歩幅
こうやって、いっしょにあるいても。
すこしづつずれてゆくのがわかるから。
ちょっとずつ、ずれていってね。
きっといつかもどれなくなるの。
わかっているのに、わかっていることだけどかなしいな。
君は俺の前にちょこんと、座った。そして大きな瞳で見上げながら、俺の頬をぺちんと叩いた。
「ののみ?」
びっくりしたように君を見ると、頬を膨らませて拗ねていた。そんな所も可愛いのだけれど、今はそんな事を悠長には言っていられない。
「たかちゃんのばかっ!!」
ぽかぽかと両手で胸を殴られた。そんな事をされる身に覚えはないのだが、取り合えず落ち付くまで好きなようにさせておいた。
「どうしたんだ?ののみ」
疲れたのか、それともやっと収まったのか、動きを止めた君に俺は尋ねる。その声に顔を上げた君はやっぱりまだ拗ねていて。
「…たかちゃんなんて…きらいっ…」
「でも俺はののみが好きだよ」
「きらいだもんっきらいだもんっ!」
「ののみが嫌いでも、俺は好き」
また暴れ出しそうな君の小さな身体を抱きしめたら、暴れるのを止めておとなしくなった。そんな君の髪をそっと撫でながら。
「…好きだよ、ののみ…」
何よりもの気持ちを込めて、囁いた。
たかちゃんと、ののみ。
いっしょにあるいてもね、いっしょにあるいても。
ちょっとづつずれていくの。
ののみのあしと、たかちゃんのあし。
おおきさが、ぜんぜんちがうから。
そしてそのおおきさはね、いのちのはやさと。
みじかさと、おなじなの。
「…そんなところがたかちゃん…きらい…」
ぷいっと拗ねて、また俯いてしまう君に。何を言えば言いのだろうか?おかしいかな?でも何時も俺はそんな事を考えてしまうんだ。
愛の伝道師なんて…君の前ではかたなしになってしまうんだよ。
「でも俺はののみが好き」
こうして抱きしめるだけで、しあわせになれること。何もしなくてもこうしているだけで。こうしているだけで愛しさが溢れる事。こんな想いを今まで俺は知らなかったから。
「…きらい、だもん……」
「でも好き」
今まで色々な女の子と付き合ってきたけど、色々な恋をしてきたけど。どれもこれもが薄っぺらくて、そして何処か飾りだった。ただセックスだけが最終目的のような恋愛。独りでいるのがつまらないから、誰かを求めていた恋愛。でも君は違う、から。
「……うそ……」
「うん?」
「…きらいなんて、うそ……」
君だけは、違うんだ。君とならセックスなんていらない。飾りでもない。君が、君自身が俺は誰よりも大切で誰よりも大好きだから。
「…すき……」
「俺もだよ、ののみ」
君がいてくれれば俺はそれだけで、いいんだ。
きらいになりたいなっておもった。
すこしだけかなしくなったから。
…ううんほんとうはね、もっともっと…
もっともっとくるしくなっちゃったから。
あしのながさがちがう、とか。
てのおおきさがちがう、とか。
そんなちいさなことがきになって。
きになったらね、もっと。もっとちがうことが。
ちがうことがいっぱいきになって。
そうしたらむねがくるしくなったから。
くるしかったから、ね。
きらいっていったら、へいきになるかなっておもったの。
きらいになったらくるしくなくなるかなっておもったの。
でも、ぜんぜんくるしい。
もっとくるしい。いっぱいくるしい。
「すき」
すきっていっているときのほうが。
「うん、俺も」
いっているほうが、くるしいけど。
「大好きだよ」
くるしいけど、うれしい。
「たかちゃんすき」
せつないけど、しあわせ。
―――ののみは、やっぱりたかちゃんがだいすきだから。
このまま閉じ込められるなら閉じ込めたいと思う。
ずっと君を腕の中に、閉じ込めていたいと。
――でもその反面、思うんだ。
自由に動き回って、くるくると色んな表情を見せる君が。
色々な顔を見せてくれる君が、もっと大好きだと。
だから俺は君を閉じ込めたりしない。ずっと君を見つめているから。
「機嫌、直ったか?」
小さな身体を抱き上げて、そのまま膝の上に乗せた。ちょこんと座り俺を見上げる大きな瞳は、何時も真剣で。真剣だから俺も決して視線を反らしたりはしない。
「ずーーっとなおんない」
「…それは困る…」
「なおんない、ののみがたかちゃんすきなかぎり」
「……そ、それは……」
「たかちゃんすごく、こまってる?」
「困ってるぞ、機嫌直らないのも困るけど、好きでいてくれないのも困る」
俺の言葉に君はにっこりと笑った。そしてひとつ小さなキスをしてくれて、そして。そして言った。
「へへたかちゃんのこまったかおみたから、ゆるしてあげる」
見つめあって、そして。
そして仲直りのキスをした。
何時も俺達はそんな感じだった。
何時も肝心な事を少しづつそらして。
そっと埋めて、そして。
そしてそれ以上の愛で互いを護って。
それは君も俺も、痛い程に分かっている事だから。
哀しいけど、嬉しい。
切ないけど、幸せ。
―――それが今の俺達の全て、でした。
END