硝子の柩

うち、ずっと。
ずっと、ずっとね。

―――キミが好きやったんや……


遠くを見ているようで、近くを見ているようで。でも何も見てはいない瞳。その瞳には誰も、映してはいない。
「…なっちゃん……」
硝子玉のような瞳を間近で覗き込んだ。けれどもそれはただ鏡のように反射するだけで。瞳にうちの姿が映っても、それは本当に鏡に姿が映し出される事と同じだった。
「…なっちゃん…好きや……」
それでもうちはその名を呼んで、そして頬に手を重ねた。陶器のような白い頬に微かなぬくもり。それが。それがキミが生きていると言うただひとつの証拠。
「…大好き…や……」
答えないその唇にそっと口付けて。うちはまた。またひとつ涙を零してしまった。


こころが、壊れたとエライ先生は言っていた。
こころが壊れてしまったんだと。
あしき夢に捕らわれて、それでも必死に。
必死に人間の心を護ろうとした結果。
その結果が、自分の心を…自我を壊す事だったのだと。

―――『自分』を壊してまで…護りたかったモノがあったのだろうと……


「…ねぇなっちゃん…なっちゃんは何が護りたかったの?……」
あしき夢に捕らわれて、そして戦うべき相手『HERO』の存在。
「…何から…護りたかったの?……」
護りたかっものは、きっと。きっとその存在なのだろう。
「…護り…たかったの?……」
―――ただひとり、彼が護りたかったものは……


「…なっちゃん…そんなに…速水くんを…護りたかったの?……」


こころを壊してまで。自分を壊してまで。
護りたかったものはただひとつ。
ただひとりの、存在。護りたかったものは。


「うちずっと。ずっとなっちゃん好きやったんよ」
もう一度手を伸ばして、そして頬に触れて。頬だけじゃ足りなくて、顎に触れ、そして唇に触れた。暖かい、唇に。
「…ずっと…なっちゃんだけ……」
顎から首に指を滑らせ、そのままワイシャツのボタンを外した。そこからくっきりと浮き上がる鎖骨のラインに指を這わして、そっと唇を落とした。
きつく吸い上げて、紅い痕を残す。それが。それが、キミが生きていると言う証だから。
「…なっちゃん……」
プチンと、ポタンを外す音だけが室内を埋める。音のない真っ白な部屋にただひとつ。ただひとつの『動』だった。
「…ん……」
胸元を全て曝け出し、そのまま胸の突起を口に含んだ。けれどもキミの表情はひとつも変わらない。それでもうちはその胸を口に含んで、舌で嬲った。
―――ぴちゃぴちゃと、わざと音を立てながら。
「…んん……」
吸い上げ、軽く歯を立てる。キミの身体はピクリとも反応しなかったけれど、それでも胸の果実はぷくりと立ち上がった。それをうちは何度も何度も舌で舐めた。
「…ん…んん…なっちゃん……」
動かないキミの上に乗っかった。きしっと二人分の重みで車椅子は悲鳴を上げたけど、うちはそのままキミの膝の上に乗っかった。そしてワイシャツのボタンを全部外して、キミの肌に指で触れる。
ひんやりとしていた肌が、触れる度に少しずつぬくもりを帯びてくる。それが何よりも、嬉しかった。嬉しくて、そして少しだけ哀しい。
「…なっちゃん……」
指と舌で上半身を余す事無く辿った。胸もわき腹も鎖骨も、臍の窪みも。全部、全部うちはそのラインを辿った。
「…なっちゃ…ん……」
でもその腕は決してうちの愛撫を返してくれることはない。その瞳は決してうちを映し出すことはない。その唇は決して、うちの名を呼ぶことはない……。
「…好きや…誰よりも…うちは…うちは……」
自らのプラウスに手を伸ばして、そのままボタンを外した。フロントホックのブラを外し、胸を晒す。けれどもその胸にキミの手が触れることはない。
「…あっ……」
手を、取った。キミの手を取ってそのままうちの胸に合わせる。自分の手を上から重ねて、ぎゅっと胸を揉んだ。ひんやりとした君の手が、うちの肌に触れている。
「…ああん……」
それだけで、感じた。敏感な部分を弄るとか、指先が乳房を嬲るとか、そう言った行為は何一つない。ただ、触れているだけ。君の手が、胸に触れているだけ。それだけで、うちは感じた。身体より、精神が、感じた。
「…あぁ…ん…なっちゃん…はぁぁっん……」
重なった手は、離さなかった。ずっと胸に置いたままで。そうしておいてうちは空いている方の手で、自らのスカートの中を弄った。下着の上から敏感な部分をなぞる。そこはすでに布越しに湿っていた。
「…あぁっん…あぁ…なっちゃ…はぁっ……」
パンティーの布をずらして直に指でソコに触れた。べとべとと液体が指先に伝わる。それを感じながら指を奥へと導いた。
「…ああんっ…あんっ……」
くちゅくちゅと音が耳に響く。濡れた花びらが、刺激を求めて貪欲に蠢いている。その絡み付く内壁を掻き分けるように、うちの指は中で勝手気侭に動いた。
「…ああっ…あぁん…はぁっん……」
けれども、幾ら自らの指で慰めても。胸に手が触れていても。それでも。それでもうちは。うちは……。
「…なっちゃん…なっちゃん……」
キミが、欲しい。キミだけが、欲しい。他の誰でもなくキミだけが。キミだけが、欲しくて。どうしようもなくキミだけが。
「…うち…うち…なっちゃんが……」
ぱたりと、手が宙に落ちた。うちが手を離したから。そして。そして自らの秘所を弄っていた手も引き抜いて、そして。
「…なっちゃんが…欲しいよぉ……」
腰を浮かして、まだ脱いでいなかったパンティーを脱ぎ捨てた。そして……。



運命の輪が、廻っていて。
その中になっちゃんと速水くんはいて。
うちはその廻りに。廻りにただ。
ただ漂っているだけで。
ただ見ているだけで。

ふたりの間には、割り込むことは出来なくて。

羨ましかった、悔しかった。
泣きたくて、切なくて。でも。
でも他の女の子に取られるよりはイイって。
うちのものにならないのならば、それも。
それもいいかなって心の何処かで思っていた。

―――他の誰かのものに…なるくらいだったならば……



ズボンのベルトを外して、そしてキミ自身を取り出した。反応がないのは分かっている。それでもうちは構わなかった。それでもうちはキミが、欲しかった。
「―――あああああっ!!」
腰を落として一気にキミを中へと埋め込んだ。ずぶずぶと音を立てながら、うちの中へと入ってくる。その塊を逃さないように、うちの内部はきつく締め付ける。
「…あああっ…ああああっ!……」
大きさとか、そんな事よりもうちは。うちはキミが中に入っているって事に感じていた。キミがうちのなかに入っているんだって事に、感じていた。
「…ああ…あぁぁ…なっちゃ…なっちゃん…あああっ!!」
自ら腰を動かした。がくがくと上下に動いて、キミを奥深くに求める。子宮に届くぐらい、キミに貫かれたいから。
「…なっちゃん…なっちゃん…ああああ……」
喉を仰け反らせて、喘いだ。腰を激しく動かして、求めた。欲しかったから。キミが、キミだけが欲しかったから。恥も外聞も忘れて、ただ。ただうちはキミを求めた。
「あああああ――――っ!!!!」
…自らの意識が真っ白になるまで…キミを…求めた……。



硝子の柩、その中にキミが眠る。
硬い、柩。壊れることのない柩。
壊されることのない、柩。
壊すことが出来るのはただひとり。

―――ただひとりだけが、その柩の鍵を持っているの……



繋がった部分を外す。どろりとうちの中から大量の蜜が零れてきた。けれどもそれはうちが流したもので。白く濁ってはいなかった。


「…好きや…なっちゃん……」


なんでやろ?どうしてやろう?
苦しくて切なくて、死にたいのに。
なのに何処かで喜んでいる自分がいるのは。
どうしてやろう?どうしてなのか?



キミはうちを見ていない。けれども他の誰も見ていない。



「…なっちゃん…好きや…ずっと……」
ここでこうして白い部屋の中にキミがいる限り。ここにキミがいる限り、ずっと。
「…ずっと…好きや……」
誰のものにもならない。誰にも心を奪われたりしない。
「…ずっと…ずっと……」
誰も手が触れることはない。




――――この、硝子の柩にキミがいる限り……


END

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