Sweet Eden
…それは砂糖菓子よりも、蜂蜜よりも。
甘い、甘い、天国。
「…劉…」
少しだけ照れながら、でも微かに甘えるようなその響きに。劉はひどく嬉しそうに黒崎を抱きしめた。見掛けよりもずっと細い黒崎の肢体は、すっぽりと劉の腕の中に包まれた。
「どうしたん?」
不器用にそれでも何よりも大切そうに劉は黒崎の髪を撫でる。そっと耳元に唇を寄せて、優しく尋ねながら。
「何でも、無い…ただ呼んで…みたかった、だけ…だ…」
そんな黒崎が堪らなく可愛くて、劉はその顔に手を伸ばした。そして掛けられている眼鏡を外してやる。その先に覗く大きな瞳が劉は何よりも好きだった。
「変なやっちゃなー」
そう言いながらも嬉しそうに劉は笑うと、柔らかく黒崎の耳たぶを噛んだ。その甘い痛みに瞼が微かに、揺れる。
「…劉…」
「何や?隼人」
見上げてくる黒崎の頬がほんのりと赤い。唇を開きかけて言おうとして…そして止めたその唇の動きに。劉は苦笑した。
…何時まで経っても…素直やないんやから……
でもそんな彼だからこそ、劉には堪らなく愛しくて。どうしようもなく愛しくて。
「…な、何でもないぞ…」
「言わんとわいは、分からない」
「…だから何でもないったら……」
「でも言いたそうな顔、してんやん」
「…うっ…」
「言ってみい。わいは隼人の望みなら何だって叶えるつもりや」
おずおずと黒崎の手が伸びてきて、劉の髪に指を絡めた。見掛けよりもずっと細くて柔らかい劉の髪。多分それを知っているのは、自分だけだ。
「…名前…」
「ん?」
「…俺の名前…呼んでくれ…俺お前に名前呼ばれるの…好きだぞ…」
どうしてこう自分は素直じゃないんだろうと、黒崎は思った。素直に「好き」と言えれば、いいのに。
「何や、そんなコトかいな。幾らでも言ってやるでー隼人」
「…劉…」
「隼人、大好きや。隼人」
劉の大きな手が、黒崎の頬を包み込む。そしてゆっくりと自分に、向けさせて。
「俺の、隼人」
被さるように口付ける。それはとても、甘くて…。
スイート・リキュールの口付けと。
マーマレードの喘ぎ。
薄く開いた唇に、劉の舌が忍びこむ。戸惑いながらも黒崎は必死にそれに答えた。
「…んっ…」
舌を絡めあい、互いの口中を貪欲にまさぐる。互いにまだ巧くはなかったが、逆にその必死さが快楽の火種を植え付けた。
何時しか黒崎の口許に唾液の筋が伝ったが、口付けに夢中の二人には気にもならなかった。
「…ふぅ…ん……」
根元をきつく吸い上げると、黒崎は耐えきれずに劉の衣服にしがみつく。そんな黒崎を支える為に劉の腕がその細い腰を抱き寄せた。
「…あっ……」
一筋の唾液が線を描いて、唇が離れてゆく。その頃にはもう黒崎は、一人では立っていられなくて。全身を劉の腕の中に預けていた。
「…あ、劉……」
黒崎の口許を伝う唾液を、劉は舌先で綺麗に舐め取る。その線は口の端から顎を伝い、首筋にまで伝っていた。
「…んっ…くすぐったい…」
顔に掛かる髪がくすぐったくて、黒崎は首を左右に振った。その仕草がひどく子供っぽくて、劉はつい口許に柔らかい笑みを浮かべてしまう。それが気に入らないのか、黒崎の唇が拗ねたようにとんがった。その唇にひとつ、劉はキスをすると。
「ごめんな、隼人」
その持たれかかっていた肢体を抱き上げた。その途端黒崎の顔が真っ赤になる。けれども構わずに劉はベッドへと運ぶ。しかたなく黒崎は自らの両腕を劉の首筋へと廻した。
「…お前って…力持ち…だな」
「そりゃーわいはコスモイエローやもん。当然や」
何が当然だかよく分からなかったが、劉があまりにも素直に笑うから。だから黒崎はしょうがないと思いながらも、納得してしまった。
「そして隼人のヒーローやもん」
そしてまた、睫毛にキス。これで自分は悔しいけど、全敗だ…。
「…隼人…」
ゆっくりと黒崎をベッドに寝かすと、劉は彼の上に覆い被さってきた。柔らかく髪を撫でながら、キスの雨を一面に降らせる。額に、瞼に、頬に…そして唇に……。
「何、にやけてんだよ」
「隼人、めためた可愛ええ」
キスするたびにぴくりと震える黒崎が可愛くて、つい劉は破顔してしまう。けれどもそれが気に入らない黒崎は、思いっきり拗ねた顔を劉に向けた。
「…なんだよ…それ……」
「言葉通りや、隼人は可愛ええ」
全く照れた様子も無く真面目に言ってくる劉に、逆にこっちが照れてしまう。お蔭で不覚にも、黒崎の顔は真っ赤になってしまった。
「トマトみたいや」
「う、うるさいっ」
赤くなった顔を見られたくなくて咄嗟に手で頬を隠したが、耳まで真っ赤になっていたのでそれは無駄な行為でしかなかったが。
「お前が変なコトを言うからだ、馬鹿っ!」
「わい、隼人に関してはバカやもん」
劉の手が黒崎のそれを包みこみ、頬からそっと引き剥がした。そして軽く鼻先にキスを、して。
「恋する男は何処までもバカになるんやもん」
「…言ってろ…ボケっ…」
「…あっ……」
くっきりと浮かび上がった鎖骨に舌を這わせると、黒崎の身体がぴくりと震える。その反応を楽しむかのように、劉はそこをきつく吸い上げた。
「…やめろ…跡がつく…だろっ?」
「いいやん、わいのモノって証や」
そう言って劉はもう一度鎖骨の薄い肉を吸い上げると、ゆっくりと唇を指先を、下へと移動させてゆく。
「…んっ…バカ…」
指先が胸に辿り着くと、それを人差し指と中指で摘み上げる。するとそれはたちまちぴんっと張り詰めた。
「…あっ…ん……」
指の先で転がしたり、爪を軽く立てたりして、劉は黒崎を追い詰めてゆく。開いている方の胸の果実を口に含んでやれば、黒崎は耐えきれないような甘い吐息を洩らした。
「…あぁ…ん…」
両の胸を征服されて黒崎の身体が鮮魚のようにぴくりと跳ねる。けれども劉は行為を止める事はせずに、逆に執拗にそこを攻め立てた。
「…あ…もう…」
…もうそこは…いいから…言いそうになって黒崎は咄嗟に止めた。流石にその先を言う事は黒崎には出来なかった。けれどもその表情で劉には全て、伝わったから。
「せっかちやなー、隼人は」
くすっと一つ笑って、劉は胸への愛撫を開放した。そして指先を、唇を、黒崎の全身へ余す事無く滑らせた。ぴくりと黒崎の身体が跳ねるのを、楽しみながら。
「…んっ……」
下着まで一気に黒崎の衣服を外すと、劉はその足の付け根に愛撫する。その甘い刺激が逆に黒崎には、もどかしくて。
「…イジワルだ…お前…」
そのもどかしさがイヤで黒崎は無理やり劉を自らから引き剥がした。その見上げてくる黒崎の瞳は快楽によって潤み始めていた。
「何でや?隼人」
「…イジワルだっお前は……」
なんだか腹立たしくて黒崎は劉の髪をぎゅっと掴んで引っ張った。でもその仕草ですら、劉には目に入れても痛くない程に可愛いのだ。
「本当可愛ええなー、隼人は」
だから。だから、劉が零した言葉は。甘すぎる睦言でしかなくて…。
「ああっ」
やっと与えられた刺激に満足したように黒崎は甘い悲鳴を上げた。そのまま自らの手のひらに黒崎の欲望を吐き出させてやる。
どくんどくんと脈を打ちながら、黒崎自身はあっけなく果てた。そんな彼にまた劉はキスをひとつして。
「…隼人、目開けて」
「…劉……」
「隼人の瞳って、綺麗やなー」
まだ息が整わなくて黒崎の薄い胸が揺れていた。そこに劉は唇を落とすと、再び黒崎自身に手を添えた。
「…あっ…劉…」
「…隼人…わいは隼人が欲しいんや……」
手を添えていた指がゆっくりと黒崎の後ろに廻るとそのまま最奥へと侵入した。黒崎自身が放った精液のお蔭でスムーズに指先は侵入を果した。
「…んっ…」
丹念に抜き差しを繰り返し、劉は指先を馴染ませてゆく。何時しか蠢く指の本数も次第に増やされ、それに伴って黒崎自身も再び形を変化させていた。
「…ふぅ…んっ…あっ…」
一気に指が引きぬかれ、その喪失感に黒崎の内壁が刺激を求めてひくひくと震えた。それを見届けてから、劉は。
「ええか?隼人」
その言葉に微かに頷く黒崎を見届けて、劉はゆっくりと彼に侵入した。
「…あっ…あ…ん…」
根元まで収めると一端劉は動きを止めた。そして静かに黒崎を見下ろす。
「…隼人…」
汗でべとつく前髪を掻き上げてやりながら、劉は優しくその名を呼んだ。黒崎が自分に名前を呼ばれるのが好きだと、言ったから。
「…りゅ…う…」
劉の声が静かに黒崎の身体に、胸に。そして、心に。心に染み込んでゆく。その優しさに身を委ねながら、黒崎は潤んだ瞳で劉を見つめた。視線が、絡み合う。
「好きやで、隼人」
劉は黒崎の腰を掴むとそのままゆっくりと動き始めた。最初の頃はがむしゃらだった劉も慣れて来たのか、最近は焦ったりはしない。
ゆっくりとけれども確実に、黒崎を手に入れてゆく。
「…あぁ…あ…」
こうして黒崎を傷つけないようにと。細心の注意を払って。慈しむように、優しく。けれども、眩暈が起きる程に、熱く。
「大好きやで」
「…あああっ!」
そして互いを開放する為に、劉は一気に黒崎を最奥まで貫いた。
「…大丈夫か、隼人?」
「大丈夫じゃ、ない」
「ご、ごめんなー隼人…わい優しくしたつもりやけど…つい隼人が可愛くて…」
本当に「おろおろ」とした顔で劉が言うから…つい黒埼は可笑しくなって。
「嘘だよ…お前は優しいから…平気だ…」
そう言って自分から、キスをした。こんな事初めてだった。だから。
だから次の瞬間見せた劉の驚きの顔が死ぬほど可笑しくて。可笑しかったから、全部。全部それで許してやろうと、思った。
だってここはふたりだけのsweet edenだ
End