―――巡りゆく運命の輪。
小指の紅い糸が切れてしまわないように必死に。
必死に探り続ける想い出の跡。
けれども途切れた記憶の中でそれは決して戻ることは無かった。
こんなにも貴方だけを、見ていたのに……
貴方だけをずっと、見ていたのに。
足許から浸透する水が私を埋めてしまわないように、抱きしめていてください。
貴方が好きだと気付いたのは、何時だったのだろう?
「…指…綺麗だね」
手を繋いで、指を絡めて。貴方から零れた最初の言葉。その言葉に私はひとつ、微笑んだ。自分でも、不思議だった。
―――あれだけ貴方を否定していたのに…こんなふうに微笑う事が出来た事に。
「…綺麗だ…壬生屋…」
不思議な色をする瞳が私を覗き込む。それは蒼くも紅くも見える、不思議な色。まるで私の全てを吸いこんでゆきそうなその瞳。
「貴方は今までどれだけの女の人にそんな言葉を言ったのですか?」
聞いた質問に少しだけ困ったような顔をして、けれども。けれども貴方はそっとひとつ微笑んで。
「本気で言ったのは、君が初めてだよ」
そう言って、真剣な瞳に見つめられて。見つめられて、口付けられる。その激しさと優しさに、瞼が震えるのが押さえきれない。
―――どうしてこんなにも、こんなにもこころが震えるのでしょうか?
「…瀬戸口様…貴方は……」
貴方は…と、私は何を言おうとしたのだろうか?何を告げようとしたのだろうか?自分でも分からない。自分自身ですら分からない。ただ。ただ私は貴方に何かを言いたかった筈。ずっとずっと、貴方に伝えたかった筈。けれどもそれを私が思い出す前に、再び唇が塞がれた……。
伝えなければならなかった言葉はただひとつしかない。
たったひとつだけ、貴方に伝えなければならなかった事は。
ただひとつ私が貴方に、伝えなければならなかった事は。
…貴方を抱きしめ、そして。そして私は……
「君を壊してしまいそうで、怖いんだ」
髪に顔を埋められ、そのまま撫でられた。指先の感触を私は何処か懐かしい思いで受け入れていた。ひどく懐かしい思いで。
「…君に触れたら、壊してしまいそうで……」
―――壊しても、いいです……そう心で呟いている自分がいた。貴方になら壊されてもいいとそう思っている私がいた。貴方に答えるようにその栗色の髪を撫でながら、自分から貴方に口付けた。
「…壬生屋……」
驚いたように見開かれる紫の瞳が凄く綺麗だと思った。綺麗だと、思った。
「…壊して…ください…私は…私は…違う場所に行きたいです……」
壬生屋の力を、家を背負う事に必死で。この血を護る事に必死で。ただ私はその為だけに生きていた。その為だけに生きてきた。他には何も見えずに。他に何も見る事は出来ずに。ただその為だけに生きてきたから。だから、私は。
「…ここではない何処かへ…行きたいです……」
今自分が立っている、この場所以外へと行きたい。貴方の手に、導かれて……。
足元から浸透する水。
ゆっくりと浸透する水。
冷たくひやりとした水は。
それは、私の心。
凍えてしまった私の心。
だから暖めてほしい。
貴方の手で、暖めてほしいんです。
―――私のこころが、凍り付いてしまう前に。
貴方の指先が震えているのが分かった。私の瞼と同じく、震えているのが。
「…今までどんな女の子を抱いてきても…こんな風になった事はなかったのに……」
「ふふ、貴方はそんなにもたくさんの女性を相手にしてきたのですか?」
「否定はしないよ。何時か自分にとって最高の女性に出逢う為に、必死にその相手を探していたのだから」
着物の袷から手を入れられる。ひんやりとした大きな手が、私の肌に触れた。そのままさらしの結び目に辿り付くと器用にそれを外す。はらりと音がして、床に布が落ちた。
「最高の相手は、見つかりましたか?」
「今俺の目の前にいるだろう?」
「…あっ……」
あらわになった胸に手が触れる。軽く揉まれて私は甘い息を零した。他人の手に触られるのは初めてだった。ひどく不思議な感覚。
「…はぁっ…ぁ……」
強弱を付けながら揉まれ、指先が胸の突起に触れる。そのまま指の腹で転がされ、摘まれた。その感覚に耐えきれずに私は貴方の髪をくしゃりと乱した。
「あぁ…ん…」
袷を広げられ冷たい空気に胸が触れる。貴方の眼下にそれが晒され、私は恥ずかしく顔を横に反らした。けれどもそうしていても貴方の視線を感じる。強い、視線を。
「――あっ……」
空いた方の胸が口に含まれる。尖らせた舌で突つかれながら、歯で甘噛みされた。何時しか私の意思に反して胸の突起は痛い程に張り詰めていた。
「…あぁ…は、恥ずかしい……」
びくんびくんと自分でも震えているのが分かる。背中から這いあがる感覚に身体の震えが止まらないのだ。それが堪らずに恥ずかしかった。
「どうして?こんなにも君は綺麗なのに」
顔を上げた貴方の瞳は、何処までも優しい。その瞳に自分の姿が映っている事にひどく安心感を覚えた。その瞳に自分だけが映っている事に。
「綺麗だよ、ここも。ここも、全部」
「…ああんっ……」
腕から着物を下ろされ、私の上半身は全て貴方に曝け出された。鎖骨をきつく吸われ、胸を揉まれる。唇は胸の谷間から腹へのラインを滑り、臍の窪みを舌で舐められた。その感触に次第に意識が呑まれてくのが分かる。段々深い場所へと呑まれてゆくのが…。
「―――あっ!……」
袴に手が掛かるとそのまま下着事降ろされた。誰にも見せた事のない個所が、眼下に曝け出される。その恥ずかしさに思わず私は顔を手で覆った。
「…あっ…止めて…ください……」
そんな私にお構いもせずに脚が広げられる。誰にも見せた事のない秘密の場所が、貴方に暴かれてゆく。
「どうして?こんなにも君のココは綺麗なのに」
「…は、恥ずかしいです…こ、こんな…あ…」
一瞬ひやりとした感触が伝わったかと思うと、次の瞬間には耐えきれない感覚が押し寄せてきた。ぴちゃぴちゃとした音とともに、ソコを舐められているのが分かる。どんなに顔を覆っても、ソコだけが焼けるように熱かった。
「…ああ…あん…はぁ…ん……」
「綺麗なピンク色をしているよ。ココも」
「あああっ!!」
指で何かを摘まれた瞬間、私の身体に電流が走った。一瞬意識が飛ぶと同時に、何が何だか分からなくなる。けれども貴方の指は執拗にソコを攻め立てた。爪を立てられればもう耐える事なんて出来なかった。
「こんなにクリトリス剥き出しにしてたら…感じてしょうがないよね」
「…あぁ…ん…あああ……もぉ…駄目…変に…変になる……」
「くす、イッちゃいな」
「―――ああああっ!!!!」
一瞬、視界が真っ白になった。そしてそのまま私は、どうにも出来ない快感に身を委ねしかなかった。
伝えなければならなかった言葉。
ずっとずっと伝えなければならなかった事。
それは、ただ一言。ただ一言、貴方に。
貴方に伝えなければならなかった言葉。
―――私は貴方を…貴方だけを……
「…あああっ…あぁ……」
熱い塊が私の身体を真っ二つに引き裂いた。けれどもその痛みすらも次第に別のものに摩り替わってゆく。先ほど指で触れられてどうにもならなかった個所が、中に埋まった塊と擦れるたびに、私の意識はどうにもならない場所へと飛び立ってゆくのが分かる。どうにも出来ない所へと。
「…ああんっ…あぁ…もお…私…駄目です…駄目…あぁ……」
がくがくと身体を揺さぶられ、楔は抜き差しを繰り返す。その度に敏感になっているソレに当たって、擦れて。そして。
「…もぉ…壊れる…ああ…」
「壊れてもいいよ。壊れたら俺が、護ってやるから」
「…あぁぁ……はぁぁぁ……」
「――俺がずっとお前を護るから」
…護る……その言葉を私はずっと前に聴いたような気がする…ずっとずっと昔に私は貴方の口から聴いたような気がする……
「お前を、俺が」
そして私は。私は貴方に伝えなければならなかった言葉があるはず。ずっとずっと伝えなければならなかった言葉が。貴方に、あった筈。
「…あぁ…あぁ…ん……」
――――貴方だけに、伝えたかった言葉が……
『…貴方だけを、愛しています……』
意識が途切れる瞬間。
確かに私は。私は告げた。
貴方に伝えたかった言葉を。
ずっとずっと伝えたかった言葉を。
私は貴方に。貴方に、伝えた。
―――伝えたかったただ一言を……
貴方を抱きしめて。
異形の貴方を抱きしめて。
私はただ一言、それだけを。
それだけを、告げた。
貴方だけを愛していると。
ただそれだけが私の真実だから。
それだけが私の本当の事だから。
切れそうに細いただ一本の紅い糸を辿った先にある、唯一の想い。
小指に絡まった糸が告げるただひとつだけの想い。
手繰り寄せて、そして抱きしめた想いが。
―――貴方を愛していると、それだけだから……
長い髪に、指を絡める。
小指の見えない糸のように、そっと。
そっと、指先に髪を絡めた。
「…俺も…君だけを愛しているよ……」
探してさ迷って、そして見つけ出した唯一のもの。
ただひとつの運命の糸。もう二度と、離しはないから。
もう二度と、この手から君を離したりはしないから。
もう二度と、君を失いたくないから。
END