翼を、ください。

真っ白な羽が、頭上から降り注ぎ。
その羽の中に君が、眠る。

―――綺麗な君が、静かに眠る。


もしも俺に羽があったなら。背中に翼があったなら。
君のもとまで、飛んでゆけるだろうか?



「―――涙って本当に哀しい時は出ないんだな」


血と泥に塗れた顔を指で拭った。指先に伝わるのは微かなぬくもりで。まだ何処か暖かい、ぬくもりで。
ゆっくりと指に灯って、そして静かに消えてゆく。二度と戻る事のない場所に、そっと零れてゆく。
「…って君って…本当に綺麗な顔、している……」
今更ながらじっと君の顔を見つめた。何時もだと少しだけ反らしてしまうから。真っ直ぐに君を見つめていると自分の頬が紅くなるのが、分かるから。だから、何時も。何時も少しだけ、目線を俯かせていた。
「…俺が…こんなに…惚れる訳…だよな……」
手を離せなかった。頬から今手を離したら、君が冷たくなっている事が分かってしまうから。こうして触れている手を今、離したならば。

―――君の身体のぬくもりが…飛び立って行って…しまうから……


白い羽。真っ白な翼が。その翼が、欲しい。
君を連れ去ってゆく、白い翼を。どうか。

―――どうか、俺にもください……



手が、好きだった。
―――お前の目は不思議な色をしている…
大きな手が、大好きだった。
―――紅にも蒼にも、見える……
そっと頬を包み込んで、そして。そして俺を。
―――綺麗だな……
俺を抱きしめてくれる、その手が。


何かを望んだわけじゃない。ただ君がいてくれればそれで、よかった。


「来須、俺さ」
心地よい空気に包まれているのが、好き。君に包まれているのが、好き。
「…きっと本気で人なんて好きになった事…なかったんだよ…」
その声が俺の名を呼んで、その唇が俺の名前を模って。その瞳が俺を、見つめて。
「でなきゃこんなに…」
その瞬間何時も何処かで死んでもいいと、想っていた。
「…こんなに…苦しく…な…い……」


何も、いらなかった。別に何も望まなかった。
人類の平和も、勝利も、しあわせも、ふこうも。
俺はただ。ただ君が、君が生きてくれれば。

―――君がいてくれればそれだけで、よかった……


「…どう…して…だよ……」
―――死ぬのは怖くはない…何時も前線にいるから、慣れている……
「…何…で……」
―――怖くはなかった…でも今は…
「…俺を…独りに……」
―――お前を独りにするのかと想うと…死ぬのは怖いな……


お前が生きている大地だから。お前が生きている地上だから。
護りたいと想えば少しは。少しは戦う気持ちも増すだろう?


「…独りなんて慣れてる…ずっと独りだった…俺は人にも魔にもなれない中途半端な存在。結局どんなに人間に馴染もうとも、どんなに溶け込もうとも、俺は独りだった……」


今まで…こんな風に想ったことなどなかった。気が、付かなかった。
お前が俺にとってこんなにも大切なものだったと…やっと分かったから。


「…ずっと独りだったから…なのに何でだろうな…俺…思い出せない…君と出逢う前の自分を…想い出せねーんだよ……」


今更何を言っても、きっと無意味だ。でもやっぱりこれだけは、告げたい。
…俺は…お前のことが…誰よりも……




…愛して、いる……





ひとなんて弱い生き物だ。誰かを愛せなければ生きてはいけない。だからそんなモノにはならないんだと何処かで想っていた。だから何時も独り醒めた目で、見ていたのに。なのに、君が。君が、俺の前に現れてから。

愛する事の弱さと、愛する事の強さを。
弱いからこそ、本当は強くなれるのだと。
ただひとつの想いの前では、全てが無意味だと。
君がいて。君がいるから、俺は気が付いた。


「…好きだよ…来須…ずっと、ずっと…好きだ……」


冷たい唇にキスをして。頬に掛かる汚れを指先で拭って。そしてそのまま舐め取った。君の綺麗な顔を穢したものが許せなくて。君の綺麗な顔を、傷つけたものが許せなくて。
「…好きだ…だからさ…俺の名前…呼べよ……」
君の全てが欲しかったけど、君の全てを手に入れたくはなかった。君が俺の前で自分の思いのままに生きてくれるのが。自分のこころのままに生きて欲しかったから。
「…呼べよ…バカ…恋人の名前くらい…最期は呼べよ……」
それを見ているのが俺は。俺は何よりも、好き、だった、から。


「…呼んで…くれ……」


泣けば楽になるのか?
声を上げて泣き叫べば、楽になるのか?
声を張り上げて、その名を呼べば。
俺は楽になれる、のか?


楽になんてなりたくない。この痛みすらも君と俺を繋ぐものなら。俺は苦しいままで、いい。この痛みすらも君に繋がっているのならば。


君に繋がるのならば、どんな感情でも俺には必要なものだから。


真っ白な、羽。君を包むその羽が。
ゆっくりと君の魂をさらってゆく。
俺が手の届かない場所へと、さらってゆく。

何かになりたいわけじゃない。
何もなれなくてもいい。だから。
だからずっと。ずっと、君を。


―――君の笑顔を、俺に見せてくれ……


「…なあ…やっぱ…死ぬ時は…痛かったか?苦しかったか?…それとも…楽になれるとか…思ったか?」
どっちなんだろうな。どれも正しい気がするし、どれも間違っているような気もする。君が最期に想う感情は一体なんだったんだろうな?
「――少しはさ、俺の事…考えてくれたか?………」
どんなものを最期に君は見たのだろう?どんな想いを最期に君は抱いたのだろう?どんな君が、最期にそこにいたのだろう?
「…考えて…くれた?……」
少しでもその中に、俺はいたのだろうか?



翼を、ください。
俺の背に君の所まで飛んでゆける翼を。
翼を俺に、ください。
君の見ていたものを。君が見たものを。
君が感じたものを。君が思った事を。
全て。全てを俺は、知りたいから。


「…独りで死ぬのは…怖かったか?……」


冷たい唇にそっと口付ける。そこから君の声は零れる事はない。俺の名を呼ぶ事はない。ならば俺が。俺が君の名を、呼び続ける。君と繋がっていたいから。死すらも、越えた場所で君と。君と結ばれていたいから。




「…来須…好きだよ……」



この想いだけが。瞼を閉じて浮かぶ残像だけが。
今俺と君を結ぶものならば。それだけが俺達を繋ぐものならば。



翼をください。真っ白な翼を。全ての絆が消える前に、君の元へと飛んでゆける翼を。


END

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