なりたかったもの
おとなに、なりたかった。
ののみもおとなになりたかった。おおきくなって、だれかのおよめさんになりたかった。ふつうにけっこんして、ふつうにこどもをうんで。ごくふつうの。ふつうのおんなのこがおくるいっしょうを、おくりたかったの。でもね。
でもののみはおおきくなれないの。おおきくなっちゃだめなの。こえが、きこえなくなるから。
―――こえが、きこえなくなるから。
きずついているこえ。いたいってないているこえ。くるしんでいるこえ。そのこえをののみはききのがしちゃいけないの。ののみがききのがしたら…だれもきかないの。このこえ、を。
きずついてこわれているせかいのこえを。
だれも、きかないの。
いたいってないているこえを。
かなしいって、くるしいって、いっているこえを。
こんなにもいたいのに。
ののみのむねは、いたいのに。
ちくり、ちくりと、いたいのに。
だからののみはおおきくならない。おおきくなれない。
ののみしかきこえないなら、ののみしかきくことができないのなら。
ほかのだれもこのこえをきかないのなら。
ののみが、ぜんぶきくからね。
だってだれもこのこえをきかなくなったなら、だれがきずついたこころをいいこいいこしてあげられるの?
だれがかなしくなったこころをつつんであげられるの?だれがこのこえにきづいてあげられるの?
だからね、ののみ…およめさんにはなれないの。おとなになれないの。
ほんとはね、おとなになってね。おとなになって、あーちゃのおよめさんになりたかった。
だすすきなあーちゃんといっしょに、ね。おなじめのたかさになってね。あーちゃんがみているけしきも、ののみもみたかったの。
いっしょにね、みたかったの。
ののみがね、なりたかったものはおよめさん。
あーちゃんのおよめさんになりたかった。
でもあーちゃんのおよめさんはほかのおんなのひとがなれるけど。でもこえをきくことはののみにしかできないから。だからののみは。ののみはあきらめる。
ののみしか、せかいをいいこいいこできないから。
けれどもこれだけはおぼえていて。
ののみがあーちゃんをだいすきだってことを。
せかいでいちばんだいすきだったことを。
それだけは、おぼえていてほしいから。
―――だいすき、あーちゃん……
END