羽のない、天使

空を飛びたくても、私には羽がなくて。
真っ赤な火が、私の背中の羽を焼いたから。

もう私は何処にも飛べないの。

身体の傷は何時か癒えたとしても。
こころの傷は、消えなくて。


貴方に出逢った時に、気が付いた。
貴方が必死で隠している傷は、私と同じだと言う事を。
闇に紛れ存在を消そうとしている私と。
光の中に紛れ存在を見えなくしようとしている貴方と。
二人は一緒、なんだと。同じなんだと、気が付いたから。


――――声にならない叫びで、私達は救いを求めていた……



私の羽は、焼け爛れ。貴方の羽は、もぎ取られ。
「…なぁ…石津……」
膝の上に乗っかった貴方の髪をそっと撫でた。微かに震える指は気付かれないように、そっと。
「…何?…滝川…くん……」
夜の闇が私の震えを隠してくれるから、きっと貴方は気付かない。気付かないで、欲しい。今気付かれたらきっと。きっと私は泣いてしまうから。
「俺達ってさー、なーんで生まれて来たんだろうな」
ごろんとひとつ貴方が動いて、私の顔を見上げてきた。真っ直ぐに人から顔を見つめられるのは苦手。何時も俯いて人から視線を反らしてきたから、だから苦手。
「…分かんない……」
貴方は隠している。辛さも哀しみも胸に隠して、そしてわざと。わざと楽しそうにしている。何時も大きな声で、必要以上にはしゃいで。そして。そして、大げさに振舞っている。

―――私には…それすらも…出来ない……。

大きな声を出すことが出来ない。
誰かに聴かれて、うるさいって怒られるのが怖いから。
楽しそうに笑うことが出来ない。
生意気だって、馬鹿にされるのが嫌だから。
はしゃぐことも、大げさに振舞うことも出来ない。
邪魔だって、弾き飛ばされそうだから。


「分かんねーよな…いらない命なら…産まなきゃいいのによ……」


貴方の言葉を否定することも、肯定することも出来なかった。どちらも私には出来なかった、中途半端な存在。憎みきることも、許すことも出来ずにただ。ただ自分の殻に閉じこもって、じっと耐えている。傷つかないようにと、これ以上傷つかないようにと。


もう背中の羽がないのならば。
何処にも飛び立つことが、出来ないのならば。
そこにじっと立ち止まって、そして。
そして膝を抱えて、耐えていればいい。
小さくなって、小さく丸まって。
もう誰も私を傷つけないようにと。


「…滝川…くん……」
「でもそれでも、産まれちまったもんな」
「……産まれたく…なくても……」
「――そーだな…こんなちっぽけな命…別になくても世界は変わらねーし」
「…星屑…みたいだよね……」
「ああ、ちっぽけで誰にも見向きされねーの。でも」

「…でも…お前…気付いてくれたもんなー……」


手が、伸びる。貴方の手が伸びて。
そっと。そっと私の頬に、触れた。
闇に紛れ、隠れている涙を。
そっと貴方の手が、見付けてくれる。


「お前が護ってくれてるって感じてる…特に…こんな夜には……」
「…滝川…く…ん……」
「お前の腕、細しい。お前の手、小さいし。でもさ、必死になって俺護ってくれてる」
「………」
「俺が独りにならないようにって」



羽のない、天使。翼をもがれた天使。
何処にも飛べずに、何処にも行けずに。
それでも、生きている。懸命に生きている。

―――どんなにちっぽけな命だって、命は命なのだから……

同じモノなのに。同じ命なのに。
それに違いなんて何もないのに。
どれも大切な。大切な命。
大切な、こころの鼓動。


「明るい所は…嫌い…眩しい所は…嫌…でもね…」
「ん?」
「…貴方となら…行けるの…貴方となら…私……」

「…光の中…前を見て…歩けるの……」


真っ直ぐ前を見ようと必死になっているから。
貴方が必死になっているから。だから、私も。
私も一生懸命に、貴方に追い着きたくて。
追い着きたかったから、怖かった光の中も。
必死で前を見て、歩いたの。

―――貴方に、追い着く為に……


「俺達…弱えーけど…ちっぽけだけど…お前さ…必死に生きてるから……」
「…滝川くん……」
「俺も必死で、生きるからよ」

「…だから一緒にいて…くれる…よな……」


羽のない天使。傷だらけの天使。
互いの胸には決して消える事のない傷。
けれども。けれども傷は消えなくても。
消えなくても、癒す事は出来るから。
互いの手が、指が、その傷を。


「いる、一緒にいる」


空を飛べなくても。羽がなくても。
傷ついても。いっぱい、傷ついても。
それでも産まれてきた命だから。
産まれて来た、ただひとつの命だから。



―――しあわせに、なりたいと…願う事は、間違えじゃない。



「一緒にいるから…だから…」
「ああ」
「…独りに…しないでね…」

「…独りぼっちは…もう嫌だから……」



繋いだ手は、離さなかった。
ずっとずっと、離さなかった。
ただ何を語るわけでもなく。
ただ何を綴るわけではなく。
ただ、こうして。こうやって、手を。

――――ずっと手を、繋いでいた………



夜が明けて、そしてまた朝が来る。けれどもふたりでならきっと。
きっと、この光を乗り越えてゆけるだろう。



羽のない天使でも、空を飛ぶ事が出来なくても。



END

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