微妙なバランスの上に僕らは成り立っている。
一本の細い糸の上に僕等は立っている。
それは引っ張ればすぐに切れてしまうほどの細い糸。
それでも僕等はその上から逃れられない。
必死になって、その上に立ちながら。
この微妙な感覚に身を任せている。
―――多分、誰も間違ってはいないんだろう……
「にゃん」
そう言って、鼻をかぷりと噛まれた。悪戯をしようとしている子供のような瞳が僕を覗き込む。けれどもその瞳に含まれているのは『女』の色彩だった。
「…原さん…貴女は……」
「くすくす、狩谷くんって可愛い」
楽しそうに笑って、僕を見下ろす大人のひと。綺麗な女のひと。どんなになっても僕はきっとこのひとには勝てないだろう。これから先、僕は永遠に。
「何で鼻を噛むんですか?」
少しだけ赤くなった鼻先を摩りながら、裏上目遣いに睨み付けても柔らかく微笑うだけで。微笑うだけで、僕の全ての感情をかわしてしまう。
「だって貴方憎たらしいんだもの」
つんっと指先で鼻を突つかれて、そのまま眼鏡を外される。少しだけぼやけた視界の中でも彼女の綺麗な笑顔は色褪せる事は無かった。鮮やかなくらいに、綺麗な人。
まるで大輪の華のように、何よりも鮮やかな女の人。
「憎たらしいな、貴方が」
そうして貴女は僕に楽しそうに微笑った。決して僕には出来る事のない女の笑顔で。
「…貴方が…憎たらしい…」
もう一度、貴女は確かめるようにそう言った。そして眼鏡を近くのテーブルの上に置くと、そのまま僕の唇を塞ぐ。それは柔らかい唇だった。
―――憎たらしい…貴女の言葉が僕の頭の中をゆっくりと駆け巡る。
でも僕には。僕には貴女が羨ましいです。彼の隣に当然のように立って、そして一緒にいられるひと。ずっと彼のそばにいられるひと。
貴女は『女』だから。ただそれだけの理由で、彼のそばにいられる。彼の隣に立てる。彼に愛される事が出来る。そんな貴女が。
――――貴女が、羨ましいです……
君は僕を抱いた。好きだと言って、抱いた。
けれどもその腕で君は彼女を抱く。
愛していると言って、彼女を抱く。
どちらも君にとっての真実ならば。
真実ならば、僕等は。
僕等は、一体どうすればいいの?
舌を絡めて、互いの口中を貪った。可笑しいね…僕等はある意味ライバル同士なのに、何でこんな事をしているのだろう?
「…んっ…はぁ…貴方…キス…上手い……」
うっとりしとしたように呟きながら、積極的に僕の舌に絡めてくる。その感覚に僕はくらくらとした。柔らかい唇の感触、眩暈のするほどの口付け。君としている時のキスとは違う。君の唇はこんなにも柔らかくないし、君の口付けはこんなにも甘くない。
「…もっと…そう…舌…絡め…んっ……」
ぴちゃぴちゃと濡れた音だけが僕の耳の鼓膜に響く。そのたびに頭の芯がぼうっとなるのが分かる。女の人とキスするのは初めてじゃない。けれども。けれどもこんなキスを僕は知らない。こんな、甘く危険なキスを。
「…んっ…んん……」
貴女の指が僕のワイシャツのボタンに掛かると、そのまま外された。君とは違う柔らかい指が僕の肌に、触れる。
「――っ…」
舌は絡めたままで、貴女の指が僕の胸の突起に触れる。触れることに慣らされたソコは、みるみるうちに痛い程に張り詰める。
「…あん…貴方…敏感なのね…それは『あの子』のせい?…」
「…は…くぅ……」
その質問に僕は答える事が出来なかった。伸びた爪がカリリと僕の突起を引っかきながら、舌先でぺろりと舐められたので。その刺激のせいで漏れそうになる声を堪えるのに必死だった。
「くす、可愛い…こんなに張り詰めてる」
「――っ!」
口に含まれて、舌で転がされた。僕は耐えきれずに指先を口に持って必死で声を堪える。それでも背中から這いあがってくる快楽の波を押さえる事は出来ない。
何時もとは違う、もっと柔らかい感触に…僕の性感帯は明らかに反応を寄越した。
「…口よりも…こっちに触れて……」
口に含んでいた指先に手を絡めると、貴女は自らの胸へと導いた。それは服の上からでもはみ出そうなほどの大きさと弾力さを持っていた。
「…そう…揉んで…強く……」
上に手を重ねられて、そのままぎゅっと握られた。その瞬間僕の手のひらの中で胸の果実が弾んだ。上から押さえられて強く揉んでいるのに、それを跳ね返す弾力さと感触がひどく気持ち良かった。
「…あぁ…いいわ…もっと…あんっ……」
貴女の手が離れても僕は胸を揉んでいた。止める事が出来なかった。何時しか貴女の上着をたくし上げブラジャーを外すと、そのままじかに触れた。
「あぁんっ」
直接触れた事で貴女の口から淫らな声が零れる。僕の胸を弄っていた手もその瞬間、止まった。
「…あぁ…んっ…もっと…もっと強く……」
「…あっ……」
僕が強く揉めば揉むほど、貴女の僕の胸に触れた手も激しくなる。何時しか耐えきれず僕の口からも甘い息が零れていた。
「…ねぇ…舐めて…ね…」
自ら胸を僕の顔に近づけると、そのまま車椅子の上に跨った。そして僕のズボンのジッパーに触れるとそのまま降ろして行った。
「…あぁっ…ん…イイ…イイわ……」
僕は顔の前にある胸の突起を夢中でしゃぶった。まるで赤ん坊が母乳を飲むように。空いた方の胸を揉みしだきながら。
「…あ…貴方も…こんなに……」
「――ああっ……」
ジッパーを降ろされるとそのまま僕自身を外界へと放出させる。それは明らかに形を変化させ、どくんどくんと息づいていた。
「…意外と…大きいのね…ふふ…」
「…あっ…止め……」
胸をしゃぶっていた唇の動きが止まる。僕自身を手のひらで包まれたからだ。柔らかく包み込みながら、そっと側面を撫でられる。それだけで背筋がぞくぞくするのを押さえられない。
「…止め…原さ…あっ…あぁ……」
先端の割れ目に爪を立てられれば何時しか先走りの雫が零れ始めていた。とろりとした液体が伝うのが自分でも分かる。
「スゴイ…もう私我慢出来ない……」
そう言って貴女はスカートの下に手を入れると、パンティーを脱いで床に投げた。そしてそのまま。そのまま張り詰めた僕の上に乗っかって腰を降ろした。
「あああ―――っ!!」
「…くぅっ…あ……」
ずぶずぶと音を立てながら、貴女は僕を飲みこんでゆく。柔らかい媚肉が僕に絡み付き、ぎゅっと締め付けた。その感触が僕には堪らなくて。
「…ああ…あああ…イイっ…イイわっ……」
一端全てを飲み込んで恍惚とした表情で貴女はそう言うと、ゆっくりと腰を動かし始めた。それは次第に激しくなり、肉が擦れる感触が僕の脳天を直撃した。
「…ああんっ…あん…あ…」
「…はぁ…ぁ……」
自らの胸を揉みながら狂ったように腰を振る貴女。髪を乱しながら。汗を零しながら。その姿は、どうしてだろう?どうして僕にはこんなにも綺麗に見えるのか?
―――綺麗、だった。どうしようもなく綺麗で……
「――――あああああっ!!!」
喉を仰け反らせて貴女が悲鳴を上げた瞬間、僕はその中に白い欲望を吐き出していた。
こんな事をしてもどうにもならない事は分かっている。
僕らの迷い込んだ迷路は複雑で。そして出口がない。
けれども。けれどもその迷路の中に入っていったのは。
―――間違えなく、僕らの意思なんだ……
君のように、貴女を抱いた。
僕のように、貴女は抱かれた。
どっちも間違っていない。どっちも正しくはない。
けれどもそれ以外に。それ以外に僕等は。
―――淋しさを埋める事が出来なかったんだ……
「――私と、貴方は…同じ…そして違う…」
「…ええ……」
「貴方は男で、私は女。けれども」
「けれども『あの子』が好きなだけ」
誰も間違ってはいない。
誰も答えを知らない。
それでも。
それでも僕等は。
僕等は自ら選んだ選択に、後悔はしていないから。
END