With you
それは、小さなしあわせ。
けれどもふたりにとっては。
ふたりにとっては、とても。
―――とても、大切なことだから。
黄色い丸い月が、窓から室内を照らしている。
何となく眠る気になれなかった紅井は、自分の腕の中で丸まって眠る黒崎の横顔をそっと見つめる。すやすやと寝息を立てながら眠るその顔を。
「…隼人……」
そっと名前を呼んで、柔らかい前髪を掻き上げてやる。しかしぐっすりと眠ってしまった黒崎は、全く動く気配は無かったけれど。
「お前、本当―気持ち良さそうに眠るんだな」
紅井の口元が無意識に緩む。どうしようもなく、可愛くて。普段はどこか人を寄せつけない大人びた雰囲気を持っている彼だが、こうして瞼を閉じた横顔はひどく子供に見える。
眼鏡を外しているせいだろうか?それとも、安心しきって眠っているから?
事実、黒崎は子供なのだけど。どんなに人間を自分から引き離そうとしても、時々見せる飢えた瞳が心情を表している。そして、今も。
黒崎の右手はこうして、紅井の指を離すまいと必死に掴んでいる。
「…眠っている時だけは素直なんだけどなぁ……」
紅井は苦笑を禁じえない。黒崎が素直な時は、抱かれている時と、眠っている時だけなのだから。だけど。
こんな黒崎に出逢えた自分を幸福だと想う。例えきっかけが何で有ろうとも、確かに自分の腕を必要としたのだから。
―――誰も信じない 誰も頼らない…俺は孤独なヒーローだ。
そう言ったお前が。
何時も独りで強がろうとするお前。
何時も自分だけで頑張ろうとするお前。
そんなお前に。そんなお前に言いたかったから、伝えたかったから。
―――独りじゃないと。
俺達が…俺っちが、そばにいると…一緒にいると……
「…まあ、いいかっ。俺っちは長期戦も得意だからなっ…」
そう言って紅井は、触れるだけの優しいキスを黒崎に与える。
とても優しくて、そして暖かいキスを。
―――With You
優しい夢から君が覚めないように
悲しみひとつだって近づけない
ちいさな、しあわせ。
ほんの些細なしあわせ。
でもそれを積み重ねてゆけば。
少しづつ、降り積もらせてゆけば。
何時か、何時しかそれは溢れ出して。
抱え切れない程、溢れ出すから。
ふいに、腕の中の黒崎が寝返りをうつ。
そうして紅井の視界に入ったその顔は…。
―――幸せそうに、笑っていた。
End