誰もいない線路の上を、ふたりで歩いた。
まだ地上線にしか見えない太陽を追いかけながら、ふたりで歩いた。
何処に行くと決めていた訳でもない。行きたかった場所があった訳でもない。
それでも。それでもふたりでただ、歩き続けた。
線路の上に少しだけ照り返し始めた太陽の光がひどく、眩しく見えた。
「もう戻れないかもしれない」
何処に、戻るの?そう聴こうとして、私は唇の動きを止めた。
初めから私達には戻る場所なんて何処にもなかった。
初めから、戻る場所なんてなかった。
私達には『居場所』が何処にもなかった。
ただ時に流され、消費されるだけの運命。そして空っぽになったら。
空っぽになったら人々の心から消えて、無くなるだけ。
ただ、それだけ。それだけの存在。
―――私達は何の為に、生まれてきたのだろうか?
何時もそれは私の頭の中にあった。けれども考えないようにしていた。
考えてしまったら本当に。本当に私は戻れない場所へといってしまうだろうから。
だから何も考えない。何も望まない。与えられたものを、受け取るだけ。
それだけをしていればいい。それだけをこなしていればいい。
でもそのたびに広がるこの虚しさと、胸に広がる空虚な想いを止める事は出来ない。
広がり拡散して、そして。そして私を埋める空洞。誰も埋めてはくれない。
ただ外堀を消費して、残骸を消費して。私は何も残らなくなる。
ただの『空っぽ』になる。
「貴方は戻りたい場所があるの?」
繋いだ手の暖かさだけが全てだった。感じるぬくもりが全てだった。
それ以外のももはもう私には必要なかった。全てのものが必要なかった。
ただこの繋いだ指先だけが。繋がっている個所だけが。
それが私にとって、全てだった。空っぽだから。私は空っぽだから。
その暖かさだけが今、私を埋めているの。
「…俺に『居場所』なんてものはないから……」
私達は同じなのかもしれない。
時をさ迷い、時間をさ迷い、ただ流浪し続けるだけ。
流れてゆくだけ。必要とされ消費されたら、それでお終い。
いらなくなったら後は人の記憶からも、想い出からも消えるだけ。
何も何も、残らない。残骸すらも残らないのかもしれない。
―――ただ風になって、すり抜けてゆくだけ。
「…うん…私も…ない……」
風が吹いた。ひとつ、吹いた。ふたりの間をそっと擦り抜ける風。
「…何処にも…ないわ…」
造られたモノは、消費されるだけ。モノは、消費されるだけ。
「一緒、だね」
おかしいね、私達ちゃんと生きているのにね。
命って何だろう?命に価値の違いなんてあるのだろうか?
同じものなのに。命は同じものなのに。
なんで、違うんだろう?どうして違うんだろう?
―――私達、生きているのにね。
「…太陽…昇って来たな…」
「うん、なんかこのまま歩き続けたら…太陽まで届くかな?」
「届きたいのか?」
「分からない…でも…見てみたい気もする」
「―――太陽は…命の源だからな……」
「…うん…そうだね…」
「…そう…だね……」
繋いだ手が、暖かい。貴方のぬくもりは、暖かい。
もしかしたら私達は初めて。
初めて、互いの中に自分の居場所を見つけたのかもしれない。
探してさ迷って、そして流れた先に。
流浪の果てに、見付けた最期の場所は。
この繋いだ手の先に、あるのかもしれない。
「――行くか?」
貴方は何処へとは言わなかった。そして私も聴かなかった。
「はい」
場所なんて何処でもいい。元々私達にはそんなものなかったんだから。
「――私を…」
私達は初めから何も持ってはいなかったのだから。
「…私を連れて行って…ください……」
何一つ持ってはいなかったのだから。
私達はずっと流れるだけ。
時間軸の中で流れ続けるだけ。
何処にも行く場所がないから、何処へでも行ける。
何処でも私達は、行く事が出来るのだから。
―――風に…なりたい…貴方と……
繋いだ指先。そこから伝わるぬくもり。
そこから伝わる、やさしさ。
それさえあれば、きっと。
きっと全てのものから乗り越えられる。
これから先どんな事があっても。あっても、きっと。
貴方のやさしさを、信じているから。
振り返った貴方がひとつ、微笑った。
帽子から隠れていた蒼い瞳が柔らかく。
柔らかく私の前に現れる。
その瞳を見つめ返して、そっと。
そっと、ひとつ微笑う。
貴方の瞳に映る私はこれから先ずっと、こうしていられるようにと。
こうしてずっと、笑っていられるようにと祈りながら。
そして、気が付いた。
私達の居場所が。
私達のいるべき場所が。
こうして互いのこころの中に、存在すると初めて気がついた。
END