こうして二人で見上げている星が、何時か永遠に変われたならば。


小さな指先がそっと岩田の指に触れてくる。その暖かなぬくもりに彼は静かに微笑った。優しい瞳で、微笑った。それは彼と彼女しか知らないふたりだけの秘密。こんな瞳を彼が出来る事を知っているのは、彼女だけだから。
「ひろちゃん、手冷たいね」
そう言うとののみはぎゅっと岩田の手を掴んだ。小さな手だけど、懸命に岩田の手を包み込もうとする。そうやってその手を暖めようと必死に。必死に、暖めようとする。そんな所が愛しかった。どうしようもない程に、愛しかった。
「ののみの手は、何時も暖かいですね」
「へへへ、ひろちゃんが冷たいからね、ちょうどいいでしょう？」
「そうですね。だからこうやって」
こうやって手を繋いでいられる…そう言おうとして岩田は口の動きを止めた。ののみの大きな瞳が、頭上の星を見ていたからだ。綺麗な星を見上げて嬉しそうにしている彼女を邪魔したくないから、このまま。このまま無言で岩田はその横顔を見つめていた。



誰にも知らない自分を、貴方だけが知っている。
誰にも見せない私を、貴方だけには見せている。

貴方だけが知っていればいい。貴方だけが私の本当を知ってくれていればいい。

道化の仮面も、冷めた瞳も。全て作り物なのだと。
本当の私はただのちっぽけな存在で、そして。
そしてただの。ただの何処にでもいる凡人なのだと。



星が降って来るような夜空。今にも落ちてきそうな星の数々。ずっと見ていたいと思うほどに、綺麗な夜空。
「ひろちゃん、あのね」
大きな瞳が星ではなく、岩田の顔を捕える。曇り一つない真っ直ぐな瞳。全てのものを真っ直ぐに映し出す瞳。どんな綺麗なものも、どんな醜いものも、その瞳は何時も真実の姿を映し出している。
「何ですか？」
そんな瞳に映る自分の姿が、それでも岩田は好きだった。何もなく剥き出しになった自分を映し出すこの瞳が。この瞳が好きだから。
「えっとね、ちょっと寒いね…だから……」
繋がっている手が一瞬だけ離れて、ののみはそのまま磐田にぎゅっと抱き付いた。その小さな身体をそのままそっと抱きしめてやる。拒む理由は何処にもない。この小さな命を腕に抱かない理由は何処にも、ない。
「えへへ、暖かいね」
小さな命。ただひとつ護りたいもの。この腕の中のぬくもりがあればいい。この暖かさえあれば、自分はどんな事でも出来るから。
「そうですね、ののみ。とても…暖かい」
自分の持っている強さも、自分の持っている弱さも、全て。全て曝け出せる唯一の相手。ただ独りの、相手。
「――――貴方はとても…暖かい……」
瞬きする程の時間でしかなくても、それでも今を。この瞬間を、永遠よりももっと。もっと大切なものとして、岩田は胸の奥に埋めてゆく。決して消えないようにと祈りながら。



とくん、とくんと、聴こえてくる胸の音が。それがとっても優しいの。
多分誰も知らないと思う。ののみしか、知らないと思う。でもね、本当に。
本当に優しいのよ。本当に暖かいのよ。だからずっと。ずっとこうしていたいの。
ののみは、ずっとこうしてひろちゃんの腕の中にいたいのよ。でも。

それが出来ない事は、分かっているの。最初から、分かっているの。

だから今を大事にしたいよ。今をね、大事にしたいの。こうやって一緒にいられる時間。
こうやってふたりでいられる時間。ふたりだけで、いられる時間。


もしもこの瞬間が永遠だったなら。そうだったら、きっと。きっとこんなにも苦しくなかった。



星が降って来る。空からそっと、降って来る。
「…ひろちゃん…しあわせだよね」
ふたりの間に降って来る。光って、そして消えてゆく星。
「…ええ、ののみ…しあわせですよ」
それでも今ここに。ここに光はあって。ここに、存在して。
「…誰よりも…私達はしあわせですよ……」
こうしてふたりの目に映っているから。


終わりと、さよならと、そして。そして再生と。繰り返される命の中で、こうして出逢えた事が。出逢えた事が、しあわせだと。



あたたかいね。とってもあたたかいね、ひろちゃん。
外はとても寒いけれど。ここはとっても、寒いけれど。
でもののみはあたたかいよ。とっても、あたたかいよ。
ひろちゃんの腕の中と、ひろちゃんの心臓の音と。

全部、全部、あたたかいから。あたたかいから、ね。



やがてくる別れは、次はどんな形で二人の間に降って来るのだろうか？どちらが先にこの世界から消されるだろうか？でも。それでも。それでもまたこうして。こうして出逢える事を信じて。


…そして言えるように。しあわせだと…また、言う事が出来るように……

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