繋いだ、手

―――身体を丸めて眠るのは、ぬくもりを求めているから?


まるで母親の子宮の中にいるように、貴方は眠る。
膝を抱えるようにして、自分を護るように。
―――自分自身を、護るように。

…もう貴方を…傷つけるものは…ないのに……


夜空から零れるのは、優しい月の光。淡くふたりを包み込む、柔らかい光。
「…一馬……」
そっと名前を呼んでみた。けれどもぴくりとも反応がない。よっぽど疲れているのかぐっすりと眠ってしまっている。
「子供みたいですね」
手を伸ばして髪に、触れる。見かけよりもずっと柔らかい髪。指をさらさらと擦り抜ける、細い髪。
目を閉じて眠るその寝顔は普段のきつい目が隠れているせいか、ひどく幼く見えた。それが不知火の口許にひとつ、柔らかい笑みを浮かばせる。
他人を信用せずに廻りを警戒していた、漆黒の瞳。その大きい瞳からは何時も。何時も他人を拒絶する壁が出来ていた。けれども。

―――不知火…俺…独りじゃ…ねーよな……

俯きながら、ぼそりと。
呟くように言ったその言葉。
不貞腐れたような顔で。
けれども耳まで真っ赤にしながら。

「独りじゃないですよ」

眠っている貴方に私の言葉は届かないだろう。それでも構わない。呟いたのは自分の気持ちを確認する為の小さな自己満足なのだから。
――― 一馬……
もう一度そっと髪を撫でた。聞こえて来るのは寝息だけ。それが私を何よりも喜ばせ、そして何よりも淋しくさせる。
自分の前ではこうして。こうして何も警戒せずに眠るようになった事が何よりも嬉しい。けれども未だにこうして身体を丸めて眠る癖が抜けないのが、哀しい。
自分の前でだけは…自分の前でだけは、全てを委ねて眠ってほしいのに。
―――まだ貴方は独りだと何処かで思っているのですか?
こんなにもそばにいるのに、息が掛かるくらいに近くに貴方がいるのに。どうして私の腕の中に全てを預けてはくれないのか?


見掛けよりもずっと長い睫毛に。
淡く降り注ぐ月の光。
この光のように、私の心も。
貴方に降り注げたならば。

―――孤独な月を抱いて眠る貴方を、包み込めたならば……


ぴくりと、一馬の肩が揺れたかと思うと、その漆黒の瞳が見開かれた。それはどんな闇でも振り払うほどの強い光を持った瞳。綺麗な、大きな瞳。
「…一馬、起こしてしまったのですか?……」
「…………」
不知火の言葉にぼんやりとした表情を浮かべると、そのまま2、3回首を振った。そうして寝ぼけたままの顔で手を伸ばす。
「…不知火……」
そのまま髪を撫でていた不知火の手を掴むとにっこりと子供のように微笑った。その顔のあまりの幼さと無邪気さに…不知火が戸惑ってしまう程に…。
「…不知火だ…夢じゃない……」
大事なものを必死で護る子供のように、きつく握られている手。夢の続きを見ているような無邪気な表情、その全てが。
―――全てが切ないほどに、愛しい……
「夢じゃありませんよ、一馬。私はここにいます」
その一言にまた一馬は嬉しそうに微笑って。微笑って、そして。そして再び睫毛が閉じられた。
「…一馬?……」
けれども不知火の問いに返ってくるのは、規則正しく聞こえる寝息のみで。再びあの瞳が開かれることはなかった。けれども。

―――けれども…握り締めた手は、しっかりと結ばれていた。


伝わるのは、優しいぬくもり。
優しいいのちの、あたたかさ。
それがただひとつ。
ただひとつ繋がった個所から。
繋がった手のひらから、伝わってくる。
何よりもかけがえのないぬくもりが。
静かに伝わって、くる。


「…一馬……」
繋いだ手を離さずに、その丸まった身体を引き寄せそっと抱きしめた。空いた方の手で優しく背中を撫でてやると、心持ち身体が自分の方へと擦り寄ってきた。
―――子供のように暖かい、その身体が。
「…こうして…私に近づいてくれることは…私に委ねてくれていると自惚れてもいいのですか?」
眠ってしまった一馬がその問いに答えることはなかったけれども。それでも繋がった手と、触れ合っている体温が言葉よりも雄弁に語っていたから…。


貴方の丸まって眠る癖も。
こうして私が腕の中で包み込めたならば。
…包み込むことが…出来たならば……

―――何時しか、貴方の孤独も消せると信じたい……



END

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