貴方の、となり
瞼の裏に残る太陽の光が。その光の破片が。
凄く…凄く眩しいと、思った。
貴方みたいに眩しいと、思ったから。
「お前ってキス、好きだろう?」
悪びれない笑顔で、貴方はそう言った。突然の言葉に僕はどう答えていいのか分からなくて…分からなくて…ぎこちなく笑ってみた。
「笑い、引きつってんぞ」
すると貴方はそっと手を伸ばして僕の頬を軽くつねった。その動作が何だか可笑しくて、今度は自然に微笑えた。口許から自然に笑みが零れた。
「やっと笑ったな、じゃあご褒美だぜ」
と言って貴方はひとつ、キスをくれた。柔らかい触れるだけのキス。
僕は貴方とキスをするのが…嫌いじゃない……。
きらきらと零れる夏の破片。
その手に掴んで、永遠に終わらない夏休みを。
ふたりで過ごしたい。
そんな我が侭を夢見ても、いいですか?
「へへ、もっとして欲しいか?」
子供みたいに微笑う、貴方。無邪気で何者にも穢されていないその笑顔。透明で暖かくて優しくて強い笑顔。
ずっと見ていたいな、と。見ていたいなと…思った。
「…僕の口から…言わせるんですか?…」
「聞きてーな。お前の口から、聞きたい。ダメか?」
素直じゃない僕に。素直になれない僕に、貴方は呪文をかけた。こうやって一つづつ小さな呪文を、僕にかけた。だから。
「…はい……」
瞼を閉じて、僕は答える。これが僕の精一杯。悔しいくらい耳が熱くなっているのが分かる。でも、でもこれで。
「好きだぜ、壬生」
僕の大好きな貴方の笑顔が、見られるから。
指を絡めて、口付けを交わす。
貴方のキスの優しさが好き。決して上手くないけど。
それでも一生懸命にしてくれる、貴方が好き。
…そんな貴方が…好き……
「…ん……」
忍び込んでくる舌に、僕は答えた。もつれ合う舌を絡めあい、互いの息を奪う。
「…ふぅ…ん…」
「…壬生……」
「…はあ…」
「…好き…だ…ぜ…」
離れた瞬間に零れる言葉。そしてまた唇が塞がれる。これが貴方の僕に掛けた呪文。何度も何度も貴方は言葉をくれるから、僕はその言葉を貰う事に何時しか戸惑いがなくなってしまった。
その言葉の意味を自然に受け入れるようになった。
「手…背中に廻せよ」
シャツを握り締めていた僕の手を、貴方は背中へと廻させる。僕はそのまま貴方の広い背中へと廻した。
「こうしてると俺、お前に頼られてるみたいで嬉しいから」
また、太陽のように微笑った。眩しくて目を細めたくなる程の。でも細めたら勿体無い。
僕の大好きな笑顔が見られなくなってしまうから。
「もっといっぱい、キスしてやるよ。お前がほしいだけ」
僕のシャツのボタンに手が掛かると、そのまま服を脱がされた。相変わらず慣れていないのが何だか可笑しかった。でもそんな貴方だから、同性に抱かれるこの行為もイヤじゃない。
貴方、だから。貴方だけだから。
「…壬生…」
「…はぁ…っ…」
胸の果実を口に含まれて、瞼が震えるのを抑えきれなかった。舌先で転がされると堪えきれずに甘い息が零れた。
「…あん…は…」
「お前の声、かわいい」
耳元で囁かれる睦言に、僕はどんな顔をすればいいのか分からなかった。可愛いと言われて喜ぶ男はいないが、貴方に言われるのは…いやじゃなかったから。
「もっと聞かせてくれよ」
「…あっ…」
身体を滑っていた手が、僕自身に辿り着く。さっきまでの愛撫のせいでそれは恥かしい程に形を変化させていた。
「…あぁ…んっ……」
「へへもうこんなになってる。俺のキスが気持ち良かった?」
「…あ…ぁぁ…」
そんな事に答えられる訳がないと言おうとしても、喘ぎのせいで言葉にはならなかった。快楽に潤んだ瞳で睨んでみても、効果はないだろう。それでも取りあえず、睨んでみた。
「本当、お前って可愛い」
けれども返って来たのはやっぱりその笑顔で。僕の大好きな、その笑顔で…。
ひまわりが、咲いている。
太陽に向かってその花は開く。
まるで貴方みたいだなと、そう思った。
瞼の裏の光の残像が。それが貴方だと気付いたのは、何時だった?
「…ああっ!」
一気に貫かれて、痛みが襲う。けれども次の瞬間にそれは激しいまでの快楽へと摩り替わった。
「…はぁ…ああ…」
未だにこの行為に慣れることはなかった。けれども自分が埋めているその存在が貴方だと言う事が。貴方だと言う事が、僕の身体を反応させる。
「…壬生…好きだ…」
また繰り返される貴方の呪文。僕の心を開く呪文。その呪文に凍った僕の心は溶かされてゆく。
僕のこころが、溶かされる。
「…スキだぜ…壬生……」
「…あぁ…僕も…」
「…壬生……」
「…貴方が…好き……」
後はもう何も覚えてはいなかった。貴方の作る快楽のリズムを追うだけで。それだけが精一杯で。
目を開ければそこに貴方がいる事。
それが僕にとって今何よりも大切だから。
それだけが、僕にとっての『唯一』になる。
「…目…醒めたか?……」
心配そうに覗き込んでくる貴方の、瞳。色々な表情を見せてくれるその瞳が好き。大好き。
「心配してくれましたか?」
「そりゃー俺が無理させたんだし…その…」
頬を微かに赤くして言う貴方の唇を僕はそっと奪った。その途端貴方の瞳が驚愕に見開かれる。
「…壬生…」
「びっくりしましたか?」
「そりゃーお前からキスしてくれるなんて…思わなかったから…その…」
「貴方の驚いた顔、見たかったんです」
僕は微笑った。凄く自然な顔で。凄く素直な気持ちで。貴方の呪文が僕を溶かしてくれたから。
だから僕は、微笑う。貴方の隣で。
「へへ、ほーんとお前といると退屈しねーよ。愛してるぜ、壬生」
「…僕も…ですよ…」
僕の全てを、貴方が溶かしてくれたから。
End