静かの海

地平線から零れる光は、何処へゆくのだろう?


その先にあるものを、捜して。捜してここまでふたり。
ふたり、手を繋いで。繋いで、歩いてきた。
振り返れば砂浜に、二人の足跡だけが。足跡だけがあって。
そしてそれがゆっくりと。ゆっくりと、波に消えてゆく。


――――ふたりの『痕』が、波へと…消えてゆく……



小さな身体を抱き上げ、そのまま視線を目の前の海へと移した。まだ冷たい水は、ただ静かに流れふたりの前を繰り返し打ち寄せて、引いてゆく。それは永遠に終わることの無い、そして変わることの無いもの。
「寒くないですか?」
腕の中の小さな命に問い掛ければ、幼い瞳はただ微笑う。子供のような笑顔を向ける。本当は…子供じゃない。少なくとも自分にとっては、そして彼女にとっては。
「ひろちゃんは、冷たくないの?」
小さな手がそっと伸びてきて、その頬に触れる。奇妙に化粧の施された、その頬に。本当はそんもののない、本物の肌に触れて欲しかったけれど…自分はこの『仮面』を取ることは永遠にないのだろうから。例えこの愛する少女に対しても。
「冷たくないですよ…貴方は暖かいから」
ただ抱きしめて、そっと抱きしめて。貴方の足跡を砂浜に残したくないから。貴方の痕を何処にも残したくないから。
「へへへ、暖かいよね。一緒にいたら…暖かいよね……」
それがたとえほんのひとときの、自分の我が侭でしかないと分かっていても。


しあわせは、望まないから。もう、願わないから。
だからこうして。こうして、ふたりでいよう。ふたり、で。
許される時間の中を。許される時の中を、ずっと。
ずっと、ふたりでいよう。ほんの少しの時間でいいから。
ほんの少しの時間、日常から区切られて。日常から離れて。

―――ただ『ふたり』だけで、いよう。


「ひろちゃん、この先には何があるのかな?」
小さな指が示す先は、終わりの無い海。終着のない、もの。
「さあ…何があるのでしょうね」
何も無い。あるのは海だけ。ただ海が続くだけ。それでも。
「きっとしあわせが…あるんだろうね」
それでも貴方がそう言うのならば、信じましょう。その先にあるものを。


指先を絡めて、そして。そしてそこから伝わるぬくもりが。
伝わる暖かさが。ただひたすらに苦しく、ただひたすらに切ない。
このぬくもりだけがもしも世界の全てならば。
全てだったならば、私達はきっとこんなにも。こんなにも。


…一緒にいることが…苦しくないだろう……




「でも、ののみ。今ね、今しあわせ。ひろちゃんといるから、しあわせ」




願わないと、望まないと。そう思っても。そう…思っても…。貴方は言う。
しあわせだと、貴方が言う。ふたりでいることが、しあわせなのだと。
未来も夢も希望も、何も考えずに。ただふたりでいることを。ただふたりでいる事が。


―――しあわせなのだ、と。



「…そうですね、私も…しあわせですよ……」
冷たい海がふたりをもし、今この瞬間に飲み込んだとしても。
「しあわせだよね、ひろちゃん」
貴方とこうして繋がっているから。私の手は、私のぬくもりは。
「ええ、しあわせです」
こうして貴方と繋がっているから。


日常から切り取られた時間。日常から区切られた場所。
でもそれでも繋がっている。今という時間は、やっぱり繋がっている。
私達の日常に。私達の日々に。繋がっているのだから。


「ひろちゃん」
どんな時でも。どんな瞬間でも。
「―――何ですか?ののみ」
貴方だけを思っている。貴方のことだけを考えている。
「すき。だいすき」
全てのものが私達を引き裂いたとしても。それでも。
「…ひろちゃんが…だいすき」
それでもこころに貴方は永遠に刻まれ、私の中にいる。私の中に在る。
「私もですよ、ののみ」
貴方だけが、私にとっての永遠である限り。


見つめあって、微笑って。そして。
そして小さく貴方に口付ける。触れるだけのキス。
ただ触れるだけの、キス。でも。


―――でも何よりも切なく、甘い口付けだから……



ふたりが捜しているものは何処にも見つからないだろう。
どんなに捜しても見つかることは無いだろう。それでも。
それでもこうして。こうして私達は生き、そして触れているから。


波に消えたふたりの『痕』も、またこうして再び地上に刻まれる限り。
刻まれる限り、私達はどうにも出来ない切なさに苦しみながら。それ以上の。
それ以上の優しく満たされる想いが、ある限り。ある限り、やっぱりこうして。


―――こうして私達は『日常』で生きてゆく道を選ぶのだから……



でも今は、もう少しだけ。
「…ののみ…」
もう少しだけふたりで。ふたり、だけで。
「…ひろちゃん…すき」
ふたりだけで、日常から切り取られよう。
「…ええ…ののみ…私も貴方だけを…」
もう少しふたりだけで。ふたりだけで、いよう。




――――この静かの海で…神様すら見えないこの場所で……


END

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