always

瞼を閉じても、残像は決して消える事はなかった。


伸ばした手が、頬に触れる。そっと頬に触れる。その手のぬくもりを感じながら、俺はその不思議な色彩を放つ紫色の瞳を見下ろした。
「―――君が、やっと傍に感じられるようになった」
ふわりと微笑う、その顔は。何処か子供のようで、けれども何処か大人のようだった。ひどくお前は不安定でそしてひどくお前は。
「君が俺の傍にいるって感じられるようになった」
揺るぎ無いものを、剥き出しのものを俺に差し出してくるから。その強さが時に俺を包み込み、そして傷つけるのも気付かずに。

――――俺へと向けられるものは、ただひとつの剥き出しの想い……

何時から、気が付いたのだろう。お前が好きだと。俺にとってかけがえのない存在になっていたかと。何時から、気が付いた?
「来須、好きだよ」
微笑って。そっと微笑って。俺を包み込むその手。綺麗で、細いその指先が。そのぬくもりだけが、俺を。
「―――君だけが、好き」
俺を癒して、そして俺を苦しくさせるのだろう。
「…瀬戸口……」
抱きしめればすっぽりと収まる身体が。柔らかい栗色の髪から零れる微かな匂いが。その全てが何時しか俺にとって、目を閉じても浮かぶ記憶になる。


『――強く、なりたいな』
『強いだろう?お前は』
『強くなんて、ないよ。だって俺は何時も怯えている』
『…瀬戸口?……』
『君を失う不安。君に届かない不安。こんなに近くにいるのに、君が遠くて』
『―――遠い?何故』

『…こんなにも俺はお前を抱きしめているのに……』


多分お前は気付いていた。俺の心の予防線に。お前をこうして抱きしめながらも、最期の場所でお前を拒んでいた俺を。何処かで、気付いていたのだろう。
「君の蒼い瞳が好き。綺麗な空だけ切り取ったみたいだ」
最期の場所を開いて。心の一番奥底を開いて、そこに。そこにお前の残像を閉じ込めてしまったら。
「…好き…ずっと、見ていたい……」
そうしたらもう俺は何処にも行けないと言う事を。何処にもたどり着けないと言う事を。お前と言うただ独りの存在を俺が認めてしまったら。俺の心が認めてしまったら。

―――もう何処にも、戻れないと言う事を。

それでも、惹かれた。どうしようもない程に惹かれた。お前の瞳だけが、俺の心を抉じ開け、そして。そしてゆっくりと忍び込んできたから。お前は自ら心の血を流しながら、俺の中へと。
「見ていろ、ずっと」
血の涙を流しながらもお前は、俺から離れなかった。たくさんの傷を作っても、俺へと想いを向けた。自分がどれだけ傷ついても。どれだけ血を流しても。
「…ずっと、見ていろ……」
俺が切り開いたお前の傷を、この手で癒したいと想うのは俺のエゴでしかないのだろうか?



君の風が、何時も遠かった。
近付きたくて必死に。必死に俺は。
俺は手を伸ばした。
何度も拒絶され、その度に血を流しながら。
透明な血を流しながらも、俺は。
俺は君を、ずっと。ずっと追い続けていた。

…バカみたいだよな、俺…追いかける恋なんて、知らなかったのに……

何でこんなにも、惹かれたのか。
何でこんなにも、好きになったのか。

理由なんて後から幾らでも付けられる。幾らでも述べる事が出来る。でもそんな事じゃなくて。そんな事ではなくて。俺はただ。

―――ただ君を好きになっただけ。

好きと言う気持ちに理由も意味も無意味だって、君に出逢って気が付いた。そんな言葉なんて後から幾らでも付け足せる。今までずっとそうだったんだって、やっと気が付いた。
今まで色んな女の子に囁いてきた言葉。君が可愛いから、好きとか。君の優しさが、好きとか。それは全部。全部、好きになる為の探していた口実でしかないと。
理屈も理由もなく何もなく君を突然好きだと気づいたその瞬間に、やっと俺は分かった。

―――本当にひとを好きになると言う事を……

そこには何も通用しない。言葉も理由も口実も駆け引きも。何も何も意味がない。ただ好きだとその想いの前には何もかもが無意味だと言う事に…気が付いたから。


「君に逢ってから好きって言葉ばかり言っている気がする」
「確かにな、うるさいくらい言っている」
「―――うるさい、か?」
「ああ、でも…悪くはない」

「お前の声で聴くのは…嫌じゃない」


優しい瞳だと、想った。こんな優しい瞳を俺は何処にも知らない。それは君がここを、この地球を好きだからだろう。君の目に映る全てのものが君にとって大切で愛しいものなのだろう。そんな君の瞳に、俺が映っている瞬間が。俺だけが、映っている瞬間が。


「どうした?見つめて…惚れ直したか?」
「…自惚れるなよっ」
「でも目が、離せないんだろう?」
「…ちっ……」

「分かっている癖に」


頬に重ねていた手を君の首に掛けて、そのまま引き寄せてキスをした。こんな風に何処でもいいから、何時も。何時も君と繋がっていたい、から。
「…来須……」
キスの後、見つめ合う瞬間が何よりも好き。君の瞳が何時もよりも優しく感じられるから。
「お前は、何時も唐突だな」
「君がキスして欲しそうな顔、してたからだよ」
そしてこうやって、そっと。そっと髪を撫でてくれる指が好き。大きくて、何もかもを包み込んでくれる優しい手が、大好き。
「お前の方がしているだろうが、何時も」
大好き。言葉で告げても全然気持ちが追い付かない。大好きをどれだけ言えば、俺の想いに追い付いてくれるのか?それても一生届かないものだろうか?
「む、当たってても言うなよ」
「本当だろうが?」
「だって君、キス…上手い…何処で覚えてきたんだか…」
「お前だって上手いだろう?愛の伝道師サンは」
「いいのっ。上手いのは…君とキスするための練習なの」
「何を訳分からん事を」
呆れたように大きくため息を付くのも。こうやってわざとらしくして見せる表情も。俺にとっては大切なものだと。君から零れるものは全部大切なものだと。
「ってまた見惚れていたな…お前は…」
「いいだろうっ!俺全然飽きないんだから」
全部、全部、大事。全部、全部、大切。大事で大切で、かけがえのないただ独りのひとだから。
「君だけはずっと見てても飽きないの」
「―――惚れてるからだろ?」
君の言葉に無意識に口が緩むのも。無意識に喜んでいるのも、全部。全部君が好きだから。
「惚れてる、世界一好きなんだから」
君の全てが、俺は大好きだから。



真っ直ぐに向けられる瞳。
そこにある嘘と曇りのない気持ち。
それだけが俺を動かした。
それだけが俺を切り裂いた。

―――こんなにも俺は、お前に執着している……

このまま、奪ってもいいか?
お前を奪ってもいいか?
この時代から、この世界から。
お前の未来から、お前の運命から。
このまま奪い去ってもいいか?


何時かはお前を離さなければならないと分かっていも、気付いた時にはもうお前を離せなくなっていた。


抱きしめて、きつく抱きしめて。
口付けながら、このまま。
このままお前だけを腕に抱いて。

―――風となって消えてしまえたなら……


「…瀬戸口…俺は……」
「…来須?……」
「もしかしたらお前の未来を奪ってしまうかもしれない」
「―――未来?そんなもの…君と引き換えなら」

「…俺はいらないよ……」


目を閉じれは浮かぶのはお前の笑顔。俺の些細な言葉で無意識に、綻ぶ笑顔。自分自身ですら気付いていないだろう、その笑顔が。その笑顔が、何時しか。何時しか俺の心に消せる事のない種として植えられる。それは深く根付いて、絡め取られ。そして。そしてただひとつ。ただひとつの、かけがえのないものへと。


「いらないから、だからこうして」
「瀬戸口」
「俺のそばにいて」
「……」
「…ずっと俺のそばにいて……」




未来も何もいらないから、ここにいて。俺のそばにいて。




俺が切り開いた傷と同じだけ、俺の心にも傷があって。
それは俺とお前の流れる時間軸と、存在すべき場所の違いが。
何度も何度もふたりに透明な血を流させる。けれども。
けれどもそうしてまでも。そうなってまでも、やっぱり。

―――やっぱり近付く事を、触れ合う事を、止められないのならば……




「君のいない場所でしあわせになるなら、君がいる場所で不幸がいい」




お前の差し出した答えが俺の答えと重なり合った、瞬間。
そこに生まれたものは、ただひとつの答えだと。ただひとつの、答えだと。




―――もう俺達は、何処にも戻れないと言う事だけ…だと……


END

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