好きな人の幸せは、私の幸せだから。
好きな人が笑っていれば、私も嬉しい。好きな人が泣いていれば、私も哀しい。
貴方が笑って、貴方がしあわせならば…私もしあわせ、だから。
だからもしも貴方になにか辛いことが降りかかったならば、私が受け止めたい。
私の全てで、受け止めたい。私の全てで……
頭上に浮かんでいた月がふと、影に隠れた。漆黒の雲が柔らかい月の光を遮る。それがまるで合図とでも言うように。じわりと忍び込むような闇の気配に、遠坂は無意識にひとつ身体を震わせた。突き刺すような冷たさはない。けれども身体がひどく寒かった。そうまるで内側からじわりと冷気が忍び込んでくるようなそんな、感覚。
「…いやな予感がする…もう帰るか……」
時計を見ればもう12時を軽く廻っていた。帰りたくない家だけれども、帰らない訳にもいかない。遠坂は諦めたようにひとつため息を付いて、帰宅するための道を歩き始めた。
貴方のために出来ること。私はどんな事でもしたいから。
貴方のためにならこの身だって。この身体だって、いくらでも。
いくらでもどうなろうと構わないから。
人影のない公園の中を通ってゆく。誰もいない静けさは無気味だったが、近道をするにはここの公園を通り抜けることが一番適切だった。一瞬躊躇ったが、遠坂はそれを振り切るように中へと脚を踏み入れた。
貴方のしあわせが、私のしあわせ。貴方の不幸が、私の不幸。
大切な貴方が傷つかなければ。大切な貴方が無事でいてくれれば。
私はそれで。それだけで、いいの。
―――ガサリ……と微かな物音がして、遠坂は振り返る。それは常人には聞こえない程の小さな物音だったけれど、生憎『常人』ではない彼にはイヤと言うほどに耳元に届いた。
「―――っ!」
振り返った瞬間に遠坂の目が驚愕に見開かれる。そこには幻獣がいた…それも戦場で見たことのないタイプだった。スキュラでもゴブリンでもない。無数の触手と瞳を持ったぬめぬめとした生き物。幻獣しては少しサイズが小さい気がするが、気配は間違えなく邪悪なモノだった。
「…何でこんな所に…」
取り合えず懐から銃を取り出し構えようとした瞬間、触手が遠坂の手首を掴む。そしてそのままきつく握り締め、銃を手から落とさせた。
「―――わあっ!」
銃を拾う間もなく、無数の触手が遠坂の身体に絡みつくと、そのまま全身を締め上げた。首をきつく締められて息をすることが出来ない。―――不覚、だった。この自分が油断していた……そう頭で思おうとも、締めつける触手が遠坂の意識を遠ざけてゆく。ぼんやりと霞む視界、口を開いて酸素を吸入しようとしても、根元が塞がれてそれも叶わなかった。
「う…あ……――っ!」
最後の力を振り絞って声を上げようとした瞬間、不意に首の締め付けが緩んだ。そして身体に巻き付いていた力も。その隙を逃さずに遠坂はそれから逃れた。転がるように地面に倒れ、その触手から逃れるととっさに頭上を見上げた。
「―――田辺っ?!」
見上げた瞬間に、自分の良く知っている少女が触手に自分の代わりに絡め取られていた。柔らかい三つ編みと、そして眼鏡の奥から見える優しい瞳。その瞳が遠坂の姿を確認してにこりとひとつ、笑った。身体中は触手に締め付けられて苦しいはずなのに…それなのに。
「大丈夫かっ?!田辺…今――あ……」
落ちていた銃を取ろうとした手が不意に宙で止まる。そしてそのまま頭に何か重たいものが落ちてきて、遠坂の意識はブラックアウトした。
貴方が無事ならば、私はそれでいいの。貴方が生きていてくれればそれでいいの。
遠坂の頭上に降ってきたものは、幻獣の触手だった。そのまま強い衝撃で遠坂の身体が崩れ落ちる。けれども幻獣はそれ以上遠坂の身体には目もくれなかった。―――今手の中には別の獲物が…ある……無数の触手が田辺の身体に絡みつくと、そのまま細い一本のソレが顔に触れた。そして顔中を撫でまわす。
「…やっ…やめてっ!」
カシャンと音がして眼鏡が地面に落とされた。それでも撫でまわす触手は止まることがない。そのぬめぬめとした感触が田辺には気持ち悪くて仕方なかった。
「いやっ…な、何っ?!」
顔を撫でいてた触手とは別のソレが、胸元へと忍び込んでくる。更に細い無数の触手が、田辺の細い足に絡み付いてきた。ずるずる…そう音を立てながら、ありとあらゆる服の隙間から触手が忍び込んでくる。そしてビリビリと音を立てながら服が引き裂かれていった。
「…い、いや…やめ……」
その触手の淫らな動きに本能的に田辺は恐怖を覚える。けれども言語を持たない幻獣に言葉など通じはしない。そのまま滑り込む細い器官は、何時しか田辺のブラへと忍び込み胸にまで辿り着いた。
「――いやっ!」
身体がピクンっと、揺れる。それと同時に少し太めの触手が、胸の突起に絡みついた。そしてぐいぐいと乳首を締めつける。その痛い感触に田辺は逃れようと身体を捩るが、無数に絡みついた触手がそれを決して許してはくれなかった。
「痛い…痛い…やめてっ!……」
きつく乳首を締めつけられながら、別の触手が胸を滑る。まるで人の指に揉まれているように、触手は田辺のソレを攻めたてた。
「…やめ…やめて…お願い……」
言葉は通じないことは分かっている。それでも田辺の口から零れるのは、懇願だけだった。ただやめて、助けて、と。
「―――やあっ!!」
脚に廻っていた触手が、足首を掴んで強引に広げさせられた。その股を広げられた格好があまりにも恥ずかしく田辺の顔が羞恥に染まる。目尻からは思わず涙が零れるほどに。けれども触手による陵辱は止まらなかった。限界まで広げられた脚から覗くパンティーに、無数の細い触手が忍び込んでくる。そしてついに彼女の秘所へと辿り着くと、乾いたままのそこにそれが突っ込まれた。
「――うっ!」
触手の細さは指ほどのモノだったが、今までソコに受け入れることを知らなかった個所にソレが触れる。それだけで苦痛の声を田辺にもたらす。けれどもそんな田辺の声も意思のない幻獣に伝わることはない。まだ男を知らないその部分をぐりぐりと嬲りながら、奥へ奥へと侵入してくる。
「…いやぁ…やあ…やめてぇーーっ!!」
首を左右に振って痛みから逃れようとしても無駄だった。細い管はくちゅくちゅと音を立てながら花びらを征服してゆく。そして何時しかそこからは濡れたような音が聴こえ始めてきた。
「…いやぁ…やだぁ…あぁ……」
そして何時しか田辺の声にも甘いモノが含まれてゆく。いくら嫌悪感を浮かべようとも、受け入れるために存在する器官は、与えられた刺激に何時しか蜜を滴らせて答え始めていた。
「…はぁ…あぁ…や…だめぇ…あん……」
ひくひくと自分でもソコが震えているのが分かった。それが余計田辺の羞恥心を煽って行く。けれども、それを止める術を田辺には分からなかった。
「…ぁぁ…はぁ……―――っ!!」
しばらく細い管がソコを嬲っていたが、不意にぐいっと広げられる。そして何か硬いモノが当たる感触に田辺ははっと目を開いた。そこに見たものは、田辺を犯している触手とは比べ物にならない太く硬いソレが、入り口をつついていた。
「…い、いや…やめて…そんなモノ…そんなモノ…挿れないで……」
本能的な恐怖が田辺の身体を硬直させる。けれどもまるでその様子を喜ぶかのようにソレは、ゆっくりと田辺の中へと挿いってきた……。
「ひぁ―――っ!!!」
引き裂かれるような痛みに田辺の口からは悲鳴が零れる。けれども触手の侵入は止まることはなかった。ピシピシと肉が裂けるような音が耳に響いてくる。足元にはぽたりぽたりと血が滴っている。それでもぐいぐいと無理やり中へと、それは入ってくる。もうそこに快楽はなかった。ただの痛みだけで。痛みだけが田辺を襲う。
「…ひぁ…あああ…いや…痛い…痛ぁっ……」
ずぶずぶずぶと、容赦なく攻めたてるそれに田辺の身体は硬直するだけだった。ただ皮肉にも零れた血が潤滑油の役目を果たして、その侵入を手助けしているのが救いと言えば…あまりにも矛盾した救いだったが。
「…痛い…助けて…助けて…ああっ!!」
―――助けて…と、その名を呼ぼうとして最後の理性がそれを止める。その名前を呼ぶ事は自分には出来ない。自分がこうなる事で貴方が助かるのならば私は…私は……。
「…あああ…あ…やぁ……」
一瞬止まっていた胸への愛撫が再び始められる。その事が少しずつではあるが、田辺の身体をほぐしていった。じわりと快楽が背筋から呼び起こされる。
「…あぁ…ああん……」
何時しか甘い吐息へと摩り替わった時、自分の下を征服している触手と同等の大きさのソレが田辺の口へと突っ込まれた。
「―――んんんっ!!」
ぬめぬめとしたモノが口に含まれて、息も出来ない。上も下も侵されて、田辺の意識は朦朧としてくる。けれどもその意識を繋ぎとめているのもまた、両の穴を犯しているソレだった。
「…んんんっ…ふぅ…んんんん……」
ぽたぽたと零れるのは苦痛と快楽の狭間で揺れる涙。モノも言えなくなった田辺が唯一訴えられるものは…それしかなかった。
―――助けて…助けて…助けて……
ただひとつの名前、呼びたくて呼べない名前。呼んでしまったら貴方に迷惑がかかってしまう。貴方を護りたくて、貴方だけを護りたかったのに。それなのに、貴方の名前を呼んでしまったら…
ぽたり、と。ぽたり、ぽたり、と。
頬に何かが零れて来る。暖かい、もの。
とても暖かくて、そして。そして切ない、もの。
―――これは…何だ?……
「―――っ!!」
目を開いた瞬間に飛び込んできた光景に遠坂は目を疑った。そこには自分のよく知っている少女が無残に幻獣に犯されている姿だった。
「田辺っ!!!!」
力の限り名前を呼んでも彼女は振り返ることはなかった。どれだけの時間彼女はこんな目にあっていたのだろうか?その虚ろな目は快楽と苦痛のせいで意識を飛ばしている証拠だった。―――彼女は僕を…護ろうとして……
自らの身を犠牲にして、自分を護ろうとした彼女。そうだ何時も何時も、彼女は。決してでしゃばることはなく控えめに、それでも。それでも何時も僕を助けていてくれた。僕の気付かない所で…僕の気付かない場所で……。
「…田辺…僕は……」
―――私のしあわせは、好きな人のしあわせ。
「…僕は……」
―――大好きな人の、しあわせだから。
「…うう………」
「うあああああーーーーーっ!!!!!!」
――――だから貴方は、しあわせでいて、ください。
僕はその時の事を何一つ覚えてはいなかった。ただ目の前が真っ赤になって、真っ赤になって…それから…。それから気付いたら幻獣は跡形もなく消えていて、そして。そして僕はこの腕に彼女の傷ついた身体をきつく、抱きしめていた。
しあわせ、それは。それは凄く身近にあって、そして。そしてすぐ手を伸ばせば届くものだから。
目覚めた瞬間、貴方の心配そうな表情に…私はとても辛くなった。そんな顔を貴方にはさせたくなかったのに、私は…。
「…大丈夫か?……」
こくりと頷く私に、ほっとしたような顔をする貴方。私本当に何でもないの。貴方が無事ならばそれで。それでいいのだから。
「…よかった……」
それだけを言って私をきつく抱きしめる貴方の腕に…堪えきれずに涙が零れそうになった…。
腕の中の、存在の暖かさに僕はどうしようもない程に愛しさを感じた。大切な存在だと言うことに。こんな事になって気付くなんて…僕はひどくムシのいい男なのかもしれない。それでも。それでも今は。今はこのぬくもりを手放したくはない。
「…田辺……」
―――僕は君を、手放したくはない……。
「はい?」
「僕は君が……」
「君が、好きだ」
子供の頃欲しかったものは、しあわせの青い鳥だった。どうしようもないほど子供の夢。でも今。今僕の青い鳥はこの腕の中にいると信じたいから。僕の腕の中に舞い降りた…と。
私のしあわせは、好きな人のしあわせ。
私の不幸は、好きな人の不幸。
だから。だから、貴方のしあわせは……
「…私も…です………」
小さく頷いた彼女に僕はひとつ微笑った。彼女の受けた身体の傷は何時しか癒えるだろう。けれどもこころの傷は…傷は僕の腕で直してあげたいから。だから。
――――ふたりで、しあわせになろう………
END