一緒に、行こうよ。ね、手を繋いで。
一緒にいろんな所に行こうね。いっぱい、いっぱい。
いろんなものを見て、いろんな事を感じてね。
―――何時死んでも後悔しないように…いっぱい見ようね。
「うち、しあわせ者やわー。こうして速水くんとデート出来るなんて」
わざと大げさに言ったのはきっと照れ隠しのため。そうでなかったらそっと握った手をびくっと震わせたりはしないだろうから。でもそんな所が、凄く好きだよ。
「僕も嬉しいよ、加藤さん」
微笑いながら隣を歩く彼女の顔を見つめたら、やっぱり頬がほんのりと紅かかった。素直に可愛いと、思った。何時も良くしゃべって、皆の前で楽しそうにしている彼女のそんな照れた仕草が。そんな所が、堪らなく可愛いと思う。
「…なに、じっと見ているの?……」
「いや、加藤さんって可愛いなって思って」
言葉にした途端君はかああっと真っ赤になって。そして。そしてまた照れ隠しの為に笑って、バチンッとひとつ僕の背中を叩いて。
「もぉ、速水くん上手いわぁ」
そう言いながらも、瞳がね喜んでいるから。僕はもっと君を喜ばせてあげたいって思ったんだ。
別に目的がある訳じゃない。ただぶらぶらと街を歩きながら、ウインドーショッピング。こんなご時世だから可愛い服やアクセサリーを買ってあげる事は出来ないけど。でもこうやって一緒に歩いているだけで。
「楽しいね、速水くん」
楽しいね、本当に。お金なんてなくても、ものなんてなくても。こうやって一緒に。一緒にいられるだけでわくわくして、そして嬉しくなれるならそれもいいよね。
何もなくても。もしもこの世界に何もかもがなくなっても、こうやって手を繋いでいられたならば。
「そうだね、加藤さん」
こうやってずっと手を繋いでいられたら、この先どんな事になっても。きっと。きっと、本当に。
「楽しいね」
――――しあわせたって、思えるよね……
いろんな事を、しようね。いっぱい、いっぱい。
たくさんの思い出を作って、こころをいっぱいにしたら。
そうしたらきっと、もっと優しくなれるから。
全ての人が、少しずつ、優しくなれたならば。
本の少しずつ、優しくなれたらきっと。
―――きっと全ての争い事なんて…なくなるのにね……
人気のない公園に辿り着いて、僕等はそこにある芝生の上に座った。本当ならばこの公園にも子供達がたくさん遊んでいたんだろう。戦争と言う名の哀しい争いがなかったならは。
「って速水くん、すごーお弁当…作ってきたの?」
「大した物じゃないけど」
そう言って僕は自宅から作ってきた弁当を渡した。本当に大した物ではないけど…君は物凄く喜んでくれた。
「スゴイ速水くん…うちの立場ナシやわー。ホント美味しい…わ、ウインナーがタコさんだ」
フォークでウインナーを摘まむとそのまま口に放り込む。その仕草が好きだった。食べ物を本当に美味しそうに食べる君を見ているのが好きだった。どんな時でも美味しそうに、食べる君が。
「速水くん本当に美味しいよー。今度作り方教えて」
「いいよ、幾らでも。うちに来れば教えるよ」
「…ってそれって誘ってる?……」
「うん、誘ってる。料理を餌に君をね」
「もう〜えっちっ!」
言葉は怒ってたけど瞳は微笑っていた。右手にフォークを持ったままで空いた方の手でおでこをペシっと叩かれた。―――って痛くはなかったけれどね。
「…でも…キミならば…いいかな……」
その後にぼそっと小さく囁いた君の言葉は。本当に近くにいた僕しか聴く事が出来なかったけれど。僕にしか、聴こえない声だったから。
「…何、ニヤニヤしてるのよ」
「ううん。加藤さんって可愛いなあって」
「可愛い彼女で、しあわせ?」
「うん、しあわせ。世界で一番」
「〜〜ってそんな事平気な顔で言うな〜〜」
「どうして?」
「…だって恥ずかしい…もん…うち……」
その言葉に僕は微笑って、そっと。そっと髪を撫でた。本当は抱きしめたかったけれど、まだ君がお弁当を食べているからね。
大切な時間だからね。無駄な時間なんてひとつもないからね。
だからね、こんな瞬間ですらも、全部。
全部一生懸命に心に刻んで、そして。そして作ってゆこうね。
ふたりだけのモノを、作ってゆこうね。
―――キミと、うちで…一緒に……
食べ終えた弁当を片付けて、君は僕においでおいでと手招きをした。立ち上がって目の前に立てば、ぽんっと自らの膝を叩いた。そして。
「膝枕、してあげる。弁当のお礼や」
ちょっとだけやっぱり頬を紅くしながら言う君に、僕は口許から零れる笑みを止める事が出来なかった。
「――ってイヤや?」
しばらく君を見下ろしていた僕に、少しだけ不安そうに君は尋ねてくる。そんな君に僕は少し照れながらも、気持ちを伝えて。そして。
「そんな事ないよ。嬉しかったからちょっと喜びを噛み締めてみただけ」
そしてその好意に甘えるように身体を横たえて、君の膝の上に頭を置いた。その瞬間ふわりと甘い匂いがしたのは、君の薫りなのかもね。
「ふふ、速水くんの髪柔らかいなあ。うち髪ごわごわしてるから羨ましいわ」
君の手が僕の髪に触れて、そっと撫でてくれた。暖かい日差しと柔らかい君の感触と、そして涼やかに薫る風と。全てが綺麗に切り取った一枚の絵のようだった。戦いなんてどこにもなくなってしまったような、綺麗な場面が今ここに。
「そんな事ないよ、君の髪も柔らかいよ」
ずっとこのままでいられたらいいね。ずっとこのままただ穏やかな時だけが過ぎて、ふっと優しい気持ちで包まれていられたならば。それだけに包まれていられたら。そうしたら胸の痛みも切なさも、感じることはないのにね。戦う痛み、戦わざる負えない痛み、その全てを。
「でも、一番柔らかいのは」
「…速水くんっ……」
髪に手を掛けて、そのまま。そのまま自分に引き寄せて、そして。そしてひとつ、キスをした。大きく見開かれた君の瞳を瞼の裏の残像として、閉じ込めながら。
「…君の…キス……」
「…バカ…何言って…んっ……」
「…一番…柔らかくて……」
「…一番…甘い…もの……」
何度も何度もキスしたから、唇が少し痺れて。
でもそれでもまた、キスをして。キスを、して。
いっぱい、いっぱい、キスをして。そして。
―――いっぱい、いっぱい、好きを感じる……
「…きっとね君がいるから…耐えられるんだ…」
「…速水くん……」
「…士魂号に乗ってても…戦いがイヤになっても…でも…」
「…君の笑顔と、君の手のぬくもりがあるから……」
手を、繋いだ。指を、絡めた。キスも大事だけど、こうして。
こうして手を繋いで、互いのぬくもりを感じることも。
こうして感じることも、大切だから。全部、全部、大切だから。
「ダメだよ、めげたら…だってまだうち…君といってない場所、いっぱいあるんだら」
君の言葉に僕は微笑う。そんな僕に君は微笑う。
こうやって、ずっと。ずっとこうやって。
―――こうやってふたりで、生きてゆこうね…手を、繋いで……
END