―――その箱の中には、何があるのか?
何が、正しくて。何が、間違っているのか。もう何も。何も、分からない。
「いやっ!いややっ!!」
ビリリと引き裂かれる布の音が、ひどく耳の奥に響いてきた。その音に耐えきれずに加藤の身体はびくりと震えた。それと同時に引き千切られたボタンが顔に当たる。けれどもそれで動きが止められる事は、なかった。
「いいよ、もっと抵抗しなよ。抵抗して、僕を殺して」
ガタンっと音とともに加藤の身体が床に押し倒される。ひんやりとした教室のコンクリートの床が、加藤の恐怖心を煽った。引き剥がそうと身体に伸ばした手が、がくがくと震えて機能しない程に。
「止めて、速水くんっ!こんなっ!!」
それでも逃げようと必死に身体を捩れば、そのまま強引に唇が塞がれた。顎を捕らえ無理やり口を開かせると、舌を忍びこませる。
「…んっ!…んんっ!!」
逃れようと首を左右に振っても、速水は強引に加藤の舌に自らのソレを絡めとった。根元をきつく吸い上げ、口中をたっぷりと蹂躙する。その巧みな舌の動きに意識を奪われそうになりながらも、必死になって加藤は抵抗をした。けれども圧し掛かる男の力は、女の華奢な腕ではどうにもならないものだった。
「…んんんっ…はぁっ…やぁっ……」
飲みきれない唾液が口許に伝った頃、やっと加藤は長い口付けから開放された。唇は艶やかに濡れ、潤んだ瞳はひどく劣情を誘う。それが本人の意思とは違っていたとしても。
「噛み切ればよかったのに」
「…速水…くん?……」
「嫌なら舌、噛み切ればよかったんだよ。そうしたら君は僕に犯される事もないのに」
「…な、何言ってんのや……」
「そうしたら綺麗な身体のままで、狩谷を好きでいられたのに」
くすりとひとつ速水が微笑った。それはひどく残酷で、ひどく自虐的な笑みだった。それは加藤が初めて見た、彼の顔だった。そう、初めて見た…。
どんな時でも穏やかな笑顔で、時には少女のような笑顔で微笑っていた筈の彼の。そんな彼の、本当の顔。本当の、顔。
それは怖いほどに綺麗で、そして哀しい程に残酷だった。
――――僕を、殺して。そして君のそばまで、行かせて……
一面に散らばった血が、華のように綺麗で。
その中にいる君は、うっとりとするほど綺麗で。
むせかえるほどの血の匂いも、生臭い肉の匂いも、全部。
全部、眩暈がする程の快楽で。
そして壊れるほどの、恐怖だった。崩れるほどの狂気だった。
僕がこの手で、君を殺した。僕が、君を殺した。
どんなセックスでもそれは得られない快楽。それはどんな行為でも得られない絶望。
君を僕だけのものにして、そして君を永遠に失う。それは気が狂うほどの、眩暈だった。
「止めっ!痛っ!」
背筋がぞくりとする笑顔にしばらく呆然としていた加藤だったが、強い力で胸を鷲掴みにされ意識を現実に戻される。先ほどブラウスを引き裂かれ、露わになったブラジャーの上から力の限り胸の膨らみを揉まれた。
「…やや…堪忍やっ…速水くんっ!…あっ……」
何度かブラの上から胸を揉まれ、布越しでも乳首が立ち上がるのが分かった。それに気付いて加藤は首をイヤイヤと横に振る。こんな乱暴をされても感じている自分が、嫌だったから。
「嫌なら、殺してよ。僕を殺してよ」
ブラを剥ぎ取られ、白い胸が速水の眼下に晒される。それは強く揉まれたせいで、うっすらと赤みを帯びていた。それをそのまま手で包み込むと、乳房の部分を再び力任せに揉んだ。尖った乳首を指先で捏ね繰り回しながら。
「…止めっ…止めてぇ…なっ…やぁっ……」
ぎゅっと指先で乳首を摘めば、びくんっ!と加藤の身体が跳ねた。けれどもそんな反応など全く関心がないとでもいうように、速水はそのままぷくりと立ち上がった乳首を口に含む。そのまま舌先でぺろぺろとむしゃぶった。
「…やぁぁっ…止め…だめぇっ!……」
イヤイヤと首を振って両手で速水の身体を引き剥がそうと背中を引っ張る。けれどもその身体はびくともしなかった。その間にも巧みな舌が加藤の乳首を貪り、たっぷりと胸の果実を唾液で濡らした。
「…やだぁ…堪忍…堪忍してぇっ…あぁぁ……」
嫌だった。好きでもない相手にこんな事をされるのは嫌だった。けれども身体は反応を寄越してしまう。どんなに理性で拒否しても、感じる個所を攻めたてられれば、感じない訳にはいかない。
「――――あっ!」
不意に胸を支配していた唇と手が離れ、加藤の身体はぴくりと小さく跳ねた。けれども次の瞬間にスカートを捲り上げられ、膝を曲げられた。そうする事でパンティーが速水の前に隠す事無く曝け出されてしまった。
「加藤さん、嘘吐きだね。嫌なんて」
「…な…何言うとんのや…速水くん……」
「だって、濡れてるよ」
「ああんっ!!」
ぐいっと脚を開かせて、速水はパンティーの上からでも分かる割れ目の部分をそっと指でなぞった。軽く辿っただけなのに、指はしっとりと濡れている。
「ほら、こんなになってる」
「…ああんっ…やぁ…だめぇ…あぁっ……」
すすすと指を割れ目に何度か行き来させると、そのまま布の上から指を突き入れた。それだけでぎゅっと膣は指先を締め付けてくる。
「…やぁ…止めて…これ以上は…やぁ…うち…いややっ……」
「厭らしいね、加藤さんのココ。こんなに指を締め付けて…そうやって狩谷のも咥えていたの?」
「―――っ!」
「許せないな、狩谷は僕のものなのに。僕だけのものなのに…こんな…こんな所に彼のモノが入るなんて…許せないよ……」
「…速水…く…ん?……」
「許せないよ…絶対に君だけは……」
「い、いやっ!!」
引き裂かれる音ともに割れ目の部分の布が引き裂かれる。そしてひくひくと蠢き蜜を垂らした膣が速水の前に暴かれた。その途端加藤は脚をばたばたと動かし抵抗を始める。それを抑え付けるために速水は足首を掴むとそのまま自らの肩に乗せて。乗せて、自分のズボンの前だけを肌蹴させて。
――――そのまま加藤の蕾に、自らのペニスを突き入れた。
愛なんて初めから、何処にもなかった。うちらの間にそんなもの、存在していなかった。それでもよかった。それでもよかった。
『…好きや…なっちゃん…うち…なっちゃんだけが好き……』
知ってるよ、なっちゃんの全部は速水くんのもの。心も身体も、全部。全部、速水くんだけのもの。それでもいいの。それでもよかったの。うちは好きだから。なっちゃんが、好きだから。
『…なっちゃんうちを抱いて…速水くんに殺させる前に抱いてえな…』
うちに入る隙間なんてない。二人の間に結ばれているものは深くてそして痛いもの。苦しくて、切ないもの。それでもいいの。いいから。
『それとも速水くんに抱かれるのは出来ても、うちを抱くのは出来へんの?』
なっちゃんにとっての『女』がうちだけならば、しあわせ。どんな理由でも、しあわせ。どんな形でも、しあわせ。だから抱いて。だから、抱いて、ね。
『…抱いて、な…なっちゃん……』
愛なんていらないから。うちの想いだけで充分だから。充分溢れて、零れてゆくから。
「ひっ!ひあああああっ!!!」
一瞬視界が真っ赤になって、次の瞬間に激しい痛みが襲った。充分に濡らされていなかったソコは、予想以上の大きな異物に引き裂かれるような悲鳴を上げていた。
「…いやぁっ!痛いっ!痛いっ!!抜いてっ…抜いてぇっ!!」
加藤の願いは叶えられる事はなかった。速水はがむしゃらに身を進め、加藤の内部を引き裂いてゆく。ずぶずぶと容赦ない音を立てながら、奥へ奥へと進んでゆく。
「ああっ…あぁぁっ…いやぁっ…いやぁっ…あぁぁ……」
がくがくと腰を揺すられ、激しい挿入を繰り返される。その度に媚肉は軋み、悲鳴を上げていた。それでも何時しかその痛みすらも、快楽へと摩り替わってゆく。じわりと這い上がってくる快感を、止められない。
「キツいね、加藤さん。ココ使い込んではいないんだね。僕をぎゅうぎゅうに締め付けてくるよ」
「…やぁっ…あぁっ…あぁぁっ!」
「これじゃあ狩谷はすぐ出しちゃっただろうね…後でイクのは知ってたけど、中でイクのは教えなかったから」
「…あぁぁっ…もぉっ…もぉっ…うちっ…うちっ……」
「くす、もう限界なの?僕はまだまだなんだけどね」
「…あああっ…あぁぁ…もぉ…だめ…うち…だめぇ……」
「しょうがないね、ほらイッちゃいな」
「――――あああああっ!!」
ぐいっと強く腰を引き寄せられ、加藤は最奥まで速水に貫かれる。その刺激に意識が真っ白になったと同時に、熱い液体がその身体の中に注がれた。
『…僕は君に殺されるために、生まれてきたんだね……』
欲しかったのは君だけだった。傷つき壊れ、そして内側から崩壊してゆく君。
闇に染まり、光すら見えなくなり、そして。そして僕に殺されるためだけに竜になった君。
―――愛しているよ。愛しているよ、愛しているよ。
ねぇ、狩谷。僕は君を誰にも渡したくなかったんだ。だから君を選んだんだよ。
君を竜に選んだんだよ。僕がHEROになる為に必要な捨て駒。でも僕にとっては。
僕にとっては唯一の。唯一の形ある君への愛し方だったんだ。
『いいよ、速水。それで君の物語が完成するならば、僕はこのまま闇に落ちるよ』
最期に人の形をした君が微笑った。
何時も何処か淋しげで、そして何処か怯えていた君が、初めて。
初めて僕の前で心からの笑顔を見せてくれた。本当の笑顔を、見せてくれた。
その瞬間、本当は。本当は『僕』の物語は終わっていたんだ。
だってこれからは『HERO』の物語だから。速水厚志ではない、HEROの。
「…あぁぁっ…もぉ…もぉ…やぁっ…やぁぁっ!!」
意識が混沌とする。朦朧としてくる。それでも突き上げるのを止められない。
「…うち…壊れっ…壊れちゃうっ…!…」
この膣の中でどれだけ果てたかすら、もう分からない。分から、ない。
「…壊れ…あああああっ!!!」
――――太腿から伝わる白と紅の混じった液体だけが、ひどくリアルだった。
可哀想なのは、うちと速水くんと、…どっちなのかな?
それともどっちも一緒だけ、哀しいのかな?可哀想なのかな?
ねぇ、なっちゃん。今ね、分かったよ。今、分かった。
うちと速水くん、こうして粘膜を通じて同じものを捜しているんだって。
バカみたいだね、うち。嫌なはずなのに、心の何処かで喜んでいる。なっちゃんもこんな風に。こんな風に速水くんに抱かれていたのかと思ったら…嬉しくなった。一緒だって。なっちゃんと、一緒だって。バカだよね。うち、本当にバカだよね。でも速水くんも同じだから。同じだって分かったから。
こうしてうちを抱きながら、うちの中に残っているなっちゃん捜しているんだって。
箱がある。硝子の箱がある。二人の心に小さな箱が。
それを開けたら、出てきたものは。
…出てきたものは…何だったんだろう……
END