ぽたり、ぽたりと、零れゆく水。冷たい、水。
その冷たさに耐えられなくなったなら…その手で。
その手で、そっと。そっと暖めて。
――――何時しかこの両手から零れる想いが…溢れてしまわないようにと。
鏡に映る自分の姿が何よりも嫌いだった。死んだような瞳。全てを諦め絶望したような顔。貧弱な、身体。女としての柔らかい丸みを帯びた身体じゃない。不器用に痩せている、身体。そして。そして消える事のない背中の痕。白い肌にくっきりと浮かぶ火傷の痕が、何よりも嫌いだった。あの日、までは。
『―――あ、えっと…その綺麗だ…って何かすげー恥ずかしい……』
照れながら、貴方はそれでも微笑ってくれた。子供みたいな笑顔で、私に向かって微笑ってくれた。この身体を見ても、この火傷の痕を見ても。貴方は綺麗だって、言ってくれた。
「…滝川…くん……」
目の前にある大きな鏡に映る私。大嫌いだった、私。俯くしか出来なくて、諦める事しか出来なかった私。けれども。けれどもそんな私に貴方は教えてくれた。教えてくれた、から。
「…大好き……」
ぽたりと水滴が身体から伝った。誰もいないシャワー室でわざと冷たい水を頭から被った。こうする事で零れた涙を隠す事が、出来るから。だから、わざと被った。
「…貴方が…好き……」
不器用な指先を絡めあって、身体を繋いだ。初めてだったけれど、怖い事なんて何もなかった。貴方とだったら何も。何も怖いものなんて、なかった。けれども。
けれどもあの日以来、想いを堪える事が出来なくなっていた。
貴方が誰か別の人と楽しそうに話しているだけで。
他の人と笑っているだけで。
ちくりと、胸が痛くて。こころが、痛くて。こころが、いたい。
貴方が誰と話しても、誰と微笑っていても、それは。
それは貴方の自由なのに。なのにどうしても、心が止められなくて。
気付くと貴方ばかり、追いかけている。気付けば貴方ばかり、見つめている。
鏡に映る自分はひどく淋しげな顔をしていた。本当はもっと。もっとちゃんと微笑っていたいのに。今の萌にはそれが出来なくて。微笑おうとして口のカタチを変えてても、それはひどく哀しげな顔に見えた。
「…滝川…くん……」
こんな風に名前を呼ぶだけで胸が苦しくなるのは。苦しくなる、のは。きっと想いの大きさに自分自身が耐えられなくなっているから。耐えられない、から。
「…滝川くん…私……」
貧弱な身体。ただ白いだけの身体。けれども綺麗だと言ってくれた。綺麗だって、言ってくれた。こんな小さな胸をその手が触れてくれて。触れて、くれて。
「…あっ……」
萌はそっと自らの手で胸に触れてみた。滝川がそうしたように、手で胸の膨らみを包み込む。それだけでびくんっと肩が跳ねた。
「…あっ…あぁ……」
外側の乳房を何度か揉めば、ぷくりと胸の突起が立ち上がる。それに指で触れて、そのままぎゅっと摘む。それだけで身体が電流を走ったようにびくんと跳ねた。
「…あぁん…はぁっ…滝川…くんっ……」
指の腹で乳首を転がしながら、ぎゅっと強く子房を揉んだ。そのたびに小さな萌の肩ががくがくと小刻みに触れて、ぽたりぽたりと揺れた髪から雫が零れた。
「…あぁっ…ぁんっ!……」
ずるずると身体が下へと下がってゆく。タイルに背中を押しつけながら、震える脚を堪えきれず萌はその場にしゃがみ込んだ。そして脚を広げると恐る恐る指で自らの蕾に触れた。
「ひゃあんっ!」
触れただけでぎゅっと秘孔が締まるのが分かる。その孔にずぷりと指を埋め込んだ。それだけでとろりと指先が濡れ、自分が感じているのを告げていた。
「…あぁんっ…あんっ…滝川…くっ…はぁぁっ……」
ぐちゅぐちゅと音を立てながら指で中を掻き乱しながら、同時に胸の突起をもう一方の手で摘む。そのたびに口からははぁはぁと荒い息が零れ、白い萌の肌を朱に染めていった。
「…あんっ…あんっ…あぁぁ……」
もう萌には止められなかった。身体を痙攣させながら、滝川の名前を呼びながら自分を慰める。一番好きな、彼の名前を呼びながら。そして。
「ああああんっ!!!」
剥き出しになったクリトリスを摘むと、そのままぎゅっと潰すように押した。
その瞬間、意識が一瞬真っ白になり、大量の蜜を指先に零した。
零れる息は荒いままで。滴る蜜は溢れるばかりで。
「…はぁ…はぁ……」
この想いのように、この気持ちのように。
「…滝川…く…ん……」
ただひたすらに、溢れて零れるだけで。
熱い身体に冷たい水を。零れる液体を隠すために。
小さな秘密と、そしてどうにも出来ない切なさを。
その全てを、隠すために。隠す、為に。
もう一度萌はシャワーを頭から浴びた。冷たい水が身体に浸透する。火照った身体に浸透する。そのまま熱くなった全てを洗い流すように、と。そのままぽたりと身体中に水を滴らせながらドアを開けた瞬間。その瞬間、萌はその唇を塞がれた。
「…た、滝川…くん……」
驚いたように見開かれた瞳をそのままにもう一度滝川はその唇を塞いだ。それはひどく不器用なキスだった。けれども熱く激しいキスだった。互いの吐息が奪われるほどの。
「…んっ…んんっ…ふぅ…ん……」
濡れた身体を抱きしめながら、滝川は何度も何度も萌の唇を塞ぐ。その激しさに萌の瞳からはぽたりと、雫が零れた。それは濡れた顔に隠されたけれども。けれども、熱い雫が零れた。
「…石津…俺……」
「…どう…して?…ここに?……」
互いに荒い息のまま唇を離し、瞳を重ねた。それだけで、もう。もう全てが萌にとっては、どうでもよくなった。どうでも、よかった。今この場所に滝川がいると言う事実だけで。
「…お前…捜してた…顔見たくなって…そうしたらお前の声が微かに聴こえてきて…俺を呼んでいて…それで……」
その先を滝川が告げる前に、そっと。そっと萌は微笑った。それはさっきあれほど作ろうとして出来なかった…自然な笑顔だった。
「…ずっと…呼んでいた…貴方のこと……」
その笑顔に照れたように滝川も微笑って。微笑って、そのまま。そのままもう一度、唇を重ね合わせた。
冷たいタイルの感触ですら火照った身体には心地よかった。脚を割られて、入り口に硬いものが当たる。その熱さに萌は小さく身体を震わせながら、その楔が中に挿れられる瞬間を待った。
…身体がひとつになれるその瞬間を…待った。
「あああっ!!」
ゆっくりと肉の塊が自分の中に挿ってくるのを萌はその身体で感じた。引き裂かれるような痛みと、そして同時に襲う熱い快感を。
「…ああっ…あああっ!!」
繋がり、擦れ合う音が。濡れた音と、肉が擦れ合う摩擦と。その全てが萌にとって、何よりも。何よりも欲しかったもので。欲しかった、確かなシルシだから。
――――ふたりの想いが繋がっている…ただひとつのカタチだから……
髪から零れる雫。肌から弾かれる雫。瞳から零れる、雫。
「…あああっ…あああんっ…ああぁ……」
全部、全部、貴方への想い。溢れて零れる、貴方への想い。
「…もうっ…滝川くん…もぉっ…あぁぁっ……」
私から、零れて、溢れる、貴方への想い。
背中に強く爪を立てた瞬間に、熱い液体が萌の中に注がれる。
その瞬間が、一番。一番、しあわせだと、思った。
「…好き…滝川くん…私……」
「ああ、俺も。俺も、好きだ」
「…大好き……」
「うん、俺も。一番…お前が好き……」
見つめて、微笑う。自然な笑顔で。無意識の笑顔で。
貴方の前では俯かなくていい。貴方の前では真っ直ぐでいられる。
貴方の手が私に触れて、そして。そしてともに歩いてくれた。
一緒に、少しずつ、進んでくれた。だから。だから、私。
――――自分を好きになれた…貴方を好きな自分を、好きになれた……
END