GET ME YOU
「…壬生って本当に京一の事が好きなんだね……」
半ば呆れ返り半ば関心しながら、龍麻は壬生にしみじみと言った。
「………い、いえ…そんな事は………」
そんな龍麻に壬生は顔を真っ赤にしながらも、否定しようとする。しかしその表情が龍麻の言葉を否定していなくて、全く意味が無かったが。
「まあ別に、構わないけどね。ただ」
「…ただ、何ですか………」
上目遣いに龍麻を見上げる壬生の表情がひどく幼くて、つい笑みを零してしまう。しかし壬生にはそんな龍麻にどうしていいのか分からずに。分からずに困ったような表情を浮かべた。けれどもさしてそんな壬生を気にする事無く、龍麻は。
「京一に風邪、引かせないでよね」
壬生の膝の上で熟睡している京一に一瞥をくれながら、人の悪い笑みを浮かべて言った。そんな龍麻に未だ少しだけ、壬生はすまなそうな顔をして。
「……ごめんなさい、でも疲れているみたいだから…その……」
「君が疲れさせたんじゃないの?」
壬生の首筋から覗くキスマークを指差しながら、龍麻は意地悪を言う。少しだけは怒ったような瞳で壬生は龍麻を見上げた。
「そんな顔しないでよ。折角の可愛い顔が台無しだよ」
「可愛いと言われて喜ぶ男がどこにいると思うんですか?」
「京一に言われたら喜ぶくせに」
「………」
困った事にそれは本当の事なので、壬生は言い返せない。確かに京一に言われると恥ずかしいけれど、決して嫌では無いのだ。
「全く君は本当に可愛いね。京一が大切にするのも頷けるよ」
うんうんと龍麻は一人で納得すると、にっこりと笑って。
「まあ、今回はその壬生の可愛さに免じて許して上げましょう」
「……何ですか…それは………」
「まあまあ、言葉通りって事で。じゃあね」
そう言って龍麻が去ってゆくのを、壬生はちょっとだけ拗ねながらも見送った。
「…………」
本当に京一が熟睡しているの何時もの事だった。本当に彼はよく眠る。眠りの浅い壬生にっとては本当に羨ましい事だった。
「―――気持ちよさそう…ですね…」
寝顔までもがこんなにも幸せそうなのは羨ましいと思う。とにかく京一は何をしてもどんな事をしても、楽しそうに見えてしまうという特権を持っている。それにしても。
「……天使…みたいですね……」
見掛けよりもずっと長い睫毛も、額に掛かる茶色の前髪も、絵本から飛び出したようで。本当に無邪気に見えた。そんな京一の全部が自分に与えられているなんて、自分は何て幸せ者なんだろう。この茶色のさらさらの髪も、真っ直ぐな瞳も、広い腕も、大きな手のひらも、全部が自分の為だけに存在し、自分の為だけに使われるのだ。
「……蓬莱寺さん………」
何だか申し訳なくも嬉しさを堪えきれず、京一の髪に指を絡める。そのさらさらの髪を何度も何度も撫でた。指を擦り抜けてしまう程に細い髪は、太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。
「…ちょっと、だけ…いいですよね……」
そう断って、壬生は眠っている京一の頬に軽く口付けた。その時、だった。
「―――あーあ、見せつけてくれちゃって………」
「……た、龍麻!………」
「そんな大声出すと京一が起きちゃうよ」
「……」
恥ずかしそうに龍麻を見上げながらも、その右手に毛布を見つけて、この顔を何とか戻そうとする。しかしやっぱり真っ赤なままだった。
「やっばり可愛いね壬生は。ほら毛布。ちゃんと京一に掛けて上げるんだよ」
そんな壬生に毛布を渡してやったりする所が、龍麻のよく気の利いている所だと思う。別に龍麻が直接掛けてやっても良いのだが、壬生が自分で掛けたそうな顔をしているから。こんな事でも気にしちゃう壬生を純粋に龍麻は可愛いと思う。まあいくら可愛いと思っても、他人の物に手を出す程自分は行儀は悪くは無いが。それに京一と張り合う程無謀じゃない。
「それじゃあね、ごゆっくり」
とどめのような笑みを浮かべながら、龍麻はその場を去って行った。
肩まで毛布を掛けてやると、壬生は布越しから京一の背中を撫でてやった。普段なら自分が彼にしてもらっている事なのだが、こうして自分がやって見ると、ひどくくすぐったい気がする。そして幸福感を味わえてしまうのは、相手が京一だから。彼の為ならば壬生はどんな事でも幸せを感じてしまえるのだ。
「…ごめんなさい、蓬莱寺さん……」
気持ちよさそうな寝顔を見つめながら、壬生はぼそりと呟く。こんなにまで京一を熟睡させてしまったのは、他でも無い自分だから。怖い夢を見て眠れなくなってしまった自分を、一晩中彼は宥めていてくれたから。彼は自分どんな些細な変化にも気付いてくれるから。だから。
「……大好き、です………」
京一の眠りを妨げないようにと、そっと唇に壬生は口づけた。
―――夢を、見た。
「…壬生?………」
唇が離れた瞬間壬生の瞳に飛び込んだのは、ひどく驚いた京一の顔。
「…あ、ごめんなさい…起こしてしまいました?……」
「…ん、いや……」
済まなそうな表情で自分を見つめる壬生に、京一は嬉しそうに笑って。
「夢の続きかと、思ったから」
「―――夢?」
「…ああ、お前の夢を見ていたんだ……」
京一の節くれだった指先が延びてきて、壬生の柔らかい髪に絡んだ。そしてそのままそっと撫でる。
「…僕の、夢ですか?………」
「なのに内容を、忘れてちまった。畜生…お前の夢だったのによ」
「何だですかそはれ。内容を忘れたのに僕が出てきたって分かるんですか?」
「―――ぜってー分かる、お前の事ならば」
余りにも京一がきっぱりと言って退けるから。壬生はそっと、微笑った。
「何だか今凄くお前を抱きしめたい」
そう言ったかと思うと、京一はいきなり立ち上がって壬生を抱きしめた。
「ほ、蓬莱寺さんっ?!」
そう口では言いながらも、決して壬生が抵抗しない事を京一は知っている。だからこの腕を、離さない。
「何だかとても、切ない夢を見た気がすんだけど」
「貴方に『切ない』なんて言葉は似合わないですよ」
くすくすと笑いながら、壬生は上目遣いに京一を見つめる。息が掛かる程、近い距離で。
「じゃあ、どんな言葉が似合うんだよ?」
「……そうですね………」
真剣になって考えてしまう表情にすら、京一は愛しくて。この腕の中の者の全てが、愛しくて。
「やっぱり貴方は自信満々って言うのが似合っていますよ」
「―――じゃあ、壬生の言う通りに」
京一はひどく嬉しそう笑うと、壬生の唇を塞ぐ。それに壬生は目を閉じて、受け止めた。
「…何で…キスが…自信満々に繋がるんですか?……」
ほんのりと頬を赤く染めながら、壬生は京一に尋ねる。そんな彼に京一はひどく決まった表情で。
「それは俺の気持ちは言葉なんかなくても、お前に伝わると言う事だから」
「くすくす、凄い自信家ですね」
「でも、伝わっただろう?」
そんな京一の言葉に。壬生はくすくすと楽しそうに、笑って。彼の耳元で、囁く。
「―――伝わりました、貴方の気持ち………」
―――それは真昼の、夢のかけら。
End