―――傷だらけの指が、好きだったから。
その手のひらを頬に重ねて、そっと目を閉じた。こうする事で感じられるぬくもりと優しさが、何よりも好きだった。
「お前の指は、細いな」
重なり合ってそして初めて気付く事もあって。その言葉に目を開ければ、空よりも深く蒼い瞳が俺を覗き込んでいた。きっと水底の水の色よりも、深い蒼が。
「何もしていないって言いたい?」
「―――いや、違う」
「…君の手は『戦う』手…だから……」
何時もこの手が、殺人兵器になり。何時もこの手が、俺達を救う。他人を傷つける事で、他人を護り。そして自分を傷つけている手。自分の心を傷つけてまで、人を護ろうとする手。
「でもこの手が、一番好きだよ」
そっと空いた方の手で、髪を撫でられて。そのまま抱き寄せられて。そして感じる命の音が。優しい命の音が、ただひとつの俺が護りたいもの。
本当は俺の手のほうが、穢れている。
本当は俺の手のほうが、血に塗れている。
俺は君よりもずっと。ずっと深い罪を負い。
そして。そしてもっと深い傷を負っている。
けれどもそれ以上に殺戮を続けた手。
殺し続け、血を浴び続けた手。
――――君よりももっと、俺の業は深い……
「殺し続けて、護り続けて、そして辿り着いた先が…ただの無だった」
「―――瀬戸口……」
「ぽっかりと開いた空洞だけだった。何も残らず、何も見出せず気付けば全てを失っていた」
「…お前は……」
「残ったのは『名誉』だけだった。俺が必要のない『名声』だけだった。それ以外何も残らなかったんだ」
「…お前は…殺戮者になるには……」
「…来須……」
「―――優しすぎる……」
ただ殺すことだけが、全てだった。
かつて仲間だったモノを殺し続けることが。
そうする事で俺は少しでも人間に。
人間に近づけるんだと勝手に思っていた。
殺した数だけ、浴びた血の数だけ。
―――人間に…なれるのだと……
それでも俺の瞳は紫色のままだし。あしきゆめの紅は抜けることはなく。
よきゆめに摩り替わりもせずにただ。ただ中途半端に生かされただけ。
「お前は、お前だ。そのままでいい。何になろうともしなくていい」
「…君の方が…優しいよ…ずっとずっと優しいよ」
「―――どうして?」
「…だって、君は俺をちゃんと見てくれている。俺を認めてくれている…」
「それは俺が―――」
「―――お前を…好きだから……」
何かになろうとして必死になって。
でも何もなることが出来ず、ただ中途半端に。
中途半端に存在している命だけど。君が。
君が見つけて、そして君が俺に意味を与えてくれたから。
「お前がいるから、戦う理由が出来た」
「…来須……」
「俺はただ。ただ戦うためだけに、存在していた」
「なんか俺と、似ているね」
「そうだな。だからこんなにも惹かれたのかも…しれないな…」
「俺は似ていなくても、君を好きになった」
「――瀬戸口…」
「君を見た瞬間に、君のその瞳を見た瞬間に、俺は君を好きになったんだ」
海よりも空よりも深く蒼い瞳が。
中途半端な俺の存在を、真っ直ぐに。
ただ真っ直ぐに見つめてくれたから。
「君が好き。どうしてかな?俺変かもしれない」
「―――そんなに好きか?」
「ああ、好きだ。どうしていいのか分からないくらい、好きだから」
「どうもしなくていいぞ」
「そばにいてくれれば、それでいい」
俺の存在は、ただ戦うこと。
その時代の混乱を戦う事で、正しい道に直したら。
その瞬間に全てが終わる。
俺の存在意義も、俺がいる理由も。
全てが消えてなくなる。何時もそうだったから。
きっとこれからもそうだろうと、全てを望まず諦めていた。
けれども、俺は。俺はお前を見つけ出してしまった。
――――お前を、見つけ出して…しまったから……
「そばにいるだけじゃ、嫌だ」
「じゃあどうしたい?」
「キスしたい」
「それだけでいいのか?」
「抱きしめて欲しい」
「それだけで、いいか?」
「…その先…言わせるのかよ、馬鹿……」
「お前の口から聴きたい」
「…あ…その…えっと……」
「……て…くれ……」
離せない、もう離せない。
どうやっても、どうしても。
どうなっても、どうなろうとも。
もうこの腕の中の存在を。
この命を、鼓動を、ぬくもりを。
―――俺はもうこの腕から、離すことが出来ない……
「―――お前の瞳の色……」
「…来須……」
「中途半端で嫌だと、言っていたけど」
「…うん……」
「でもそれはお前だけの瞳だから、俺は」
「…俺には…大事だ……」
髪を撫でる。栗色の柔らかい髪をそっと撫でて。
そのまま口付け、きつく抱きしめた。
そんな俺にお前は微笑う。柔らかく、微笑う。
「―――苦しいよ、来須」
君の鼓動、君の命。君の体温。君のぬくもり。
君の指先、君の声。君の舌と、君の全て。
――――俺の全部で、その全てを刻みこんで……
君が消えるべき存在だとしても、俺の全てで君を記憶するから。全てが忘れ去っていっても俺の中で君の全てを刻み込むから。だから、俺を。
…いつか…君のそばへと、連れて行ってくれ………
END