―――世界にただふたりきり。
水底に眠る魚のように、静かに。
静かに、ふたりだけの空間に閉じ込められたなら。
誰にも邪魔されずに。誰にも邪魔できずに。
ふたりで、ずっと。
…ふたりでずっと…いられれば、何もいらない……
誰にも、分からない。
誰にも分かりはしない。
この透明な絆は。
何よりも、綺麗なものなんだ。
「姉さん」
許されない事だとは分かっている。イヤと言うほどに分かっている。それでも、この世にただふたりきりの姉弟。
「…大介……」
そう言う風に名前を最後に呼んだのは、どのくらい前だっただろう?可笑しいね、私達ただふたりきりの姉弟なのに、何で名前で呼び合えないんだろうね。
「姉さん、好き」
―――私も、好きよ。
言葉にすることは出来なかったけれど。言葉で告げることは出来なかったけれど。
何よりも瞳で気持ちを伝えたから、分かるでしょう?
誰も僕を分かってはくれない。
分かってくれるのは、姉さんだけ。
僕の傷を、僕の心を。
誰も分かりはしない。誰も分かるわけがない。
…同じ痛みを持つ…姉さん以外には…。
「僕には姉さんだけなんだ」
髪に、触れる。姉さんの柔らかい髪。ずっと触れたかったけれど、許されなかったから。こんな風に想いを込めて触れるのは。
「…姉さんさえいてくれれば…それだけでいい……」
許されないなんて誰が決めた?間違っているなんて誰が決めた?僕はただ。ただ、誰よりも姉さんが大切なだけなんだ。
「…他に、何もいらない……」
見つめあい、その瞳に互いの存在だけを映す。映し、だす。そこにはもう他に何もない。社会も、モラルも、現実さえも。
―――ただここに、貴方がいて、僕が在ればいい。
見つめあいながら唇を重ねた。そこにあるのは甘い痛みだけ。罪なんて言葉も、堕ちてゆく闇も何もない。ただあるのは…甘い痛み…だけ…。
閉ざされた空間。閉鎖された楽園。そこにしか僕等の居場所がないのなら、それでもいい。それでも構わない。
「…好きだよ…姉さん…」
「…うん……」
「誰よりも…姉さんだけなんだ…」
「…私もよ……」
「…愛している……」
「……う…ん……」
生まれたままの姿になって、熱い肌を重ね合う。
許されない?許されはしない?
でも僕にとって貴方は独りの『女』で。
僕にとってはただひとりの愛するひとなんだ。
指を絡め、舌を絡め。
溶け合うほどに絡め合って。
ぐちゃくぢゃになるほどに。
「…はぁっ…ああ……」
「――姉さん…」
「…あぁ…茜…はぁっ……」
「…愛している…姉さん……」
「…私も…よ…あぁぁ……」
「愛している、愛している」
何度も何度も肉を擦れ合わせ。
その中に欲望を注ぎ込んで。
ただ甘い吐息を追いかけ、そして。
そしてふたりで真っ白になる。
―――もう…何処にも戻れなくていい……
何が正しく何が間違えだなんて僕には分からない。
そんなモノ、分かりたくない。
この歪んだ世界の中で、誰が真実を語ろうとも。
誰が本当のことを語ろうとも。
僕にとって目の前にあるこの感触と。
こころにあるこの想いだけが。
それだけが唯一の『真実』なのだから。
――――誰にも分かってくれなくても…いい……
僕と姉さん…ふたりが。
ふたりだけが分かっていれば。
分かっていればそれだけで。
……それだけで、いいんだ………
END