冷たい海

――――紅い髪に、指を絡めて。

遠い昔に無くなった海の色をその瞳に見つけたから。
本物の空の蒼。本物の海の蒼。
もうこの地上に何処にもないその色を。

―――その色を、お前に見つけたから……


足許から浸透する、水。
ゆっくりと静かに浸透する水。
蒼く清らかなその流れに。
時に全てを、浸したいと願う。
この身の全てを、流したいと思う。


――――遠くから聴こえるのは潮騒の音。

「お前の瞳を見ていると思い出す」
真紅の髪。まるで血の色のような髪。今まで自ら死に至らしめた分の血を、吸い取ったようなその鮮やかな色。その髪に、指を絡めた。
「何をだ?」
眉間に皺を寄せて睨み付けるように見据えるのはお前の癖なのか?それとも普段このような表情をする以外必要無かったからなのか?無意識の癖、なのか?
「海。蒼い海」
俺はわざと笑いながら言った。それでもその表情は微動だにしない。どうしてこいつは何時もこんなに無表情で、ひとつも笑わないのだろうか?
―――笑ったら絶対に…絶対に綺麗なのによ……。
「…そうか……」
それだけを言って口を閉ざしてしまう。それだから何時も。何時も俺のほうからこいつに話し掛けている。何時も俺から言葉を交わしている。なんかちょっとだけ理不尽だと思いながら。
「綺麗な海を、思い出すぜ」
もう一度俺は笑った。声を上げながら。それでもやっぱり表情が変わらない。それが何だかもどかしかった。俺以外の人間にもそうなのだろうか?それとも俺だけにこうなのか?その判断が難しいと真剣に考えた所で…全然答えは出ないのだけども。
「我が虎牙海の海は…蒼かった」
「へぇ、そうか…羨ましいぜっ。俺んとこは灰色になっちまって…なんか鉛みてーな色で…本当にこれが海なのかよって色だからな」
「海が蒼くなければ、それはただ液体でしかないな」
「そうだな。空が蒼くなければただの空間と同じように」
その言葉に初めて。初めて、お前は微笑った。くすりと、ひとつ。零れるようにひとつ、微笑った。

――――それはとても、綺麗だった……


失われた、空の色。失われた、海の色。
本物の蒼い、蒼い色。濁りひとつない、その色。
きらきらと眩しいその蒼を。
今ここに、見付けたから。

―――失ったはずの、その色を。


「お前の瞳、きっと虎牙海のさぁ…綺麗な海の色だけを閉じ込めたんだろうな」
俺は多分その笑顔に調子に乗っていたのかもしれない。気付いたらその紅い髪に指を絡めて、いた。その燃えるような髪の色に。
「…貴様は……」
俺の手をぴしゃりと叩いて、跳ね退けようとする。けれども俺はこの手を離さなかった。離さずそのままそっと抱き寄せた。
「―――っ!な、何をするっ?!」
「いやーだって熾烈ってすげー俺達に冷たいから、コミュニケーションを取ろうと思ってね」
「ま、待てっ!!何でこれがコミュニケーションなんだっ?!は、離せ、俺は女ではないっ!!」
「いいじゃん、かたいコト言うなって」
「そう言う問題ではないだろうがっ!!」
「まあまあ」
ここぞとばかりに抱き付いて、抱きしめた。普段は甲冑に覆われて分からなかったが、思ったよりもずっと。ずっと身体のラインは細かった。あれだけ重い甲冑を着込んでいながらも。
「あ、いい匂い」
くんくんと髪の匂いを嗅いだ瞬間、力任せに頭を殴られた。その痛みに思わず頭を抱えてしゃがみ込む。その途端、俺からお前はさっと離れた。
「…全く貴様は何を考えているっ?!!」
殴った手がわなわなと震えている。けれどもしっかりグウで結ばれているのが…それで殴られたんだなと思うと痛みが倍増した気がした。
「いやー髪も潮の匂いがすんのかなぁって思ったけど…違った、もっとイイ匂いだった」
上目遣いに、少しだけ恨めしそうに言ってやった。でもお前の眉間の皺は消える事はなかったけど。
―――ホントにお堅てーヤツ…バカが付くくれー真面目でよ…でも……
「そんな事は女にでも言ってやればいいっ!」
もう一度睨み付けられて、ぷいっとそっぽを向いた。その瞬間ふわりと揺れる長い髪。そして微かに香る、髪の匂い。
「ちぇっオネエちゃん達は俺にそう言われると『羅偉様〜』ってうっとりすんのによぉ」
お硬くてプライドが高くて、そして孤高な存在。だからこそ、俺は。俺はお前のその中にある綺麗な笑顔が見たいんだ。俺と同じ位置に立って欲しいんだ。
「だから俺は女じゃないっ!」
―――同じ位置に、立たせたいんだ……


冷たい海。凍えそうに冷たく、しんとした海。
静寂の中に澄み切った蒼。そして。
そしてその水底は、本当は。

本当はとても、優しく暖かいから……


「まあまあ、硬い事言うなって」
―――何時か、お前を……
「却下」
―――お前の本当の笑顔を…
「なんでだよーーっ!!」
―――この手で、暴いてやるからな…


…その綺麗な笑顔を、見たいから……




END

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