手のひらから、零れてゆくもの。

指の隙間から零れ落ちたものは、僕の最期のリアルだった。

さらさらと流れてゆく時の砂に指を絡めて、その砂を掴んだ。
その瞬間だけが、僕にとって現実になる。僕にとってのリアルになる。
そしてまた砂が零れ落ちた瞬間、僕は。
僕は夢の中へと堕ちてゆく。

―――けれどももう僕には、現実と夢の境界線は分からない。


瞼を閉じた先に見えるのは、君のただひとつの笑顔。
「…蓬莱寺……」
冷たい君の頬に手を充てて、そのまま包み込む。褐色の肌。太陽の光を吸収した肌。何時も君の廻りには太陽が、光が在った。眩しい程の光の洪水。それがひどく僕には眩しかった。
「―――やっと僕だけのものになった……」
僕の持つ光はかりそめでしかない。何時も足元から闇が染み込んでいた。漆黒の闇。暗くどす黒い僕の闇。誰かにこの闇を気付かれはしないだろうかと、何時も何処かで警戒していた。この胸に渦巻く欲望の闇を。
「…僕だけの…ものだ……」
僕の醜い闇すらも反射する君の光。強い、光。眩し過ぎて手を伸ばせば、ただれてしまうのではないかと思える程の、強い強い光。けれども惹かれずにはいられない、その光。
―――羨ましくもあり、そして妬ましくもあった…その光。
「…僕だけの……」
欲しかった、君が欲しかった。手に入れてそして穢したかった。君の光を僕の闇で染めたかった。僕と同じ場所まで堕としたかった。綺麗なものだけを見て、そして真っ直ぐに前だけを見つめている瞳を、僕は穢したかった。
―――君を、穢したかったんだ……
冷たい唇にそっと僕は口付ける。冷たい体温のしない唇。けれども今こうして僕が唇を重ねれば体温が灯るだろう?僕の体温を、与えられるだろう?
君の身体に、僕が暖かさを灯せるだろう?


初めに切り落としたのは脚だった。
君がもう何処にもいかないように、その脚を切り落とした。
野獣のようにしなやかな君の脚。この脚で君は地上を駆け巡る。
心のままに君は、駆け抜けてゆく。
だから切り落とした。もう何処にもいかないようにと。
そして切り落とした脚に、口付けをしながら。
流れる血を吸い上げた。

『……お前は…そんなに俺が…憎いのか?』

あれだけの血を流しながらも、睨み付けるその瞳が。光を放つその瞳が、綺麗だ。
このまま綺麗なまま閉じ込めてしまいたい。僕の腕の中に、僕の手のひらに。
――――君を閉じ込めて、しまいたい。

『―――どうして憎いと思うんだい?』

憎い?ああ憎いかもしれないね。
どんなに欲しがっても僕のものにならない君が。
どんなに手に入れようとしても逃げる君が。
憎たらしいね。ああ、憎たらしいよ。
―――でもそれ以上に、君を愛しているよ。


脚のなくなった君をそのまま犯した。
繋がった部分から血が流れだし、僕のワイシャツを紅く染める。
その紅さだけが色のない世界のただひとつの色彩だとでも言うように。
ひどく、その紅い色だけが鮮やかに瞳に焼き付いた。

綺麗、だね。紅い血に染まる君は…とても綺麗、だよ……


次に腕を切り取った。
もう他の誰かに触れられないように。
僕以外触れられないように、君の手を。
君の手を切り落とした。
そしてその節くれだった指にひとつひとつ口付けをする。

『…何で…だ…よ……』

何度も僕に抉られ、そして腕と脚を切り落とされた君。
それでも君は僕を睨み付ける。途切れ途切れの息のまま。
最期の最期まで君は僕に屈指はしない。
君のプライドは僕如きでは崩す事は出来ない。分かっている。
分かっているから、だから惹かれたんだ。

『分からない?ああ、君には永遠に分からないかもしれないね。君は無意識に人を傷つける。君自身の知らない間に…君はその存在事態で人を傷つけているんだ』

一瞬。ほんの一瞬君は哀しそうな顔をする。その顔を僕は見たかった、そして見たくはなかった。
君は他人の事なんて考えなくていい。自分のことだけを考えていればいい。君という存在事態が鋭い刃物なのだから。君に近付けば、血を流さずにはいられない…傷つかずにはいられない…それが君なのだから。
君が他人の為に流す涙は似合わない。君が他人の為に向ける憐れみは似合わない。君は常に前だけを見て、そして。そして自分のことだけを考えていればいい。それが。それが君という存在なのだから。
そしてそんな君を…君を穢す事が…僕の闇に堕とす事が…僕にとって唯一の真実。

―――僕は君を、愛しているんだ……


手も脚もなくなった君を僕はまた犯した。息さえも出来ない程の激しい口付けを与えながら。
このまま君は死ぬだろう。僕の腕の中で死ぬだろう。冷たくなって、ただの肉の塊になるのだろう。それで、いい。それが、いい。
君の瞼に最期に映るのが僕の姿だったならば。君の最期の記憶が僕の姿だったならば。そして。そして君の体温を感じるのが僕だったならば。
君の中に注ぎ込む熱い液体。ほらこれが僕だよ。君を犯している僕だよ。
君の身体が冷たくなっても僕がこうして注いであげるから。君の身体に体温を灯すから。だから君は『永遠』だ。僕の腕の中にいる限り、永遠だ。

『―――している…蓬莱寺……』

―――聴こえるだろうか?
それとももう君の魂は旅だってしまったのだろうか?
分からない、分からないけど、僕は。
僕はただひとつの真実を、君に告げた。


君が、微笑う。
太陽のような笑顔で。
君は、微笑った。
それは。
それは僕が見た幻なのだろうか?
瞼の裏が見せた、幻なのだろうか?


お前の闇を、俺は何時しか気がついていた。
お前の中に巣食らう深い闇を。
俺は気付いて見て見ぬ振りをしていた。
どうしてだか、分かるか?
お前の破滅の先に俺がいる事を…何時しか俺も望んでいたんだよ。

だから俺は、笑う。
俺のせいでお前が壊れた事に。
俺は心の底から笑う。

―――俺はお前に勝ったんだ…と……。

逃げ続けた。ずっと逃げ続けた。
捕らえられたらそこで終わりだから。
それ以上何処にもゆけないから。
だから俺は、逃げ続ける。
『死』と言う名の永遠に届かない場所へと。
お前がそれでも俺を追い続けるだろうと。
追い続けるだろうと…分かっているから……。

―――追いかけて…欲しかった…から……


君の身体が冷たくなっても、抜け殻になっても、僕は犯し続けた。
君の笑顔を瞼の裏に焼き付けながら、狂うほどに君を求めた。
―――ああ僕は、狂っているのかもしれない。


現実と夢の境界線が分からなくなる。
時の砂は僕の手のひらから零れてゆく。
零れて落ちてそして。そして僕らを埋めてゆく。
さらさら、さらさらと僕らを埋め尽くしてゆく。
僕らを、埋めてゆく。

冷たい頬に手を重ねて、そして口付けをした。
僕の体温を君に与える為に。君とひとつになる為に、口付けをした。


手のひらから最期の砂が零れて、僕らの廻りに埋もれてゆく。
それが。それが僕にとっての最期のリアル。
後はただ。ただ零れゆく時の砂の中で、僕は。
僕は君の笑顔だけを想い、そして眠ろう。



―――時の砂に埋もれて、永遠の眠りにつこう。君とともに……。





End

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