Shower Room

―――声に出して、告げたいのに……

声に出して、言葉に出来たならば。この声で伝えることが出来るならば。
こんなにもこんなにも、苦しみはしなかったのに。こんなにも辛くはなかったのに。
どうして言葉にする事が出来ないのだろう?


熱いシャワーを頭から被った。
その激しい音の中で私の声はかき消される。
どんなに声を出そうとも、私の声は聞こえない。
こんな声では、聴こえることはない。


皆みたく気軽に声を出して「おはよう」とか「こんにちわ」とか。
そんな当たり前の挨拶ですら貴方の前に立つと、言えなくなってしまう。
こころで言葉にするのはとても簡単なのに。
―――こころの中で呟くのはとても、簡単なのに……。


喉を掻き毟った。
声が出てこない喉を自らの指で。
ぽたりぽたりと水滴の中に混じる紅。
じわりと滲むその紅い色。


「…う…うう……」


一層の事声なんて出なければ良かった。
そうしたらこんな想いをしなくてもすんだのに。
こんなに辛い想いをしなくても、良かったのに。
始めから声なんて出なかったなら、全てを諦める事が出来たのに…。


「…うああ……」


悲鳴のような声。
けれどもそれはか細くて。
誰も私の叫びを聴く事はない。
誰も私の声を、聴く事はない。


何時も心配しています、と。何時も見ています、と。
ちゃんと気持ちが伝えられたならば私は。
―――私は真っ直ぐ前を見て、歩けるかもしれないのに……


ぽたぽたと、降り注ぐシャワーと。
そして喉から零れる血と。
―――私の涙。
ぽたぽたと、ぽたぽたと。
それが奇妙に入り混じって、水溜りを作る。
それを屈んで私は舌で舐め取った。
誰も気付かないように。誰にもばれないように。
誰も私に気付かないように。


分かっている、期待なんてしなければいい。
分かっている、希望なんて持たなければいい。
背中に絶望の翼を生やしたら、私は。
私はもう何も傷つくことはないのだから。
始めから全てを諦めていれば何も。
何も失うものもないのだから。


それでも。それでも私はこころの何処かで何かを求めている。


少しでも優しくされたら。
少しでも気にかけてくれたら。
私はほんの少しの期待に心を膨らませてしまう。
それがどんなに無駄なことだと分かっていても。
それがどんなに無意味なことだと分かっていても。


誰にでも向けられる優しさ。
誰にでも平等に与えられる笑顔。


それを何時しか誤解していた。
自分だけに与えられるものだと。
自分だけに注がれるものだと。


―――私はやはり何処かで、希望を捨てられないでいる……


頭上から降り注ぐこの水滴が全てを洗い流してくれたらいいのに。
この想いも、この気持ちも、この愛も全て。



……全て洗い流してくれたなら………



END

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