トライアングル

可愛いからつい、かまいたくなる。
可愛いからつい、いじめたくなる。

めいいっぱい、可愛がって、そしていじめたい。


「…って水貴…何だよ……」
明らかに不機嫌な顔で不破は水貴を見上げた。声すらも超低空飛行を這っている。まあ無理もないと言えば無理もないけれど。
「別に僕がここに座るのに不都合があるのかい?」
日差しの暖かい午後、ぽかぽかと太陽の光が頭上から降ってきて心地いい。そしてふわりと柔らかく吹く、風の薫り。
「―――ムカツク奴……」
ぼそりと小さく不破は言った。けれども水貴はその声を黙殺して、彼の隣に座る。夏の初めの柔らかい芝生は、瑞々しさと心地よさを座った瞬間に与えてくれた。けれども。
「それよりも、随分と役得だね」
けれども水貴の毒の含む声が一気にこの心地よいシチュエーションに刺を刺す。それと同時に水貴の視線は不破の足許へと移る…そこには微かな寝息を立てて、気持ち良さそうに豪鬼が眠っていた。
「ふん、俺んだよ。触んなよっ!」
水貴から庇うように不破は豪鬼にがばっと覆い被さる。そんな動作に水貴はわざと呆れながら大きなため息を付いた。更に微妙に…本当に微妙にこめかみをぴくぴくさせながら。
「…何時から君のものなんだい?」
「五百年も前からずぅぅーーーっとだっ!」
そう言って益々警戒した顔で不破は豪鬼を引き寄せる。そんな不破の葛藤を知らずに腕の中の豪鬼はひたすら寝ているだけだったが。
「まあ、いいけどね。今はそうかもしれないけど、この先は分からないだろう?」
「つーかお前は一馬狙いじゃねーのかっ?!」
「一馬?ああ、だって一馬は不知火ががっちりガードしていてお手上げだよ」
「…ってヲイ…だからってこっちに来んなよーーっ!!」
「別に一馬がダメって言うからじゃないよ…元々僕は……」
そこまで水貴が言いかけた時、不意に腕の中の豪鬼が目を開いた。その仕草はまるで子犬のようだった。


可愛いから、いじめたい。
いじめたいくらい、可愛い。
僕にはどっちも同義語だけど。
それは中々伝わらないのが。

―――少し…悔しいけれどね……


「…ふ、わ……」
目を開けて真っ先に呼ぶのは一番大好きな人の名前。無垢な魂には駆け引きも理由も何もない。ただ好きだから、その名前を呼ぶ。
「おっす、豪鬼」
この時ばかりは何もかもを忘れて不破は微笑った。こうして子供のような無邪気な顔を見せてくれる瞬間が、何よりも嬉しかった。
「不破」
にっこり笑って、ぎゅっと豪鬼は不破に抱き付いてきた。こんな瞬間にどうしようもない幸せを感じる自分を、ちょっとだけ可愛い奴とか思うのは、馬鹿だろうか?
「…全く…僕の存在見事に無視していない?」
けれどもそんな瞬間も水貴の一言で、見事破れる。そんな水貴の存在に初めて気付いた豪鬼は目をぱちぱちしながらも、にっこりと微笑って。
「水貴、おはよう」
「ムカツクね、今まで気がつかないのは」
「ひゃっ!」
むっとしながら水貴は豪鬼のほっぺたをぎゅっとつねった。艶々の触りごこちのいいほっぺただった。そんな水貴の動作に少し豪鬼の目が涙目になる。
「わー何やってるんだっ!!水貴っ!!」
「不破、水貴がいじめる」
「いじめてないよ、可愛がっているんだよ」
「嘘言え、これの何処が可愛がってんだよっ!!」
「不破、不破、痛いよ」
「わー泣くな、豪鬼…よしよし…」
豪鬼の頭をよしよししてやる不破はまるで母親のようだった。何だかそれが妙に可笑しくて、そしてちょっとむかついた。無心に不破に抱き付く、豪鬼が。
―――― 一途に、そして全身で…不破だけを『信頼』している彼が…。


何時の間にか、彼の腕の中にいた。
何時の間にか、彼に包まれていた。

―――僕は君が…欲しかったのに……


「水貴、嫌い…いじめるから」
「よしよし」
「嫌い、嫌い」


…キライって言われて、やっぱり傷ついているのは…君が好きだから……



「ってお前ももうちょっとさぁ、素直になれよな」
「何が言いたいんだい?」
「だからさ、もうちょっと素直になればこいつも…いたたたっ!!ほっぺた抓んなよっ!」
「君が余計な事を言うからだろ?」
「ち、可愛げのねー奴」
「君にだけは言われたくないね」


分かっている、本当は分かっているのだけれども。
それでもどうしても、こうした態度を取ってしまうのは。
取ってしまうのは、自分が素直じゃないから。


「まーホントは分かってるんだけどよ、こいつもな」
「…水貴…いじめなければ…好き…」
「ってほらな」


って君の腕の中でにっこり笑いながら言われても、嬉しくないけれどね。



「まあいいよ、僕は長期戦は得意だからね」
「…渡さねーよ、お前にはな」


にっこりと笑う水貴と不機嫌そうな不破の間でただ。ただ豪鬼はにこにことしているだけだった。彼らのこれからはまだ…まだ始まったばかりだから。




END

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