護りたいもの
―――ウチは君を護ってあげたかった。
何時も下を向いていた。何時も俯いていた。
前を見ることに怯えていた。真っ直ぐに前を見ることに。
だって、傷つけないから。
内側に眠っていれば、誰もウチを傷つけたりはしないから。
すらりと伸びた真っ直ぐな脚。
綺麗でしなやかな手が。
その手がボールをゴールポストに入れる瞬間。
ふわりと宙に浮く身体が。
―――とても、綺麗、だった。
前を見ることが出来ない自分。何時も俯いてばかりいる自分。
でも君を見た時ウチは。ウチは何時か君と真正面で向き合えるようになりたいと。
真っ直ぐ君を見つめたいと、思ったから。
ずっと君だけを、見ていた。
「狩谷くんっーーっ!!」
「カッコイイーーっ!!!」
君がコートに立てば女のコ達の黄色い声援。その中にウチは入ることは出来なかった。ただ隅っこで、そっと見つめるだけで。
「でも彼女いるもんねー…うー悔しいっ!」
知っている、君の隣に立つ髪の長い綺麗な女の人。学年でも1、2を争う美人な彼女。有名人の君にはぴったりで、誰も文句を言うことなんて出来ない。多少の妬みはあったとしても、まさしくお似合いの二人だったから。
「彼女いてもいいのーーっ!!スキスキーーっ!!」
ウチはあんな風に声に出して気持ちを言うことすら出来なかった。ウチは君にとってその他大勢。名前も知らないただの女子生徒。それでも、いいの。いいの。
…君をこうして見つめていられたならば……
君は強かった。誰からも好かれて、頭も良くて。
そして、そして光の中にいた。
何時も輪の中心にいて、きらきらと輝いていた。
―――あんなことが、なかったならば。
将来を有望視されていたバスケットプレーヤー。君の前にはとても綺麗な道があった。それなのに。それなのにそれは突然遮断された。
「…嘘…狩谷くん事故だって…」
「えーもう歩けないのっ?!」
「車椅子だって…狩谷くんーーーっ!!」
事故のニュースを聞いてあれだけ泣いていた女のコ達はいつしか君を忘れるように去っていった。新たな『アイドル』を見つめてはしゃいでいる。そう、全てが変わってしまった。
君の脚が動かなくなったその日から、君を取り巻く環境が変わった。友人達は君から離れて、恋人は去っていった。いきなり光から闇へと君は堕とされた。
―――ウチが昔味わったその闇の中に。
ウチね、昔いじめられてたの。
だからね、も傷つくのが怖いから。
怖いから人と関わらないようにしてた。
身体中に防御線を張って、誰も寄せ付けないようにした。
だって人と関わらなければ、傷つくこともないでしょう。
だからウチ、前を向けなくなった。
真っ直ぐに前を見る事が出来なくなった。
人との関わりを全て遮断して、自分自身を護っていたの。
だからウチには今の君の気持ちは痛いほどに分かる。君が今どんな思いをしているか。
強い殻を被って他人を拒絶すること。そうやって、自分自身を護ること。
君はあれ以来笑わなくなった。
君はあれ以来泣かなくなった。
君はあれ以来何も見なくなった。
どうしたら君の殻を破れるの?そう考えた時ウチはひとつの考えに辿り着いた。そうそれは…それはまず自分自身の殻を破ること。自分自身が真っ直ぐ前を見つめる事。
前を、見て。真っ直ぐ前を、見て。どんなに傷つけられようとも、どんなに傷つこうともひとの中に飛び込んでゆくこと。ウチが、代わる事。
そうして君に、代わった自分を見せたい。
笑って、欲しい。
もう一度こころから。
ここらから、君に。
君に笑って欲しいから。
―――君を、護りたい……
ウチは、君を護りたかった。
君の痛みが分かると思ったから。君の哀しみを分かると思ったから。
他の誰も分からなくても、ウチには分かるから。だから。
だからウチが君のそばにいると。ずっとそばにいると決めたから。
どんなに邪険にされたって。
どんなに嫌われたって。
だからね、あの時のように。前のように。笑って。
太陽のようにまぶしい笑顔を、もう一度。
―――もう一度、見せて……
END