君がいれば、何もいらない。
君さえこの地上にいてくれれば。
僕の傍に君さえ。君さえ、いてくれたならば。
―――他に欲しいものなんて…何もなかった……
狂った時計の針が、世界を刻む。もう戻る事も、振り返る事も出来ない。一度刻まれた時は、もう二度と元には戻らないのだから。
「…速水くん……」
乾ききった世界。乾いて干からびて、そして無になった世界。それが手に入れたもの。君と引き換えに手に入れた、もの。
「…泣かないで、速水くん……」
君と引き換えに手に入れた、世界。ただ独りの君と引き換えに、手に入れたもの。そんなもの。そんなモノ、僕はいらない。そんな世界なんて、いらないんだ。
「―――先生違うよ、僕は速水じゃない…芝村厚志だよ…舞のただ独りの伴侶…」
「それでも先生にはやっぱり速水くんなのよ。あのままの速水くんなの」
「先生は全然変わらないね…クローンだから?僕はこんなにも変わってしまったよ」
壊して、破滅させてしまいたい。何もかもなくしてしまいたい。君の犠牲の元築き上げた平和など、僕にとっては反吐が出るほどにイヤだから。イヤだ、イヤだ、こんな世界はいらない。
「変わってないわよ、貴方はあの頃のままの…速水くんよ」
穏やかに包み込むように微笑うその顔を見上げて。そして、唇を塞いだ。瞼の裏に迷彩色の世界を切り刻みながら。
君が、死んだ。君が、冷たくなった。
僕を残して、綺麗なままで。真っ白なままで。
君は、ゆっくりと死んでいった。
僕だけをここに残して。僕とこの世界を残して。
平和になったよ。幻獣に勝ったよ、人類は勝利したんだ。
僕は絢爛舞踏章を取ったよ。歴代何人目だって言ってたっけ?
…もうそんな事すら…忘れちゃった……
君がいないから、全部。全部どうでもよくなっちゃったから。
もう、どうでもいいんだ。君がいないのならば。
薄く開いた唇に忍び込み、そのまま舌を絡め取った。先生は決して逃げる事無く、僕の動きに答えてくれる。濡れた音だけがぴちゃぴちゃと室内を埋めた。
「…んっ…ふぅ…ん……」
舞の舌とは違う味。何時も彼女は僕の口付けに慣れないで逃げ惑っていたから。だからこんな風に積極的に答えてくれる口付けを僕は知らない。でも。でも今はそれが、ひどく僕には心地よかった。
「…んんっ…んん……」
先生の腕が背中に廻りそっと僕を抱きしめる。それはまるで母親にされているようだった。オカシイね、母親の記憶なんて何処にもないのに。
「…ふぅっ…ん…はぁっ……」
唇が離れて先生の顔を見つめれば、やっぱり微笑っていた。何時でもどんな時でもこの人はやさしく微笑っている。全てを包み込むように、微笑っている。
「…泣いちゃ…ダメよ…男の子なんだから」
先生の細い指が僕の頬に掛かると、涙の痕をそっと拭った。白くて細い指。でも暖かい指。これが作り物なのだと云う事すら忘れてしまうほどに。
―――ツクリモノだと云う事を…忘れてしまうほど………
「違うよ先生、僕は『男』だよ」
僕は指先を伸ばして先生の口許に零れる唾液を拭った。そしてそのまま先生の唇に濡れた指を忍ばせる。先生は拒む事無くその指を舐めた。
ちろちろと伸びてくる紅い舌が、ひどく扇情的に僕の瞳に映った。
そのまま空いた方の手で服の上から先生の胸を掴んだ。一瞬ぴくりと身体が震えて舌の動きが止まったけれども、僕は手の動きを止めなかった。何度も何度も掴みながら、胸を揉む。先生はされるがままに、それでも指先を舐めるのを止めなかった。
「…ああんっ……」
先生の舌が止まったのは僕が上着をたくし上げブラを外し、じかにその胸を揉んだ時だった。
「…あぁ…速水…くん……」
ぷくりと立ちあがった乳首はぴんと張り詰めていた。それを指で転がしながら、柔らかい個所を強く揉んだ。ぷるんっと胸が揺れた。
「…あぁぁ…ん…はぁっ……」
零れる甘い息は本物の、『女』の人の声で。この指先に感じる肌の感触も。それは本物の、女の人の肌だった。
「――先生…どうして、抵抗しないの?このままだとヤラれちゃうよ」
胸に顔を埋め乳首を口に含みながら言った。歯がソコに当たる度に腕の中の身体がぴくんぴくんと揺れる。それがひどく。ひどく愛しく感じた。
「…いいわよ…いいの…それで速水くんが…少しでも…元気になってくれれば……」
「偽善だね、それともそれは先生がクローンだから?」
「…違う…違うわ…速水くん…先生は……」
「…きっと…貴方と…同じだから……」
濡れた瞳が僕を見上げる。そして両手でそっと頭を抱えて髪を撫でてくれた。優しい、手だった。優しすぎる手、だった。それはまるで。まるで、子宮の中にいる子供のように心地よかった。
孤独、ただひとつの孤独。ぽっかりと胸に開いた空洞。
空っぽになったそこに。そこに他のものを埋めても。
埋めても決して埋まる事はないの。
微妙に形が違うされらを埋め込んでも。
やっぱり内側から崩れてゆくしかないから。
―――私の中に、色々なものを埋めても…やっぱり埋まる事はないの。
つくりもの、だから。
クローンだから、幾らでも。
幾らでも同じモノを生産出来るけど。
けれども本当は。本当は。
そのどれもこれもが微妙に違うものだから。
私達に同じモノはひとつもないの。
ひとりぼっちなの。先生もね、ひとりぼっちなの。
同じものはないから。ずっとずっとひとりぼっちなの。
…だからね、速水くん…先生分かるから…分かるから……
「ああんっ!」
パンティーを剥ぎとって茂みの奥に指を突き入れた。そこは適度に湿っていて、僕の指を濡らした。
「…ああ…ん…はぁぁっ…ん……」
ぐりぐりと指で掻き回し、花びらを開かせる。そこからは耐えきれずに愛液がじわりと流れ始めていた。
「…はぁぁ…あぁぁ……あああんっ!!」
剥き出しになっているクリトリスをぎゅっと摘んだ。痛い程にそれは張り詰めて、腕の中の身体を鮮魚のように跳ねさせた。ぴくんっ!と大きく背中が撓って、そのままどくんっと大量に蜜を分泌させる。
「イッちゃった?先生」
「…はぁ…はぁ…速水…く…ん……」
見上げてくる瞳はとろりと溶けていて、そして夜に濡れている。何時もの包み込む笑顔はそこにはなくて、今自分の目の前にいるのはただ独りの『女』だった。
「―――うん、先生…今は許してね…今は…させてね…」
はあはあと乱れた息のままの先生の腰を掴むと、そのまま一気に中へと挿っていった。
壊したい。全てを壊したい。
現実を全て壊して、今を全て壊したなら。
そうしたなら、夢が、幻想が。
そちら側の世界が本物になるかもしれないだろう?
あちら側の世界が本物になったなら。
そうしたらそこに、君が。
――――君が、いるんだろう?……
…舞…舞、舞…僕のただ独りの、ただ独りの人……
君がいてくれればそれで良かった。それだけで良かった。
僕が戦ったのは、僕がHEROになったのは。
僕が幻獣を倒したのは、僕があの竜を倒したのは、全て。
全て君のためだった。君だけのため、だった。
君が生きている未来。僕とともにいる未来。ただそれだけを。
ただそれだけを望んで、ただそれだけを願って。
僕は戦った。戦い続けたんだ。
僕はHEROになんてなりたくなかった。
僕は救世主になんてなりたくなかった。
僕はただの。ただの君の恋人に君の伴侶になりたかっただけなんだ。
―――舞…僕は君だけを…愛して…君だけに愛されればそれでよかったんだ……
「…先生…先生……」
激しく腰を打ち付けて、熱い中を抉る。
「…あああっ…ああんっ…ぁぁ……」
何も考えずにただ。ただ、貫いて。欲望のままに。
「…ああああ…あぁ…もぉ…もぉ……」
もう何も考えたくはない。ただ、ただ。
「―――ああああっ!!!」
その中に白い欲望を吐き出して、そして初めて。
初めて自分の中の空洞に向き合った。
空っぽになってしまった僕の心と、向き合った。
―――モウドコニモ…君ハ…イナイ………
「…泣かないで…速水くん……」
抱きしめて、包み込む腕は君じゃない。
「…ね…速水くん……」
君じゃない。君は何処にもいない。
「…泣かないの…男の子…なんだから……」
君じゃ、ない。
「うわああああああああっ!!!!!!!!」
泣いた。声を上げて、泣いた。
鼓膜が破れるほどに、喉が裂けるほどに。
僕は泣いて、狂ったように泣いて、そして。
そして、先生の首をきつく締めた。
そんな僕に先生は微笑った。包み込むような笑顔で、微笑って。
『…男の子なんだから…泣いちゃだめよ……』
先生、ごめんなさい。ごめんなさい、先生。
でももう僕は分からないんです。分からないんです、先生。
舞のいない世界でどうやって生きて行けばいいのか。
どうやって生きてゆくのか、何の為に生きてゆくのか。
もう僕には分からないんです。ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい、先生。
腕の中の身体が冷たくなってゆく。ひんやりと冷たくなってゆく。静かに、ゆっくりと死んでゆくのは。そうやって死んでゆくのは舞と同じなんだね。クローンでも舞と同じように、死んでゆくんだね。死んで…ゆく…クローンでも…クローンでも舞と…同じに……
「…舞と…同じ…に……」
そうか、そうかそうか。そうか、そんな簡単な事があったんだ。いないなら、いないなら作ればいい。もう一度舞を作ればいいんじゃないか。僕の舞を。僕だけの舞を。そうしたら今度は。今度こそは、僕が護って。護って、護って、もう二度と。もう二度と…
「ハハハハハハハハハハハっ!!!!」
可笑しかった、腹の底から笑いたかった。こんな簡単な事に気付かなかった自分の愚かさと、そして。そして訳の分からない淋しさに、笑わずにはいられなかった。
―――ああ、そうだ…君をもう一度…作ればいいんだ……
「…舞…舞…舞……愛しているよ…僕の…僕だけの舞……」
同じモノはただ一つもないの。
少しづつ、皆違うものなの。
ちょっとづつ、違うものなの。
同じものは二度と生まれる事はないの。
―――誰独り、同じ命なんて、ないの……
その後史実に青の厚志と云う、独裁者が現れるのは後の事だった。
END