手のひらに残るただひとつの光、そして希望。


俺に出来ることはただひとつしかなかった。ただひとつだけしか。
俺にとって月抄様は絶対の人。絶対の、主君。永遠に俺にとっての従うべき者。
それを裏切ることも、それから決別することも、俺には。
俺には決して、出来なかった。


―――豪鬼……


手のひらに零れる小さな命。小さな暖かいもの。俺はずっと。ずっとお前を護っていきたかった。初めてこの腕にその小さな身体を抱き上げて、そして。そして曇りない綺麗な瞳が真っ直ぐに俺を見上げた瞬間。その、瞬間。
俺はただひたすらに、お前を護りたいと願った。その瞳が曇ることないように、と。その瞳がずっと。ずっと綺麗であるようにと。この手で護りたかった。



「…力…丸……」
ずっと、子供のまま。ずっと、無垢な魂。
「…力丸……」
わざと言葉を封印し、大人になることを止めた魂。
「力丸」
そんなお前が、微笑う。子供のように微笑う。


―――その笑顔をずっと。ずっと、護ってゆきたかった……



幼いお前が俺の背中を一生懸命に着いて来て、そして。
そして真っ直ぐに俺を見上げるこの瞬間が。
この瞬間が永遠だったならば、よかった。この瞬間が、ずっと。

ずっと続いてゆけば、誰も苦しむことはなかった。



小さな命。手のひらでそっと包み込むこの命。ただひとつの、命。暖かく優しいその鼓動は、俺が遠い昔に置き去りにしたものに、似ていた。
「―――力丸、俺は」
背後に聴こえてく声に振り返えれば、そこには予想と何一つ違わない瞳があった。真っ直ぐに俺を見上げながらも、何処か。何処か消せない迷いが零れる瞳。そう、お前がそんなの瞳をする理由を俺は知っている。お前がその瞳をする、理由を。
「…蘭……」
何時からこうしてお前を呼んでいたか？何時からこうしてお前を呼んでいたか？遠い昔のような気もするし、つい最近のような気もする。時すら置き去りにした俺には、もうどうでもいい事なのかもしれないが。
「…俺は…豪鬼とは…戦えない……」
そう言えるお前を羨ましいと思った。戦えないと言えるお前を、俺は心底羨ましいと思った。俺にはその選択肢はない。その言葉を告げる事すら出来ない。俺にとって月抄様以上の存在がない以上、それ以外の選択肢は絶対にありえないのだから。

どんなにその存在を大切に思おうとも、どんなにその存在を護りたいと願おうとも。


ただ独り、自分の全てを懸けて。ただ独り、自分の想いを懸けて。
その為だけに生き、生かされた命だから。
俺はただ独り。ただ独り、貴方の為だけに…月抄様。


「…戦えない…例え月抄様に敵対するものになっても……」
それで、いい。それでいいんだ。お前がそう選ぶのならば、それは。それはお前の道なのだから。
「…戦えない…力丸…俺は……」
そして。そして俺の道も。俺が選ぶ選択肢も迷わずひとつしかないのならば。ただひとつだけなのならば。
「―――蘭……」
それでも願うものは。それでも想うものは。例えどんな道が俺に待っていようとも。どんな道が俺達に切り開かれようとも。どんな事が…世界の先にあろうとも。
「…豪鬼を、護ってくれ……」
希望。ただひとつの、希望。小さくもけれども確かな希望を。その希望をこの手で。この手で護ることは叶わなくとも。この手で護り続けることが叶わなくとも。

…それでも、見ている。それでも、願っている。それでも…祈っている……


何れ戦い、そして。そして殺し合う運命から避けられなくても。
ただ独りの主君に牙を向ける相手になろうとしても。それでも。
それでも。それでも俺にとっては。俺にとっては、ただひとつの。


―――ただひとつの『希望』なのだから。


「…力丸……」
俺に選択肢はない。俺に他の道はない。
「俺は、月抄様が全てだ」
あの人が全て。あの人を護ることが全て。
「――――」
それ以外の道を。それ以外の生きる意味を。それ以外の方法を。
「それだけが俺の生きている意味だ」
俺には、必要のないものだから。俺には必要のない事、だから。



「例えどんなに豪鬼を…大切に思おうとも……」



お前だけは、知っていて欲しいと想ったのは。
お前にだけこの事実を知って欲しいと想ったのは。
多分、お前が選ぶ道が。お前が選ぶであろう道が。

―――俺が心の何処かで願い、そして絶対に叶わないものだから。






「…豪鬼を頼む…蘭……」



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