人形
――――愛なんて、そんなものは必要としない。
こころも、気持ちも、感情も。
そう言ったもの全てが必要のないものだから。
歪んだ空間の中で、壊れた世界の中でただひとつ信じられるものが。
信じられるものが力しかないのだから。
それ以外のものを何一つ、必要とはしない。何一つ求めはしない。
その蒼い瞳がどうしようもなく愛しく憎いのは…その先に見ているものが同じだからなのだろう。
首を締めても、その口から悲鳴は漏れる事はない。口から零れる唾液がその痛みを伝えているだけで。力の限り締めても、決して私に逆らう事はしない。そうなるように育てた。そうなるようにこの私が。
手を離してやれば、首筋には消えない指の跡がくっきりと浮き出ている。それでもその蒼い瞳は私から逸らされる事はない。真っ直ぐに私を見つめる瞳。
「…豪鬼……」
さっきまでお前を殺めようとしていた手が、その身体を包み込む。見掛けよりもずっと華奢で、そして細い身体を。
―――そうしてもお前は抵抗をしない…私がそのように、仕込んだ……
紅い髪と蒼い瞳を持つ私の人形。
従順な私だけの人形。
その指に、髪に、見えない糸を絡めよう。
決して解けないようにきつく。
きつく糸を絡めよう。
お前の全身に、見えない糸を。
お前が決して逃げられないように。
……私から…逃げられないように………
まだ荒い息が残る唇を塞いだ。零れる唾液はそのままで。強引に舌を絡め取ると、口内を弄った。その度に飲み切れなくなった唾液が口許を伝う。その感覚がイヤなのか首を左右に振ってきた。その顎を捕らえて、より一層口中を犯してゆく。逃げ惑う舌を、征服してゆく。
「…んっ…んん……」
言葉を喋ることはない。その口から零れることはない。けれどもこうして。こうして甘やかな吐息を口から零してゆく。こころはなくとも身体は否がおうでも反応を寄越す。
「…はぁっ……」
唇を開放してやると一筋の糸が引かれる。それは月に照らされ妙に艶かしい。それを指で拭うと、その指先をお前の口に突き入れた。
―――ぴちゃ、ぴちゃ……
お前はそれを躊躇うことなく舐める。まるで犬のように私の指を…そこにプライドも感情も何もない。私が仕組んだこと。私が仕込んだ、事……。
空っぽの瞳。何も映さない瞳。
その瞳が一瞬だけ私を映す瞬間は。
その瞬間は、その身体を貫いた時だけ。
痛みと快楽を刻み込んだその瞬間だけ。
その先に見えたものが…私も見ているものだから……
「…あっ……」
袷をはだけさせ、胸の果実を口に含む。その瞬間零れるのは夜に溶けた吐息。甘い、声。その声を知っているのが自分だけだという事に、奇妙な喜びを覚える。捩れた欲望が満たされてゆく。
「…あぁ……」
右の胸を舌で転がしながら、もう一方を指で摘んだ。敏感なソレはたちまち痛いほどに張り詰めてゆく。カリリと爪を立ててやったら耐え切れずに腕の中の身体が跳ねた。
「…あっ…ああ…ん……」
わざと音を立てながら色づく突起を舌で嬲った。時々歯を立ててやると、的を得たようにびくんっと身体が跳ねる。それを感じながら胸を弄っていた手を身体へと滑らせてゆく。胸からわき腹、そして脚へと。
「―――あっ!」
偶然にたどり着いたように自身に触れると、ピクンっと身体が反応を寄越す。ソコは今手を触れたばかりなのに、既に熱く脈打っていた。
「…あぁ…ん……」
どくんどくんと腕の中のソレが息づいている。柔らかく握ってやると先走りの雫が零れてきた。形を指で辿りながら、限界まで膨らませてやってそのまま先端を指で塞いだ。
「―――っ!」
イキたいのにイカれないもどかしたで、お前の瞳が見開かれる。その目は夜に濡れていた。蒼いその瞳が。それは。それは…とても綺麗だった。
「イキたいか?だったら分かっているだろう?」
長い髪を引っ張って自分に向かせると、私は冷たく言った。優しくなんてした事はない。優しくする必要はない。何故ならお前は…お前は私の『モノ』なのだから。私の忠実な人形なのだから。
快楽と苦痛の狭間で上手く動かない指先が、自らの口に含まれるとそのまま舌で指を濡らした。 ―――そう…それでいいんだ…豪鬼……
「…くうっ……」
自ら濡らした指を、脚を開いて秘所へと忍ばせる。自分自身で脚を開いて、そして。そして自らの指を挿れる。そんな屈辱的な行為でも、私の命令にお前は決して逆らいはしない。
「…ふっ……」
自らの指で秘所を押し広げ媚肉を刺激に馴染ませてゆく。こんなあられもない姿を誰かに見られたらどうするんだろうか?それとも…あやつらにでも見せてやろうか?それでもお前は私に逆らわないだろう、逆らえないだろう。それがお前という人間だ。私の可愛い人形だ。
「…はあっ…ぁ……」
存分に馴染ませた所でお前は指を外した。そしてそのまま私の背中に腕を回すと腰を押し付けてきた。熱い膨らみが私にじかに伝わってくる。どくんどくんと脈打つそれが…。
「欲しいのか?」
私の言葉にお前はこくりとひとつ、頷いた。
鏡のような空っぽの瞳。その先に見えるものは私。
私自身が映っている。乾ききったその瞳には。 壊れた瞳には、何もない私が。
―――空っぽの私が映っている…… 何も、何も、ない。
そこにあるのは乾いた砂だけ。 流れゆく砂だけ。 さらさらと、さらさらと。
惰性と云う名の砂だけが流れている。
―――そこに想いも、感情も、何も存在はしない。
「ああ――――っ!!」
脚を限界まで広げさせ、そのまま一気に貫いた。待ちわびていた媚肉は、刺激を逃すまいときつく私を締め付ける。その抵抗感を楽しみながら、一気に最奥まで貫いた。
「…ああっ…あっ…あ……」
一端動きを止めて、お前の顔を見下ろす。何も映してはいない空っぽの瞳が初めてこの瞬間私を捕らえる。そしてその瞳の先に見える私の顔に…私はひとつ口許だけで笑った。
―――その、何の感情も見えないその顔に……
「…ああ…ああ……」
その瞳を振り払うように私は激しく腰を動かして、抜き差しを繰り返した。そのたびに紅い髪が揺れて、まるで血が流れてゆくようだった。
―――血が…零れてゆくようだった……
限界まで貫くと、私はその中に白い欲望を吐き出した。同時にお前も自らを開放させた……。
一体私達はどこへ行くつもりなのだろうか?
どこへ辿り着こうとしているのか?終着駅はどこにあるのだろうか?
空っぽの瞳がそれでも。それでも映したものは、一体。
―――一体なんなのだろうか?
この乾ききった砂の中に、こころと云う雨は降り注ぐのか?
気を失って動かなくなった熱い身体を抱き寄せる私のこころは冷たい。芯まで冷え切って、ぬくもりはどこにもない。それでも私は何かを求めるかのようにその身体を抱きしめた。
―――嗚呼……どこへゆこうとしているのか?……
私が育てた人形。私が創りあげた人形。
私の思い通りに、私の命じるままに。
けれども。けれどももしもその瞳に微かに。
微かにでも『感情』が見えたならば。
…私は…お前をどうするのだろうか?………
END