多分、その先は…

多分、その先は言葉にしなくても気付いたんだろう。
けれども敢えて言葉として聴きたかったのは。
聴きたかったのは、俺の。俺の我が侭なのかな?


「蓬莱寺、君はどうしてこう…」
散らばった部屋に入った途端、お前の形いい眉が釣り上がる。怒っていても美形は美形なんだよなぁ、畜生…とか思いつつも少しだけ見惚れたりする自分が悔しい。
「うるせーな、亀。別にいいだろうがっ俺の部屋なんだから、勝手にさせろよっ!」
「――君はどうして亀亀って…名前で呼んではくれないのかい?」
わざとらしく大きな溜め息をついて、俺の前に立つと顎を掴んで強引にキスしてきた。これはズルイ…俺はお前のキスには弱いんだから……。
「せめて恋人の名前くらい、ちゃんと呼んでくれたまえ」
そしてとどめの柔らかい微笑み。本当に俺…この笑顔に弱いんだ。そんな顔をされるとついつい力が入らなくなって、お前の腕の中に崩れてしまう。広くて優しい腕の中に。
―――悔しいけど…すげーこの場所が俺にとって何よりも心地いい場所、なんだ……。
「くす、君はこうしていれば可愛いのに」
「う、うるせー亀っ!!男が可愛いなんて言われても嬉しくねーよっ!!」
「でも君は、可愛い。どうしようもない程にね」
お前の手が強引に俺の頬に掛かって、上へ向かせると。向かせるとまた、キスをひとつくれた。
―――俺がこのキスに弱いのを…知っていて……。


お前は意地悪だ。
何時も俺のする事に文句ばっかり言うくせに。
俺の言う事なんて耳を貸しはしない。
けれども。けれどもまた。
お前が誰よりも優しい事を、俺は知っている。
本当は誰よりも、優しい事を。


「せっかく君の見たかった映画のチケットを手に入れたんだけど…今日は部屋の掃除に変更だね」
「ええっ?!!ずりーずりーなんだよっ!!それはっ!!」
「自業自得だろう?君の部屋が汚いのがいけない。映画を見に行きたかったら、部屋を綺麗にする事だね」
「…ち、ちくしょー亀の分際で……」
「そう言う事を言うと連れていかないよ」
「…ヴ……」
「行きたいんだろう?だったら頑張って掃除する事だね」
「…そんな殺生だぜーーっ!!こんな部屋片付く訳ねーよっ!」
「自分で散らかしたくせに…飽きれるね、君は…まあいい」
「如月っ?!」
「くす、やっと名前で呼んだね。じゃあご褒美に僕も手伝ってあげるとしよう」


甘やかし過ぎてるな、と自分でも思う。
僕にとっての『恋人』はあくまでも飾りだった。
僕の隣で綺麗に華のように笑ってくれればそれでよかった。
何処へ出ても恥かしくないようにしてくれればよかった。
それなのに、君は。君は全て裏切っている。
僕の言う事は全然聴かないし、素直に隣にいてくれない。
何時もそのしなやかな両足で駆け巡って。好奇心のままに。
こころのままに、色々な場所へと跳び立つ君。
けれども。けれどもそんな君が、僕は目が離せないんだ。
僕の言う事なんて何一つ聞かない。
僕の思っている事なんて平気で無視する。
けれども、僕はそんな君が。

―――君が、愛しくてたまらないんだ。


やっとの事で部屋が片付いた時には、もう外は暗くなっていた。それでも君はひどく嬉しそうに笑っている。部屋を片付けたと言う事に満足しているのだろう。君は一度決めた事は絶対にやり遂げなければ気がすまない。そんな君の性格がよく出ていてひどく可笑しかった。
「いえーい、綺麗になったぜっやったーっ!」
「何時も片付けていれば、こんな苦労はないだろうに」
「…う、うるせーっ!!普通男の部屋ってのは多少は汚いモンなんだよ。綺麗過ぎるお前が異常なんだっつーの」
頬をぷうっと膨らませながら拗ねる君が、僕にはやっぱりどうしようもない程に愛しい。愛しくて可愛いから。だから意地悪をしてしまうんだ。君のその顔が、見たいから。
「人間として常に廻りを綺麗にさせる事は、当然の事だ。日々の積み重ねが人を作るのだから」
「どーしてお前は屁理屈ばっかなんだよ…少しは誉めてくれたっていいだろう?」
口を尖らせて拗ねる君は…やっぱりどうしようもない程に可愛い。ああ、ダメだ。やっぱり僕は君にはどうしようもなく甘くなってしまう。
「分かったよ、おいで…蓬莱寺…」
「わっ!」
腕を掴んでそのまま腕の中に引き寄せた。陽だまりの匂いのする身体。太陽の匂いのする髪。その全てが、腕に、肌に心地いい。
「よく出来ました」
よしよしと頭を撫でてやると不満そうに僕を見上げて来た。そうだろうね、君は子供扱いされるのをひどく嫌うから。でも僕はそこが楽しくて仕方ないんだけれども。
「…どーしてお前はそうなんだよっ亀っ!!」
言いたい事は分かっている。―――どうして俺がいやがる事ばかりするんだと…。でも答えは、君は知っているだろう?本当は分かっているんだろう?
「僕の口から、聴きたいのかい?」
その言葉に君は。君は小さくこくりと、頷いた……。


多分、その先は分かっている。
お前が言うセリフを俺は分かっている。
けれども、さ。
けれどもやっぱり。
やっぱりお前の口から聴きたいんだよ。
バカみたいだけど。こうやって。
こうやって、時々。
時々、お前の口から俺は。
俺はその言葉を、聴きたいんだ……。

―――ガキみたいだって…笑うかな?


そのまま俯いてしまった君の顔を僕に向けさせて。
そして、ひとつ。ひとつ、囁いた。
君の耳元にそっと。そっと、囁いた。


―――君が好きだから…意地悪したくなるんだよ…と。


その言葉に照れくさそうに君は笑って。
そして僕もひとつ、笑って。

見つめ合いながら、ひとつキスをした。


「…映画…行けなくなってしまったね…」
「…いいよ…映画よりも俺……」

「俺もっといいモン…目の前で見ているからさ……」



End

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