四葉のクローバー
四葉のクローバーを見つけたら、きっと。
きっと、しあわせになれるからと。
少し照れながら、それでも微笑う君はもう何処にもいない。
―――全てを破壊したかった。
冷たく凍えた指先は、ただひたすら冷え切ったままで。冷え切って、凍えたままで。もう二度と。もう二度と暖まる事はなかった。暖める君の手が、何処にもないから。
寒くてどうしようもなく寒くて。つま先から、足許から凍えるほどの寒さが押し寄せて。身を切るような寒さ。心も魂も、冷たくて。とても冷たくて。
暖まりたかった、から。暖まりたかったから、切り刻んだ。人を切り刻んでみた。暖かい人の血をたくさん降らせて。降り注がせて、そして。そしてそれを浴びて暖かくなろうと思って。たくさん、たくさん人を切って。たくさん、たくさん血を浴びて。
…でもどうして、かな?…全然暖かくないんだ……
手はかじかんで。
身体は小刻みに震えて。
頬から零れる液体は止まらなくて。
ただ僕は。僕は膝を抱え。
膝を抱えて、小さくなっていた。
降り注ぐ、血。生暖かいもの。
いっぱい、いっぱい浴びても。
どうしてかな?どうして、もっと。
もっと僕は凍えていくんだろう?
『四葉のクローバーがあるぞ、厚志』
『それは珍しいね』
『うん、でもこれがあれば』
『しあわせになれるって…聴いたから…』
しあわせ。しあわせ、しあわせ。
たくさんのしあわせ。ふりそそぐしあわせ。
そんなもの、どこにも。
どこにもなかった。
―――君と共に、永遠にさらわれていった……
「いやああああっ!!人殺しーーっ!!!」
泣き叫ぶ女の人の顔を他人事のように見つめながら、その身体を切り刻んだ。骨が透けて見えるくらいに、いっぱい。いっぱい切り刻んで。地面を真っ赤に染まらせた。
頬に、身体に。血がいっぱい飛び散ったけれど、全然暖かくはなくて。ただ急速に冷めてゆくのだけを感じていた。ひんやりと芯から冷たくなるのを感じるだけだった。
―――ああ、君の腕が身体が…ぬくもりが欲しい……
僕をその手で。その手で包み込んでくれ。
そっと僕の髪を撫でてくれ。
君がいないと。僕は君がいないと。
何も、何も出来はしないんだ。
―――ねえ、生きているってどう言う事なの?
「…ねえ、舞…教えてよ……」
君が微笑って。君が微笑んで。
「…何で僕はここにいるの?……」
君が喋って。君が見つめて。
「…君がいないのに…君がいないのに…」
…君が、君が。君が……
「―――どうして僕は…生かされているの?……」
生きると言う事は、喜びを知る事。
生きると言う事は、哀しみを知る事。
でももう僕はそのどれもが、何処にもなかった。
何処にもないのに、どうして僕の心臓は動いているのか?
どうして僕はこの場所にいるのか?
どうして僕はこの世界に生かされているのか?
生きている意味なんて。生きている意味なんて、何処にもないのに。
…ああ誰でもいい…誰でもいから僕を殺して……
僕を解放してください。
この苦しみから、この絶望から。
だれか、だれか開放してください。
君がいない世界こそが地獄。
君がいない世界こそが絶望。
誰かが僕は地獄に落ちると言った。
可笑しいね、この世界よりもの地獄なんて何処にもないのに。
君のいない世界こそが僕にとっての一番の苦行なのに。
可笑しいね、何を皆言っているのだろう?
何を言っているんだろうね。
…ああ、早く暖まりたい…君の中で暖まりたい……
誰か早く僕を殺してください。
誰か早く僕を解放してください。
それだけがただひとつの希望だとしたら、僕はきっと誰よりも淋しい。
「…舞…舞…舞……」
四葉のクローバ―は何処にあるの?
君の中に在るの?君の傍にあるの?
ねえ、ねえ、何処にあるの?
…君の、手の中の…クローバーの葉っぱ…何枚だったの?
どうしてだろう。どうしてなのか。
ただ君を好きなだけだった。
君を好きな気持ちしかなかったのに。
運命の歯車はこんなにも。こんなにも僕を崩して。
僕を壊してゆく。破壊してゆく。
別に何になりたかった訳じゃない。ただ僕は君を幸せにしたかっただけだ。
殺して、ください。
僕を殺してください。
誰でもいいから、僕を。
僕を解放してください。
こんなにもたくさんの人を殺したのに…どうして僕は殺してくれないの?
『死ぬなよ、厚志…絶対に死ぬなよ…』
最期の君の言葉だけが僕をこの世にとどめる。この世に縛り付ける。ただひとつの君の言葉だけが。僕を地上へと。
四葉のクローバー、しあわせになれるその葉は。
今もただ君の胸に眠る。君だけの胸に、眠る。
…それは僕が永遠に辿り着けない場所、だった……
END