Sunrise

…その喉元に、噛みつきたいと思った。

身体を貫く熱い楔が、壬生の口許から悲鳴じみた声を上げさせる。けれども村雨は構わずに、より深くその身体を抉った。
「…あっ…あぁ……」
爪が背中に食い込む。そこから一筋の紅い糸が引いたが、村雨は行為を止めようとはしない。
「…壬生、もっとイイ声で鳴けよ……」
「…はぁっ…ああ……」
見掛けよりもずっと細い壬生の腰を抱きながら、村雨は耳元で囁く。その声にすら敏感な壬生の身体は、感じた。男に抱かれる事に慣れた身体は、その全てを快楽として受け止めてしまう。
…ただの浅ましい獣となって。快楽を貪るただの、野獣となって…。
「あの館長だっけ?…あの男の前では、どーやって抱かれてんだ?」
睨み返そうとしたが、それは叶わなかった。身体の中に埋め込まれた村雨自身が壬生の瞳を開かせる事を、許さなかったから。
「ああっ…やめ…動かない…っ……」
唇が降って来る。その口付けは、苦しい程に優しい。こんなにも自分を乱暴に扱うくせに、どうして口付けだけは…こんなにも優しい?
「…んっ…んん……」
絡みつく舌はまるで生き物のようだった。その生暖かい感触がまた、壬生の瞼を震わせる。そして重なり合った肌に当たる不精ヒゲの感触も。そのどれもこれもが、身体の芯を疼かせた。
「…あぁ…はぁ……」
「まあ、いいさ。俺に抱かれてる時くらいは…俺の事だけ考えてろよ」
そう言った村雨の言葉がひどく、遠くに聞えた。

どうしてこんな事になったのかは、今でも分からない。
ただ自分と館長の関係がばれた時に村雨は一言だけ言った。
『あの男と寝れるなら、俺とだって寝れるだろう?』
その一言が、全てだった。自分は拒む事すら忘れて、その腕の中に堕ちていった。
自分でも、分からない。
ただ当然のように微笑って、当たり前のように自分を腕の中に閉じ込めたのが。
それが、悔しくて。たまらなく悔しくて。
だから、拒まなかった。抵抗しなかった。何もかもを拒絶して、身体だけを与えた。それなのに。それなのに時々訪れるこの激しいまでの衝動は…一体なんだろう?

「あああっ!!」
意識が弾けると同時に体内に白い欲望が注ぎ込まれる。それを全て受け止めると、やっとの事で身体から壬生を悩ませた異物が引き抜かれた。その途端中に注がれていた液体が、壬生の太ももに伝った。その感触に壬生の形良い眉が歪む。
「舐めて、やろうか?」
太ももからふくらはぎまで滴る白い液体を、村雨はぺろりと舐めた。その度にまた、快楽の火種を残した壬生の身体が跳ねた。
「本当にお前の身体は、淫乱だな」
「…やめっ…村雨、さ…んっ………」
足を辿っていた舌が何時しか壬生の双丘の狭間に辿りつく。そのままその蕾に舌を這わした。
「…やぁ…あ…んっ……」
ぴちゃぴちゃと淫らな音を立てながら、村雨は壬生のそこに残っていた液体を全て舌先で拭った。しかしそれによって壬生の身体は再び追い詰められてゆく。
「綺麗にしてやってるのに…『こっち』でまた汚すのか?」
唇が離れたと同時に村雨の指が壬生自身に絡まる。それは先程果てた筈なのに、再び形を変化させていた。
「…やっ…止めて…ください…あ……」
手のひらで包み込んでやりながら、先端に指を這わした。それだけでたちまちに壬生のそれは限界にまで膨れあがる。
「止めたらてめーが辛いだろうが」
「…あぁ…あ…ん……」
耳元で囁かれて、息を吹きかけられる。その感触がまた、壬生の身体を煽ってゆく。びくびくと小刻みに揺れる身体を確認しながら、村雨はその欲望の捌け口を自らの指で塞いだ。
「…あっ…止め…!」
「止めるのは、どっちだ?壬生」
村雨の言葉に壬生の身体がさぁっと朱に染まる。そんな様子を余裕の笑みで見つめながら、村雨は再びその質問を繰り返した。
「どっちだ?壬生」
その言葉に壬生はただ、首を横に振るしか出来なかった。

…この人はどうして自分を抱くのだろう?
分からない、相手ならもっといくらでも選べるのに。
何で自分を抱くのだろうか?

「…言葉で言わねーと、分かんねーぞ」
わざと肝心な部分を外しながら、村雨は壬生の身体に触れる。けれども出口は塞がれたままだった。壬生を、追い詰める為に…。
「…やだっ…村雨…さんっ……」
「言えよ、壬生。お前の口から聞きたい」
その声がひどく真剣に聞えて、壬生は快楽に濡れた瞳を開いた。重たい瞼が開いた先の、思いの外の真剣な瞳に…壬生自身が戸惑った。こんな瞳を彼が自分にする事に…。その事が、信じられなくて。
「聞きてーんだよ、お前が俺を欲しがる言葉が」
「…何言っ…て……」
「俺を欲しがれよ、壬生」
「…村雨…さん……」
「あの男より…俺を……」
「…ああっ……」
村雨の爪が壬生自身の先端を抉った。けれども塞いだ指先が欲望を吐き出す事を許してはくれない。痛い程に張り詰めて、先走りの雫を零すだけで。
それが壬生の意識を狂わせる。何も考えられなくなってゆく。
「…言えよ…壬生……」
「…あぁ…もぅ…ぁ……」
目尻から零れる快楽の涙を舌で辿りながら、村雨はなおも壬生を追い詰めた。もう壬生の耳には自分の言葉など届いていないのかもしれない、そう思いながら。
「…もぅ……」
「もう、どうしたい?言えよ」
「…イカせて……村雨…さん……」
「やっと、言ったな」
その時村雨がどんな表情でこのセリフを言ったかは…壬生には分からなかった。

多分俺はあの男に嫉妬している。
壬生を繋ぎとめているあの男に。でも。
でもそれを口にしたら…
きっとお前は俺を馬鹿にするんだろーな。

…お前にはきっと、分からない……俺がどんな気持ちでお前を抱いているのか

隣で眠る村雨の顔を見つめながら、壬生はその不精ヒゲに指で触れてみた。館長と抱かれている時と明らかに違うと感じるのは、このヒゲの感触と。そして…

壬生はそのゆっくりと上下する村雨の喉にそっと、歯を立てた。

……このまま噛みきってしまいたいと、思った。

それがどんな気持ちでくるのかは分からない。ただ突然に自分を襲ってくる理由のない衝動が、それを自分に求めさせる。
噛みきって食いちぎってしまいたいと。このまま食らいつくしてしまいたいと。
そう、思った。

…このまま噛みきって、しまいたいと……。




End

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