――――呪いが、掛かっているの…だからひとを愛せない。
そんな嘘を、ついた。
自分でもどうしてこんな事を口にしてしまったのか分からない。
明らかな、嘘。
それでも私はそう言わずにはいられなかった。
――――目を見て、好きと。
そう言えたならばよかった。そう言えれば、よかった。
そうしたらこんな小さな嘘を付く事はなかったのに。小さな、嘘を。
けれども嘘は降り積もってゆく。
小さな嘘は何時しかこの手で抱えきれないほどに大きくなってゆく。
それは全部、自分のせい。
それでも私は、嘘をついた。
――――貴方が…好きだから………
私の声にならない声を、貴方だけが気付いてくれた。
小さくて震えている私の叫び、私の存在。
それを貴方は決して見逃しはしなかったから。
その瞳は私を決して、見逃しはしなかったから。
「―――お前が羨ましい」
初めて交わした言葉を今でも憶えている。
私を『羨ましい』なんて言った人は初めてだった。
何時でも私は俯いていた。何時でも私は膝を抱えていた。何時でも私は…。
そんな私を貴方は羨ましいとそう、言った。
「…どうして?……」
尋ねた言葉にひとつ、貴方は微笑った。
その思いがけない優しい笑みに私は。
私はひどく泣きたくなったのを今でも覚えている。
切ないくらいに泣きたくなった、事を。
「余計なものを映していない、真実だけを見ている」
真実?私の見ている世界は、私の見ている真実は。
とても暗くて、哀しいものなのに。それなのに。
それなのに羨ましいと、言うの?
「お前の見える世界も…俺も見てみたい……」
その言葉に私の世界は少しだけ…少しだけ、優しいものになった……。
けれども私は嘘を付いた。
最初は些細な気持ちから、だった。
ただ貴方をいいと言った人が羨ましくて。
素直に自分の気持ちを言った人が羨ましくて。
あんな嘘を付いてしまった。
私の零した小さな嘘は、何時しかまるで真実のように広まっていった。
―――ごめんなさい、ごめんなさい。
そんなつもりではなかったの。
ただ私は。私は貴方を。
…貴方を他にひとに……
―――ごめんな…さい………
貴方の後姿を見つめながら、そっとこころに呟いた。
声に出してちゃんと。ちゃんと言わなければならないのに。
それなのに私は、こんな時にさえ声を出すことが…出来ない。
―――ごめんなさい…来須……
どんなに心の中で謝ろうとも。
どんなに心の中で伝えても。
言葉にしなければ、届かないのに。
貴方に、届かないのに。
「…どうした?……」
―――貴方が、振り返った。
私は言葉にしていないのに。私は声にしていないのに。
貴方は振り返り私の前に立つと。そっと。
そっと、私の頬を…拭った。
「――泣く時くらい…声に出しても…構わないのに……」
伝わる指先のぬくもり。
あたたかい、ぬくもり。
目を閉じて私は。
私はそれを、感じる。そして。
「…ごめん…なさい……」
ただ一言、伝えなければならないただひとつのことを。
震える声で、貴方に告げた。
「―――ああ……」
何に対して私はごめんなさいと自分で言ったのか分からなかった。
けれども貴方はそう言ってくれた。それだけで。
―――それだけで私は…もう何もいらないとそう思った……
もう一度貴方の手が私の頬に触れる。
そしてひどく優しく微笑って。
―――微笑って、貴方はこう言った。
「今、見えた…お前の見ている世界の破片が……」
優しい笑顔と、優しい瞳と一緒に。
END