選択
―――護りたいものは、ひとつだけでいい。
もしもそれ以上に護りたいものが出来たならば…失う不安を抱えなければならないから。
同時に護りきれるだけの力量があれば、同時に護れるだけの力があれば。
もしかしたら…もっと違うものになっていたのかもしれない……。
「…力丸……」
見上げてくる瞳。初めは何時も目が合うたびに俺に噛み付いてきた。まるで子犬のように…それが。それがひどく新鮮、だった。
「どうした?蘭」
髪をそっと撫でて、引き寄せた。すっぽりと腕の中に収まる身体。何時もずっとお前の身体は俺の中にこうして収まっている。
「―――お前は、俺が死んだら哀しむか?」
見上げてくる瞳に挑戦的な色はなくなったけれども、それでも強気の瞳は変わらない。こんなにも身近に『生』を感じる存在を俺は知らなかったから。
「哀しむ」
「本当か?」
「ああ」
俺の言葉にお前はひどく無邪気に微笑った。その笑顔をずっと見ていたいと…思った。
護るものがひとつだけならば。
ただひとつだけならば。
俺は俺の全てでそれを護り通すだろう。
ただひとつ、だけならば。
愛する者と護るものが同じならばよかった。
それならばこんな事にはならなかった。
―――お前だけを愛しているのだと…迷わずに告げられたのに……
「―――でも月抄様と俺が死にそうならば、月抄様の元へと行くんだよな」
その言葉に否定は出来ない。その言葉に俺は。
「…お前の中の月抄様は…俺は…越えられない……」
護るものと、愛する者が同じだったならば。選択肢がただひとつだけだったならば。
「…どうしたらお前…独占出来る?……」
ただひとつしか、道がなかったならば。
抱きしめて、このまま。
このまま全てを奪って。
何もかもを捨てて、そして。
そしてふたりだけでいられたならば。
―――けれども俺には…それだけは選べない……
お前にとっての絶対の存在。
お前の生きる意味。生きている理由。
それが月抄様を護ることならば。
俺はそれを取り上げる事は出来ない。
けれども。それでも、どうしても。どうしても俺はお前を独りいじめしたくて。
ずっと追い駆けていた。
お前を追い駆けていた。
追い着きたくて必死に。
必死に追い続けていた。
でもお前は遠くて。でもお前は遠すぎて。
肩を並べて歩きたかった。
真っ直ぐに視線を合わせたかった。
同じ位置に立って、同じ目線で。
同じモノを、見たかった。
―――お前と、同じ場所に立ちたかった……
「…蘭……」
「お前はズルイ。どうして俺を受け入れた?」
「――――」
「…初めから俺を拒絶すれば…こんなにも苦しくはなかった…」
「…こんな中途半端な想いだったら…俺は……」
抱きしめる腕がきつくなる。強く、なる。それは苦しいほどに。それは切ない程に。目を閉じても、耳を塞いでも伝わるお前の想い。それが。それが何よりも苦しい。
「―――すまない…蘭……」
そこで『愛している』と云わないお前が。
それが、苦しい。
お前が嘘でもいいから。
…嘘で、いいから…そう云ってしまえる人間なら…
―――俺はこんなにも苦しくなかった……
愛しているのはただひとり。
ただ独り、お前だけ。
けれども俺は。それでも俺は。
―――月抄様を…選ぶだろう……
「…憎めればよかった…好きにならなければ…よかった……」
それでも、好き。お前が、好き。
お前だけが、好きだから。
お前の選択肢に、俺がなくても。俺はこの想いを止めることは出来ないから……。
END