。瞬きする時間ですら、大切な時間で。だからこそ決して一秒でも無駄にはしたくはなかったから。
―――君との時間を、しあわせだと云う想いだけで…埋めたかったから……
「…苦しい…でもそれでも…俺は……」
何時か君に云った。ずっと一緒にいたいと。それは夢でしかないと分かっていたけれど。ただの願望でしかないと分かっていたけれど。君は。君は云ってくれた。ずっと一緒にいれたらいいと。
「…君を好きなのを止める事は出来ないんだ……」
それが君の本当のこころだって、俺は信じられるから。
伝えたい事は、ただひとつ。
しあわせだったと。
君と出逢えて、しあわせだったと。
ただそれだけを。それだけを、俺は。
「好き、来須…好きだ……」
目が覚めないようにと祈りながらそっと口付けた。君が目が覚めた瞬間に、全てが終わるんだと。全て、終わるのだと俺は何処かで分かっていた。
幻獣との戦いが終わり、人類が勝利し、そして。そして全ての秩序は回復した。全てが、終わった。だからもう君がここにいる理由は何一つ、ないのだから。
「…ずっと君が…好き……」
言葉に心がこもると云う意味を君に出逢って、初めて分かった。本当に心から想っている事を伝えるのは…伝えるのは言葉でなんかでは足りないんだと言う事も。
「どれだけ好きって言えば、俺の想いと同じになるのかな?」
綺麗な金色の髪も、優しい蒼い瞳も。そして。そしてそっと微笑む唇も。全部、全部、好きだから。―――好き、だから。
「それともずっと言い続けても…追い着く事は…ないのかな?……」
君に気付かれないように、ううんもしかしたら気付かれているのかもしれない。けれども俺は、君に触れた。忘れないように、と。忘れないように、この指で。君の形を、君の感触を、君のぬくもりを。全部、全部、覚えておきたいから。
もしも俺が女だったら。
何も持たない、身を護る事すら知らない女だったら。
君は俺を連れていってくれるだろうか?
「まだ目…醒まさないで…くれ…まだ…俺は……」
でもそれじゃあ意味がない。俺が何も持たない女だったら。護られる事しか知らない人間だったら、君の隣に。君の隣に立つ価値がないのだから。
俺は君と向き合って、そして。そして真っ直ぐに目を合わせたかったから。
見掛けよりずっと長い睫毛。
柔らかい唇。広い肩幅。
厚い胸板。暖かい腕。
傷だらけの手。全部。
全部、全部、大好き。
―――君と云う名が付くものは、全部大好きだから。
触れて、そっと触れて。そして口付ける。このまま息が止まったらなとふと想った。君に口付けながら、死んだらしあわせかなと想った。
でも君がそれを望まない以上。
君が俺の『生きる事』を望む以上。
―――お前は、生きろ…瀬戸口……
そんな事言うなよ…まるで遺言みたいだ。
―――俺は何時死ぬか分からない身だから。
君が死ぬ訳ないだろう?俺という幸運の女神がついてんだ。
―――女神か、お前が?
…言葉のアヤだよ…いいだろっ!
―――まあ俺にとっては女神…だな…だから死ぬなよ……
『お前が生きる大地を…俺は、救いたいから…』
聴こえるだろうか?伝わるだろうか?
君の心に、君の、こころに。
俺の声は伝わるだろうか?
君に出逢えて、嬉しかった。君を好きになって、しあわせだった。
ううん、嬉しいと。しあわせだと。
俺の中に君がいて、君が息づいて、そして。
そして俺のこころが君のこころに触れた瞬間。
―――俺は生まれて初めて…気が付いたんだ……
奪う事が、本当の愛じゃないと。求める事が、本当の愛じゃないと。
与えられる事が、本当の愛じゃない。与える事も、本当の愛じゃない。
本当に大切な事は、ただ。ただ想う事だって。
見返りも、犠牲も、享受も、全部。
全部、それは微妙に違っているものだから。
ただひとつの純粋な想いだけで、いいのだと。君を好きになって初めて気が付いた。
「…君を好きになれて…しあわせだよ……」
伝わるかな、この想いが。
伝わると、いいな。この想いが。
俺は決して不幸ではないと。
俺は決して辛くはないと。
―――伝わると、いいな……
世界の終わりが来たとしても、俺はただひとつの祈りを胸に抱く。
君が、独りにならないようにと。
君が、哀しまないようにと。
君が、しあわせであるようにと。
君が目を醒ました瞬間に、それだけが伝わればいいと。
END