DARK DREAM / 夢で、逢えたら。

それはひとときの、悪い夢。

壬生は一瞬、自分の置かれた状況を把握する事が出来なかった。
「…え?……」
ぼんやりとする意識を持て余しながら、ゆっくりと廻りを見渡す。そこは無機質な白い部屋、だった。まるで病院を思わせる白い壁に、必要最低限の家具だけ置かれている…。壬生の記憶する限りでは、全く知らない部屋だった。
「…何処だ…ここは?……」
壬生は室内を確認しようとして、寝かされていたベッドから立ち上がろうとする。けれどもその行為は、叶う事はなかった。何故なら壬生の両腕は何か紐のような物で縛られていて、身動きがままならない状況になっていたので。
「…なっ……」
何時もの自分なら冷静に状況を判断してこんな紐などたやすく解いていただろう。しかし何故か今の自分にはそれが出来なかった。何故だか頭がぼんやりとして、まともな思考回路をしてはくれなかった。……その時、だった。
「やっと目が醒めたみたいですね、壬生さん」
少しだけ舌ったらずのひどく甘い声が、壬生の耳に届いたのは。そして振り返った先には…まるで天使のような笑みを浮かべた、子悪魔の瞳をした霧島が、いた。

それは本当に偶然の再会だった。
『仕事』を終えて帰ろうとした壬生を霧島が呼び止めて。本来ならこんな『甘ちゃん』など相手にしない自分だが…多分何処か仕事で滅入っていたのだろう、喫茶店に誘われたのを断りきれず、コーヒーを飲みながら少し話をして…。それから……それから??
壬生はその先を思い出そうとしても思い出せなかった。考えようとしても思考が上手く廻らなくて。ひどく、頭が重たかった。
「どうしたんです?壬生さん」
にっこりと微笑いながら、霧島は壬生の居るベッドに近づいてくる。そして彼の前に立つと、ゆっくりと彼を見下ろした。
「どうしたも…これは一体どういう事だ?…霧島……」
出来るだけ冷静を装いながら壬生は霧島に言った。けれどもその声が何処か上擦っている。何故だか今の霧島には尋常ではない何かを感じる…。
「どうしたって、貴方が喫茶店で倒れたから、僕の部屋まで運んだんですよ」
「だったらこれは…どう言う真似だ?」
「…どう言うって……」
くかりと口許だけで霧島は微笑うと、ポケットから小さな小瓶を取り出す。そしてその中の液体を一口、口に含んで。
「…こう言う意味…ですよ……」
霧島は壬生の顎を掴むと強引に、口付けた。抵抗する間も無く壬生の口中に先ほどの液体が放り込まれる。それを飲み干すまで、霧島は壬生の口を開放しなかった。
「…なっ……」
唇が離れた途端、壬生が鋭く霧島を睨み付ける。けれどもそんな壬生に霧島は相変わらず天使のような無邪気な笑みを浮かべながら。
「何も、しませんよ。貴方みたいな人は…自分からしていただかないと…面白くありませんからね」
…ひどく優しい声で、そう言った。

「…ふっ……」
身体がひどく、熱かった。それは抑えようとしても、抑え切れなくて。何時しか壬生の口許からは甘い息が、零れていた。それを必死で堪えようとしても拡散する意識はそれを許しはしない。
「…どうしたんですか?壬生さん……」
にっこりと微笑みながら、霧島は壬生に近づく。霧島がその上に乗っかったことによって、ベッドが軋む。その音がひどく壬生の耳に響いた。
「…あ……」
耳元に息を吹きかけるように囁かれて、耐え切れずに壬生の口から小さな声が漏れた。
「…ふふ…そんな切ない声だして…本当にどうしたんですか?」
「…何でも…ない……」
その声を聴かれたくなくて壬生はぎゅっと唇を噛んだ。そこから一筋の血が流れたが構わずに。けれども。けれどもそう思っても、思考は身体の熱へと奪われてゆく……。
「…辛いんでしょう?……」
霧島は動きの取れない壬生の頬へ、そっと指を滑らせた。その指先の感触だけでも、壬生の身体は疼いてしまう。
「辛いならそう、言ってくださいよ。壬生さん」
霧島は頬から首筋へと、その指を滑らせてゆく。そして偶然に辿りついたというように、壬生の胸を指先で摘む。それだけでワイシャツの上からでもはっきりと分かる程、壬生の胸が張り詰めた。
「…あっ……」
指の腹で転がしながら、胸の突起のラインを辿る。軽く爪を立ててやれば、耐え切れずに壬生は甘い声を零してしまう。
「…やっ…あ……」
「イヤなんですか?壬生さん」
くすくすと霧島は笑うと、胸へと滑らせていた手を外してやる。そして静かに壬生を見下ろした。
「イヤなら僕は何もしませんよ。でもそれだと貴方が辛いんじゃ、ないですか?」
甘く優しい声で霧島は囁いた。けれどもこの声には無数の刺が、隠されている。
「…僕に…触れるな……」
壬生は精一杯霧島を睨みつけた。けれども暴走を始めた身体では、そんなものはただの虚勢でしかない。ただの、虚勢でしか……。
「…ふぅっ……」
大きく息を吐き出し、熱を抑えようとする。けれども零した吐息の思いがけない甘さに、壬生は狼狽した。その空きを霧島は決して見逃さずに。
「ほら、苦しいんでしょう?だったらそう言ってくださいよ」
柔らかく笑うと、再び指先を尖った胸へと滑らせた。霧島がそこに触れるだけで、壬生の身体がぴくりと震える。
「…やっ…やめろっ…」
抵抗の声も喘ぎ混じりで、効果など無い。そんな壬生を見下ろしながら、霧島は爪でその突起を「かりりっ」と引っ掻いた。
「…やめっ…あぁ……」
その痛みにすら壬生の身体は感じた。何時しかその刺激を求めて、無意識に壬生は胸を突き出していた。
「くすくす…壬生さんって…淫乱だなぁ……」
そんな壬生に霧島はせせら笑うと、ワイシャツのボタンを外してやる。そして直に霧島は壬生のそれに指で愛撫を始めた。
「…やぁっ…あ……」
人差し指と中指で摘み上げ、舌先でつついてやる。するとみるみる内に、その胸の果実は紅く色づいた。
「…あっ…ぁぁ…」
小刻みに身体を震わせながら、それでも壬生は必死に耐えようとする。けれどもその意思とは裏腹に、身体は正直に答えた。現に今も霧島の愛撫を受けて、胸の果実は痛い程に張り詰めていた。
「もっと、して欲しいでしょう?」
囁くように霧島は、言う。けれども壬生の理性が首を左右に振って拒絶をした。そこではいと言うのは…あまりにも屈辱的だ。
「本当に壬生さんって、嘘吐きですね」
けれども霧島はそんな壬生を気にする事なく、一旦胸の愛撫を開放してやる。けれども壬生が安堵のため息を漏らす間もなく、霧島は壬生のズボンを下着事剥ぎ取った。
「…あっ……」
冷たい空気に自身を触れられて、壬生は一瞬竦みあがる。けれども次の瞬間にはその冷たい空気ですらも感じてしまい、前よりももっと身体が熱く疼いた。
「ほら、嘘吐きですよ。もうこんなになっているのに」
霧島はくすくすと笑うと、壬生の足首を掴み限界まで広げさせる。そして微かに立ちあがりかけた壬生自身を、舐めるような視線で見下ろした。
「…やっ…やめろっ…霧島……」
その屈辱に耐えきれず、壬生は必死に足を動かして閉じようとする。しかし疼くから身体は壬生の思い通りには動いてくれなくて。
「どうして?僕は貴方がウソを付くから、一番正直な場所に聞いてみただけなのに」
霧島の台詞に壬生の身体がぱあっと朱に染まる。耐えきれずに壬生は、その顔をシーツに埋めた。
「ほらここは、凄く正直ですよ」
「…ああっ!……」
ぴんっと霧島の指が壬生自身を弾く。それだけで壬生の口からは嬌声が零れた。
「…ふっ…くっ……」
その声がイヤで咄嗟に壬生はシーツに噛み付いた。けれども霧島の手は止まる事はなかった。その手がその視線が壬生を、追い詰めて行く。
「…ふぅ…つっ……」
どくどくと脈を打ち始めたそれに、霧島は舌を這わし始めた。先端をしゃぶってやると、先走りの雫が零れてくる。
「…あっ!……」
けれども霧島はその状態のまま唇を外すと、限界まで張り詰めたその根元をゴムで止めて出口を塞いでしまう。
「…やめっ…霧島っ!……」
「駄目ですよ、これは罰です。貴方が嘘吐きだから。正直に言うまでは外しませんよ」
「…やっ…やだっ…あ……」
霧島はそれだけを言うと根元を止めたまま、壬生の先端を舌で舐めた。イキたくても出口を止められてしまったそれは、熱だけを増してゆき壬生を悩ませるだけだった。
「…やめ…お願い…ゆるし…」
先端の割れ目を舌で辿ってやると、壬生は目尻に涙を零して訴えた。限界を超えた快楽は何時しか苦痛となって壬生の身体を支配した。
「…もう…ゆるし……」
「だったら‘欲しい’って言ってくださいよ。そうしたら許してあげますよ」
まるで悪魔の囁きのように、甘く優しく霧島は告げる。その声に抵抗出来るだけの理性は…もう壬生には残ってはいなかった。
「…ほし…いっ……」
ただこの熱を開放して欲しくて。ただそれだけの為に一心で、壬生はそれを口にした。
「…欲しい…です……」
涙混じりに訴える壬生を楽しそうに見下ろしながら、霧島はゴムを外してやる。そして開放してやる為に、そこを乱暴に扱いてやった。
「……ああっ!」
壬生は喉をさらけ出しながらも、やっと得られた開放に満足そうに喘いた。

…ひどく甘い果実には、苦い毒が含まれている。

「どうしたんですか?壬生さん」
一度開放された筈なのに、壬生の身体の熱は収まる事は無かった。それどころかひどく敏感になった身体は、肌が布に擦れる感覚にすら感じてしまう。
「…な、なんでもない……」
「まだ、足りないですか?」
苦しそうに身体を小刻みに震わす壬生にわざと煽るように言うと、投げ出されたままの壬生の脚をぐいっと開かせた。
「…なっ……」
そして先ほどの小瓶を取り出すと、霧島は自らの指にその液体をひとつ垂らした。
「いやらしいんですねぇ、壬生さんの身体って。あれだけじゃ、満足出来ないんだ」
くすくすと無邪気に笑いながら、霧島は濡れた指先を壬生の最奥へと忍び込ませた。
「…くっ……」
普段なら中々挿入を果せないであろう指も、薬の影響でたやすく侵入を果した。くいっと中で指を曲げながら、内壁を掻き分けほぐしてゆく。
「…くぅ…んっ…はぁ…」
「壬生さんの中って、凄く熱いんですね」
耳元で囁かれる言葉のあまりの恥かしさに、壬生は耳まで紅く染めた。けれどもそんな心とは反対に、壬生の内壁は刺激を求めてひくひくと切なげに震えていた。
「…やぁ…ぁ…」
指の本数を増やされ、それぞれが勝手に動き始める。その巧みな指の動きに、壬生は悩まされた。神経がどっかおかしくなりそう…。
「…あぁ…あ…」
「本当に壬生さんは、淫乱ですね。これじゃあ僕の指がちぎれてしまいます」
霧島の言葉に壬生の全身がかあっと、真っ赤に染まる。そんな壬生を横目に見ながら、霧島は体内に埋めた指の本数を三本に増やした。その瞬間壬生の身体が強張ったが、溶かされた蕾はそれすらも受け入れてしまう。
「…あぁ…もう…いや…だ……」
四本目の指が入れられた時に、ついに壬生は耐えきれずにそう訴えた。何時しか一度果てた筈の壬生自身も、再び限界まで膨れ上がっていた。
「どうしてですか?貴方の‘ここ’こんなになっているのに」
軽く指先で先端を弾かれ、壬生は身を捩って悶えた。恥かし、かった。後ろだけの刺激でイッてしまいそうな自分が。死ぬほど、恥かしかった。
「…いやぁ…きり…しまっ……」
いやいやとかぶりを振って訴える壬生に、けれども霧島は冷酷とも言える微笑を口許に浮かべて。
「またウソをつくんですね。強情ですね、貴方は」
一気に体内に埋めていた指を引き抜いた。その刺激にすら壬生は、声を上げてしまう。
「ならばじっくりおしおきをしてあげますよ」
そう言うと霧島は壬生の身体を引っ張ってうつぶせにさせた。そしてそのまま獣の態勢を取らせる。
「…やっ…やだっ…霧島っ…」
その恥かしい部分を突き出す格好に、壬生は耐えきれずにシーツに顔を埋める。けれどもそれが逆にその部分を霧島に差し出す形になってしまう。
「…あっ…」
霧島が壬生の滑らかな双丘をするりと撫でる。それだけでぴくりと震えてしまう身体が恨めしかった。けれどもそんな理性すらも暴走した体には無駄でしかなくて。
「…あっ…つ……」
指先で双丘を広げると、霧島はその狭間に舌を滑らせた。わざとぴちゃぴちゃと音を発てながら、壬生の羞恥心を煽ってゆく。
「…はぁ…ぁぁ…」
柔らかい肉の部分に舌を入れられ、充分に湿らされる。そうしてしばらくそこを潤して、やっと霧島の舌が離れた。
けれどもそれ以上、霧島は何もしてこなかった。ただ、舐めるような視線で壬生を見下ろすだけで。そして壬生が霧島の意図する所に気付くのはすぐ、だった。
「…ふぅっ…」
限界まで昇らされた肢体が、開放を求めて暴れ出す。けれども壬生はそれを開放する術を持たなかった。
何故ならば霧島はそれ以上壬生に触れなかったし、そして何よりも壬生自身の両手は拘束されていたのだから。
「…くぅっ…」
唇を噛み締めて壬生は必死にこの熱に耐えようとする。けれども心より身体が、限界を訴えていた。早くこの状態を何とかして欲しい。何時しか壬生の思考はそれたげに支配されていた。それ、だけに。
「…きり…しまっ……」
最後のプライドと言う理性が外される。薬で普段より敏感になっている身体が、それを増幅させる。もう何も、考えることが出来ない…。
「どうしたんですか?壬生さん」
甘い囁きが、壬生の耳元へと降って来る。それは天使の仮面を被った、悪魔のものだった。そう霧島は極上な笑顔を浮かべながら、最も残酷な仕打ちを壬生にしてくる。
「…もぉ……」
「もう?」
「…許してぇっ……」
壬生の声は最後の方は殆ど涙声になっていた。けれども霧島はそんな壬生に、またあの天使のような笑みを浮かべて。
「駄目ですよ。貴方は僕に嘘を付きましたからね。許してほしいのでしたら、それなりの態度で示してください」
霧島の手が壬生の腕に廻り縛られていた手を解いてやる。それは鈍い痺れを伴いながら、ぱたりとベッドの上に落ちた。
「ほら、自分でやってください」
落ちた手を拾い上げると、霧島はその手を壬生自身へと導いた。そして重なるようにして、上から握ってやる。
「…ああっ…」
やっと与えられた刺激に、壬生は堪える事すら忘れて声を上げた。そんな壬生を見つめながら、霧島は自ら添えていた手を外した。けれども壬生には自らの手を外す事は、もう出来なかった。もう、止めることは出来なかった。
「…あっ…あぁぁ……」
自らの指を動かし、追い詰めてゆく。先端に痛い程爪を立てれば、限界まで達していたそれは呆気ないほどに簡単に果てた。それを見届けて、霧島は。
「よく、出来ましたね。なら今度は僕が楽しませてもらいましょうか?」
そう言うと荒い息のまま喘ぐ壬生の腰を掴むと、一気に霧島は自らの武器で貫いた。

「……ああっ!!」
突然突っ込まれた異物の大きさに、壬生は身体を真っ二つに引き裂かれるような痛みを感じる。けれどもそれは最初だけで、後は薬のせいもあってかスムーズに侵入を果した。
「…あっ…ああ…」
根元まで全て埋め込むと、霧島は一端動きを止めた。そして手を前に廻し、尖った壬生の胸をぴんっと弾いた。
「…ああ……」
手のひらで転がしながら、霧島はゆっくりと腰を使い始めた。深く貫いて。一気に引き抜く。無茶苦茶なリズムを刻んでやると、先ほど果てた筈の壬生自身が再び震えながら立ち上がる。
「…あぁ…あああ……」
ぐちゃぐちゃと淫らな音を立てながら、接続部分が擦れる。その音にすら壬生の身体は感じてしまう。もう何も、考えられなかった。
「…ああ…あ……」
ただ後はもう、霧島の作り出す快楽を追うのみで。もう、何一つ。そして。
「あああっ!!」
最後の時を迎える壬生の瞳には、もう何も映ってはいなかった。

あれから何度、貫かれたかは覚えていない。
自分は殆ど意識を失っていたし、何も覚えてはいなかったから。
でも身体に残る痛みと、足に伝う精液だけが。
それが現実だと、はっきりと伝えていた。

…それが悪夢じゃ、ないと。

「貴方が、悪いんですよ…壬生さん……」
けれどもベッドの上の壬生が答える事は、決してなかった。彼の意識は既にブラック・アウトしていたので。それでも構わずに霧島は、続けた。
「僕の事を『甘ちゃん』なんて言うからですよ」
そして霧島はまた、笑った。天使のように、無邪気に。そして。

……悪魔のように、囁く。

「もう離しませんよ…壬生さん…貴方の身体は僕のものだ……」


    



…その腕でそっと、抱きしめてくれたなら。
何もいらないと。何も欲しくないと。そう、思った。

嘘じゃない。貴方がいてくれれば、それだけでいい。

透明な水の中にいるみたい、だった。足元から浸透した水が全身を包み込み、そして。そして自分の身体を隙間無く埋めてゆく。そしてその水に抱かれた自分は、まるで母親の体内に包まれたような、そんな安心感で満たされてゆく。このままこの水の中で永遠に眠りたいと、そう思った。

嘘でもいい。今だけでいいから、好きだっていって欲しい。

目が醒めた瞬間に泣きたくなったのは、その優しすぎる笑顔のせい。

「…如月さんだ……」
その言葉を呟いた壬生の表情があまりにも無邪気で、そしてあまりにも無垢だったから。如月はつい、口許に柔らかい笑みを浮かべた。
「…これ…夢かな ?……」
まだ寝ぼけまなこの表情で彼は如月を見上げた。まだ視界と思考がぼんやりしているらしい。普段の彼からは想像も出来ない程の、子供染みた表情、そして仕草。
「夢じゃ、ないよ」
そう言って眠り姫を目覚めさせるように、そっと如月は壬生に口付けた。けれどもその甘やかなキスがまだ壬生を夢の中に住まわせているみたいだった。
…こんな事…現実にはありえない、と。心の何処かが言っているから……。
「夢でもいい…貴方がキスしてくれるなら…ずっと夢の中にいたい……」
「夢じゃないよ、紅葉。ほら本物の僕だよ」
そう言って如月はそっと壬生を抱き寄せた。胸に顔を埋められそして耳元に届いた心臓の鼓動を聞いて…初めて壬生はこれが夢じゃないと…夢なんかじゃないと、気が付いた。
「…如月、さん?…」
驚愕に瞳を見開いたまま壬生は如月の顔を見上げる。その先にある綺麗な笑みは、やはりこれは夢なのかと思わせる程で。でも抱きしめてくれる腕の暖かさが、これを現実だと教えてくれた。
「どうして?…どうして貴方がここに?…」
投げかける疑問符は、けれども如月の再び降りてきた唇によって答えは出なかった。ただこの時点で壬生が認識できたのは、ここが自分の部屋でそして如月が自分を抱きしめていると言う事だけで。
それだけが今の壬生の、事実だった。
「僕のキスを君は逃げない…これは自惚れてもいいのかな?……」
大きくて優しい手が壬生の頬を包み込む。そこから染み込む暖かさが、壬生の全身に浸透してゆく。その泣きたくなるくらいの暖かさが。
「…僕は…如月さん…っ!」
勢い余って起き上がろうとした壬生の腹部を鈍い痛みが襲う。その瞬間になって、自分は全てを思い出した。薄くぼやけたその記憶の先の、深くて暗い闇に。
「…紅葉?…」
如月の目にも分かる程壬生の身体が震える。その振動は直に如月の腕に、心に伝わる。彼は、思い出したのだ…自分がさっきまでどんな目にあっていたかを。
「…僕は……」
全身の血が抜けてしまったような真っ青な顔で自分を見上げる彼がいたたまれなくなって、如月は再びその唇に口付けた。色を無くしたその唇を温もりで暖めるように。
「何も、言うな…紅葉…何も言わなくていいから……」
震える身体を閉じ込めようとするかのように如月は彼の身体を力の限り抱きしめた。その全てを、自分の腕の中に閉じ込めてしまうように。
「このまま…僕の腕の中にいてくれ……」
骨が砕けてしまうほど力強い腕に抱きしめられた瞬間、このまま粉々に砕かれたら幸せだと…壬生は思った。

天使のような無邪気さで、あの男は微笑う。
『…まさか、貴方が出てくるなんて思いませんでしたよ…意外な組み合わせだなぁ』
「…霧島…貴様……」
『美味しかったですよ、壬生さん。でも初めてじゃないですよね、男と寝るのは…相手は貴方だったんですか?』
それは違うと心では否定したが、それを口に出す事はしなかった。口に出した所で、それを完全に否定出来ない自分がいる。確かに自分は…彼を手に入れたいと、抱きたいと思っていたのだから…。
『僕はてっきりあの‘館長’が壬生さんの相手だと思っていたんですが…まあどっちでも僕はいいですけれど』
「…何故貴様、こんな事をした?…」
『壬生さんが僕を‘甘ちゃん’なんて侮辱するからですよ。だから組み敷いた、単なる僕の自己満足の為ですよ』
悪びれもせずに笑うこの男は、何だか自分とは違う生き物のような感じさえした。それは単純な嫌悪感だけでは言い表せない何かが、如月の全身を支配する。
「自己満足で紅葉を汚した罪は重いぞ、霧島」
けれどもそれを跳ね返す強さを、また如月は持っていた。だからこそ。
『……僕は貴方だけは敵に廻したくなかった…とんだ計算外ですよ……』
如月は微笑った。それは見る者全ての魂を奪う程綺麗で、そして全ての者を凍りつかせる程壮絶な笑みだった。
綺麗と恐怖が同一の意味だと、そう思わせるほどの。
「僕は君を許さないよ」
『…貴方は龍麻先輩に心を奪われていると思ったのに…何故壬生さんなんですか?』
「君に答える義務は無い」
『分かりました、僕だって自分自身は大切だ。これ以上貴方の機嫌を損ねたくない』
「二度と紅葉に近づくな。いいか、霧島。僕に二度目はないぞ」
『…本当に怖い人だ。そんなに綺麗な顔をしてるのに…』
「僕を本気で怒らせたのは、君が二人目だよ」
『…一人目は?…なんて聞くのは野暮ですね…そんなに壬生さんがいいんですか?』
「…殺せるよ、僕は」
如月は再び微笑う。その綺麗な笑みはぞくりとする程の恐怖を与える。綺麗故に、綺麗過ぎる故に。見る者全てに、恐怖を…。
「紅葉を傷つける者全てを、この手で殺すよ」
『恋に溺れる男ほど、怖い者はないって言うけど…貴方は格別ですよ、如月さん』
「分かっているのなら、失せろ。二度と僕らの前に現れるな」

全てを壊してしまいたいと思うほど、君を愛している。

腕の力が揺るんだと同時に、再び如月の唇が壬生のそれを塞いだ。触れるだけの口付けなのに、こんなにも瞼が震えるのは貴方だから…。
「…好きだよ、紅葉……」
唇が離れたと同時にそっと耳元に囁かれた言葉に、再び壬生の瞳が見開かれる。そして信じられないと言った表情で如月を見つめ返した。
「…う、そ……」
「僕は君にだけは嘘は付かないよ。ずっと好きだった、君が」
ずっとずっと、好きだった。ずっとずっと愛していた。こんな風にこの身体を抱きしめて、その唇にずっと口付けたいと。そう、思っていた。
「どうしたら君が僕のものになってくれるか、そればかり考えていた。愛してる、紅葉」
君の繋がれた鎖をどうしたら解けるか。君を縛るあの男からどうしたら奪えるか。ずっとそればかり考えていた。だからこそ。
「愛してる、紅葉。だから僕のものになってくれ」
だからこそ、自分が許せない。君をこんなめに合わせてしまった、自分自身の力不足が。許せない。君を苦しませているこの現実が。
「僕の腕の中にいてくれ…もう君をこんなめに合わせたくない…僕の目の、手の、届く場所にいてほしい……」
「…如月…さ…ん……」
壬生はその言葉の全てを確かめるように、その名を呟いた。これが夢ならば、永遠に醒めなければいいと、そう思いながら。でも。
「…きさら…ぎ…さん……」
でも抱きしめてくれる腕が、囁く声がこれは夢じゃないと伝えてくれるから。
「…嘘でも…いいです…その言葉が僕に対する慰めでも…それでもいいです…今だけで…いいです……今だけで…いいから……」
「どうして?僕は同情で同性に告白出来るほど、強かには生きていないよ」
「…でも…貴方は龍麻の事が……」
「龍麻は大切だ。それは嘘じゃない。でも君に対する気持ちとは明らかに違う」
「…嘘……」
「…僕が…抱きたいと思うのは…君だけだ……」
確かに龍麻は『運命』を預けた相手だ。でもそれは自分の身体を流れる飛水の血がそうさせるのであって『如月翡翠』の意思は別の所にある。そう…自分自身の心は、彼だけを求めている。この腕の中で小さく震えるこの何よりも愛しい存在を。
「好きだよ、紅葉」
真実だけを映し出す綺麗な如月の瞳が、真っ直ぐに壬生を捉える。その瞳が見せるのは真実だけ。如月の本当の心だけ。だから。
「…僕も…ずっと…貴方だけが……」
だからもう、自分の心を偽れない。僕はこのひとが、好きだ。
「…貴方だけを…如月さん……」
「僕のものに…なってくれるかい?」
如月の言葉に。壬生は小さく、頷いた。その瞬間涙が零れそうになった。

「…僕を…抱いてください…如月さん……」
消え入りそうな小さな声で、胸の中で呟く壬生の髪をそっと如月は撫でた。その身体が小刻みに震えているのが、切なかった。
「出来るなら直にでも僕は君が欲しい。でも…でも今はこうしているだけでいい。君の傷が癒えるまで…無理強いはさせたくない……」
「…如月…さん……」
「…このままこうしていられるだけで…僕は……」
「…じゃあ…今日は……」

「…今日だけでいいです…傍にいてください……」

「今日だけじゃない。これからはずっと君のそばにいるよ」
抱きしめる腕の、限りない優しさと。泣きたくなる程暖かい、その声が。その全てが壬生を癒してく。その、全てが。
「でもそうだね…今日は…」
如月は柔らかく微笑うと、そっと壬生の手を自らの手で包み込んだ。暖かくて大きな手が、ひどく壬生を安心させる。そして。

「今日は、このまま眠ろう。ずっと手を繋いだまま」

君が安らかに、眠れるように。

「…はい、如月さん……」

指を絡めて、そしてこのまま。
このまま眠ろう。そして優しい夢を見よう。
優しさだけが、包み込むこの部屋で。
この人の腕の中で。

…初めて…知った。好きな人と眠る事がこんなに安心出来る事を……。

「…君を傷つける全てのものから、僕が護る…だから……」

…だからずっと、傍にいてくれ。
誰にも聞こえないように呟いたその言葉は。たったひとつの祈り、だった。




End

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