まばたき

ただ見つめていた。その蒼い空を。


夢を見る。夢を、見る。白い夢。真っ白な夢。
細かい花が一面に散らばり、その中にいる彼女。
花びらよりも小さな、彼女。


愛していると、どんなに告げても。どんなに告げても、永遠に触れられない相手。



未来が生まれるために、過去が殺されてゆく。貴方が少しずつ、殺されてゆく。
「…また…私は……」
床に散らばった液体に、ただ苦笑する以外にはなかった。口許だけで微笑い、そして心で悲鳴を上げる。決して声にならない悲鳴を、上げる。
「―――貴方を作れなかった……」
何度も繰り返し、再生される命。何度も作られるクローン。けれどもそのどれにも。どれにも貴方はいない。真っ白な貴方は何処にもいない。
「…貴方を…作れなかった…ののみ……」
透明な水が貴方を包み込み、そして。そして弾けた瞬間に消える幻。この世の何処にもいない貴方を私はそれでも探し続ける。手探りで、貴方だけを探し続ける。



白い羽が貴方を包み、そして空へと飛び立たせた。
永遠に私の手の届かない場所へと、この手に触れられない場所へと。
一番綺麗な場所へと、逝ってしまった貴方は。
一番穢たない場所にいる私には、触れることすらもう赦されない。



『…ひろちゃんごめんね…ののみはもうすぐ……』
小さな手のひら。伸ばされる指。震えながらそれでも。それでも伸ばされる指先。
『…もうすぐ…ここではない場所へと…いかなきゃいけないみたい…』
懸命に伸ばされる指に、私は触れる。泣きながら、触れる。心の中で、泣きながら。
『でもね…でもね…永遠なのよ…ずっと…なのよ…』
今ここで涙を零せば、優しい貴方の胸が痛むから。だから微笑いましょう。貴方だけに見せるただひとつの笑顔で微笑いましょう。道化ではないその笑みを貴方だけに。
『…ずっと…ひろちゃんだけ…好き…なのよ……』
繋がった指先。絡めあった指先。暖かい。あたたかい、指先。このぬくもりが作り物であろうとも、それでも私にとってはただひとつの真実。ただひとつの、永遠。


愛している。ずっと、愛している。貴方だけを、愛している。


貴方を護る為ならばどんな事でも出来た。貴方の為ならばどんな事でも出来る。自らを偽り道化になり、そして誰よりも修羅の道を歩もうとも。どんな冷酷なことでも、どんな残忍なことでも、私は出来た。心が痛む事よりも、貴方を護るほうが私には必要だったから。

それでも貴方は捨てられる。それでも貴方は殺される。
生まれる未来の為に、過去が殺されてゆく。
新しい貴方が生まれるために、今の貴方が殺される。


それでも、愛した。それでも、愛している。
「…ののみ…私は……」
今こうして繋がっている指先が。こうして触れているぬくもりが。
「…ひろちゃん…めーなのよ…そんな顔はめーなの…」
私にとっての全て。私にとってのただひとつの真実。
「…めーなのよ…だから微笑って…笑って、ね……」
今こうして繋がっているぬくもりだけが、私のただひとつの、本当のこと。


未来の為に、過去が殺される。貴方が殺されてゆく。私が愛した貴方が、消えてゆく。


「…笑っている…あなたが…すき……」
クローンだから。失敗作だから。だから、殺される。
「…笑っている…あなたが……」
新しいモノを作るために古いモノが殺される。
「…あなたが…すき……」
未来の為に、過去が殺される。


指先がそっと。そっと離れてゆく。絡めあった指先が。触れていたぬくもりが。
柔らかく二人を結ぶただひとつの体温が、今。今、そっと。そっと消えてゆく。


ちいさなあなたのてが、わたしのてのひらからすりぬけてゆく。





「うああああああああっ!!!!」




ああ、何故。何故、何故、何故。何故、貴方がこんな。こんなこんな…こんな……。
一体貴方が何をしたというのか。一体私が何をしたというのか。ただ。ただ、ふたりで。
ふたりで一緒に。一緒にいたかった…いたかっただけ…ふたりで…ふたりで、ふたりで……。



ふたりで、しあわせになりたかった、だけ。



白い羽が飛び散る。一面に飛び散る。
その中に貴方がいる。綺麗な貴方がいる。
貴方がそこに、在って。それを。
それを私はただ見つめるだけ。みつめる、だけ。


願いは一つ、望みは一つ。ただ、ただ、ふたりでしあわせになりたかっただけ。



「…ののみ…ののみ……」
夢を見る。貴方の夢を見る。
「…愛しています…私の……」
真っ白な貴方の夢を見る。
「…私のただ独りの……」
一面の小さな白い花の中で、貴方が。
「…ただ独りの…私の……」
貴方がそこに在る。貴方がそこで微笑っている。



『いつも、考えているよ。あなたのことだけを。ののみはずっと考えているよ』



空が蒼い。怖いほど綺麗なその空に。あの空に貴方は。貴方はいるのですか?
私の、永遠の手の届かない場所に、貴方はいるのですか?


だから私が幾ら作っても、貴方は何処にもいないのですか?



少しずつ、殺されてゆく貴方。未来に殺されてゆく貴方。
「―――ののみ……」
それでも私は捜し続ける。それでも私は作り続ける。
「…私の…ののみ……」
抜け殻の中に貴方が宿る日を夢見て。貴方の夢だけを見て。





―――まばたきすら忘れるほどに、貴方だけを捜している……


END

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