小指

――――繋がった手を離す事だけが、どうしても出来なかった。

こめかみが真っ赤に染まるのを感じる。
それは真紅の血の、色。貴方から零れる血の、色。

指は絡めたままで。
瞳は見つめあったままで。
繋がった手のひらのぬくもりだけが。
それだけが世界の全てになった瞬間。

―――私達は、初めて世界で『ふたりきり』になった。


「…不知火……」
名前を呼ぶ声は途切れ途切れで、視線すらも虚ろになろうとしている。それでも貴方は懸命に私を視界に捕らえようと必死で。必死に私に焦点を合わそうとする。
「――― 一馬…好きです……」
その言葉に貴方は微笑った。とても綺麗な笑顔で。子供のような笑顔で。その笑顔を瞼の裏に焼き付けながら私は自らの目を抉った。
―――これで、もう何も見ることはない……
私の視界に最後に映したのは、貴方の笑顔。大事な、何よりも大好きな貴方の笑顔。これ以上望むものは他にはない。他に何も、ない。
「…痛いか?不知火…目…痛いか?」
手が伸びてくる。暖かい手が。ぬるりとした手が。血まみれの貴方の手は、それでもやっぱり暖かい。それは血の暖かさじゃない、貴方の手の暖かさだ。
「…痛いよな…ごめんな…俺の為に……」
その声が、震えている。ああ…貴方は今泣いているのだろう。その大きな瞳に大粒の涙をためて。
「痛くありませんよ、貴方の痛みに比べたなら…」
片方の手は繋げたままで、私はその身体を抱きよせた。目など見えなくても、貴方の身体は分かるから。貴方の匂いは分かるから。私の手が、指が、私の全てが貴方を記憶している。
「俺は平気…何時もずっと痛かったから…心が痛かったから…身体の痛みなんて…何でもねーよ……」
傷。見えない傷。目には映らない小さな傷達。それは貴方の身体を、心を切り刻んでいった。見えない刃物で、貴方は透明な血を流す。
―――それは貴方を蝕み、じわりと内面から侵してゆく。
「…何でもねーよ…不知火……」
唇が、触れた。血の味のする口付け。多分今貴方の舌を絡めたら、大量の血が私に流れ込むだろう。貴方の血が私の中に。それならそれで…構わないのだけれども…。
貴方の血を全て私が飲み干したならば、そうしたらずっと一緒にいられますよね。
きつく抱き寄せて、唇を絡めて。そして、その吐息を全て奪って。貴方の体液を全て奪ったならば。
そうしたら私達は永遠にひとつになれるのか?


絡めた指は離せない。
繋がったぬくもりを離せない。
たとえ今腕を千切られたとしても。
この手を離すことだけは出来ない。

――――ずっと…一緒にいたい………

嗚呼、何処で歯車が狂ったのだろうか?
私達の望みはそれだけだった。
それだけが私達の願いだった。
小指を絡めてした唯一の約束は。
約束はそれだけだったのに。


貴方の胸を無数の刃物が貫く。
身体中から吹き出る血。
ぽたぽたと、ぽたぽたと。
地面に降り注ぐ血の雨を見つめながら。
見つめながら私は、自らの手首を切った。

「…死ぬことは…怖くねーよ…怖いのは…お前から…離れてしまうことだけだ……」

そうですね。私もそれだけが怖い。
貴方を失うことだけが怖い。
貴方をこの腕に抱きしめられなくなることが怖い。
貴方のぬくもりを感じられないのが怖い。
それだけが、怖い。

「…好きだ…不知火……」

―――もう一度、貴方の唇が触れて…そして離れていった……。


腕の中の身体が静かに冷たくなってゆく。
私はその冷たさがイヤで、きつく身体を抱きしめた。
溢れる血は、私に降り注ぐ血はまだこんなにも暖かいのに。
貴方の身体だけが冷たくなってゆく。
―――ゆっくりと、貴方が死んでゆく。
その命の灯火を取り戻したくて私は力の限り貴方を抱きしめる。

冷たくなった身体を、今。
今抱いたならば。
その身体を貫いて、欲望を吐き出したなら。
貴方の身体に再びぬくもりが戻るのだろうか?

「…一馬……」

でもそれも叶わないかもしれない。
私の意識も何時しかゆっくりと闇に侵されてゆく。
漆黒の闇に、真紅の血が散らばった闇に。

――――それでも、決してこの手だけは離さない。


ただひとつだけ貴方とした約束。
小指を絡めした約束だけが。
それだけが今の私と現世を繋げている。
だからこの手を離さない。ずっとそばにいる。


…死ぬまで…死んでも…そばにいるから………



END

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