その広い背中が、大好きだったから。
ずっと見ていたくて。ずっと、見ていたかったから。
全てを護ると言った、その背中を。ただ見つめて。
見つめていられれば、よかったの。
特別なものを望んだ訳でもなく。何かになりたかった訳でもなく。
私はただ貴方の傍にいて、ずっと。ずっと見つめていられれば、それだけで。
―――それだけで、よかった……
この世界の何処にも居場所のない私達。何処にも辿り着けない私達。ただ漂流して、ただ流されてゆくだけ。何処へゆくにも私達は、やっぱり枠の外の人間だった。
「――恵……」
名前を、呼ばれて。呼ばれて私は微笑った。それだけで、よかったはずだった。それだけでしあわせな筈だった。貴方にこうして存在を見付けられて、名前を呼んで貰えるだけで。
「…はい…」
手が伸びて、私の頬に触れる。大きな手が私の全てを包み込む。暖かい、手。優しい、手。このぬくもりがあれば私はもう他に何もいらないと思った。もう何も、いらないと。
「…ずっとタイプと呼ばれると思っていました……」
「お前の名前が『恵』である以上、俺はそう呼ぶ」
そのままそっと抱きしめられて、そして口付けられて。このまま。このまま全て溶けてしまえたらと、思った。
名前にどれだけの意味があるのかなんて、俺には分からない。
―――でも、貴方は私を名前で呼んでくれる。
ああ、それ以外に自分を証明するものがないのなら。
―――他人と区別をつけるもの?
…多分それが俺とお前にとって…一番必要なものだからだろう……
私達は、生きて。私達は、存在して。
代わりじゃない。代用でもない。
私達は私達以外のものになんてなれない。
それを分かっているからこそ。
私達は小さな事に拘ったのかもしれない。
そばにいられれば、よかったの。
「…あ…はぁ……」
服を脱がされ、胸の上に指が這う。柔らかく揉まれて私は甘い息を零した。指が胸を余す所なく這ってゆく。触れない個所がないようにと。
「…あぁっ…あんっ……」
そのままぷくりと立ち上がった乳首を指先で摘まれる。その刺激にぴくんっと肩が震えるのを押さえきれない。
「――お前の胸の鼓動」
「…ああんっ!」
「生きている、音」
舌が乳首を這う。胸の谷間に指が当てられ、そこからもう一度左の胸を揉まれた。とくん、とくんと、聴こえる命の音に触れるように。
「…あ、貴方の…も……」
うっすらと目を開けた視界は少しだけ滲んでいた。胸を弄られただけなのに、私の目尻からは快楽の涙が零れ始めている。ぽたりと、ひとつ。
「…貴方の…音も……」
目を開けた先の優しい顔。こんな優しい瞳で私を抱きしめていてくれるならば。抱いて、くれるならば。もしかしたら私は世界で一番しあわせな女なのかもしれない。
「…聴こえるわ……」
貴方の厚い胸板に手を当てて、その音を聴いた。命の、音を。その音はどんな人間にもどんな生き物にも平等に流れているものだから。全ての生きているモノに。
「ああ、聴こえる。聴こえている」
「…大事な…音……」
見つめあって、キスをした。舌を絡めあって、互いの口中を貪った。生きていると言う事を、存在していると言う事を、一番感じられるのがこの行為だとしたら。だとしたら、私達はずっと。ずっと、何処でもいいから繋がっていたいと思った。
…指でも、舌でも、脚でも…何処でも…いいから……
淋しさを、ふたりで埋める。
貴方の淋しさと、私の淋しさを。
視線の先に気付いたものが一緒で。
ふたりが分かり合った想いが一緒で。
一緒だった、から。
だからずっと、見つめていた。
だからずっと、その背中を。
見ていたかったの。見つめていたかったの。
貴方の淋しさが消えるまで。
同じ想いを持つ貴方の淋しさが消えるのを。
消えたならば、私も。
私も淋しくなくなるのかなと、想って。
―――でも本当は。本当は貴方に淋しさを消して欲しかった……
胸に宿る哀しみは、本当の淋しさを分かる人でしか癒せないから。
「…はぁ…あぁ…やぁ…ん……」
舌が辿る。身体の線を、そっと辿ってゆく。指が唇が、全てが余す所なく私の身体を滑ってゆく。
「…あぁぁ…あ……ん……」
甘い息、零れる吐息。それを堪える事はしなかった。そんな事は必要がないって分かっていたから。分かる、から。
「…あぁ…もっと…もっと……」
うわ言のように繰り返し、貴方を求めた。金色の髪に指を絡めながら、遠い場所へ行きたくて。この世界で何処にも行けないのなら、違う場所へと行きたいから。
―――違う所へ、貴方と行きたいから………
「ああ、恵…分かっている……」
腰を引き寄せられ、熱い塊で身体を貫かれ。初めて私は、生きていると実感した。
ねえ、言葉にしなくても伝わる事ってあるかな?
―――今、伝わっている。
…本当に?……
―――伝わっている、お前の気持ち。お前だって分かるだろう?
―――俺達の中にある想いが……
生きていると、実感したかった。
私達は今を生きているんだと。
長い時の中で、忘れ去られる私達は。
それでも生きているのだと。
生きているんだと、伝えたかった。
「…あああっ…ああああ……」
貫かれ、抉られて初めて。初めて、確認する。
「…もっと…もっとぉ…あぁ……」
生きているんだと。ここにいるんだと。
「…あああ…もっとぉ…奥まで…はぁんっ……」
私達は今この時間に存在しているのだと。
―――貴方の広い背中に手を廻して、初めて淋しさから逃れられるように……
何かになりたかった訳じゃない。
特別なものになりたかった訳じゃない。
ただ生きているんだと、存在しているんだと確認したかっただけ。
―――貴方の広い背中を、ずっと。
見つめていられればしあわせ。
貴方をずっと、見つめていられれば。
でも。でも貴方の背中は。
…凄く…淋しかった…から……
ドクンッと私の中で弾けて、白い液体が注がれる。私の中で全て飲み込みたいと願った。
「このまま、繋がったまま」
「…う…ん……」
「いられたら、いいな」
「…でも…繋がっている……」
「…離れても心が…繋がっている……」
何時しか世界が私達をはじき出して。
そして私達は永遠に漂流し続けるのだろう。
それでも、こうして。
こうして心が繋がっていれば、きっと。
きっと、もう怖くはないから。
END