商売
「そんなに愛想が悪かったら、商売にならないよ」
何時もの場所で面を売り屋敷に戻ってきた弥勒に、奈涸が声を掛けてきた。珍しい相手に声を掛けられて弥勒は少々戸惑ったが、それでもやってきた客なので室内へと招き入れる。
「別に愛想で売ろうとは思っていない」
その無愛想な顔がいけないんだよ、と言おうとして奈涸は止めた。弥勒が自分に対して茶を出そうとしたからだ。無愛想で無口であろうとも、彼は決して悪い人間ではない。むしろ奈涸にとって、興味の対象になっていたのだから。
「ありがとう、すまないね。ただ俺はどうしても商売の事になると気になって口を出さずにはいられない性分なんだ」
出されたお茶をにっこりと微笑いながら奈涸は受け取る。片手でも器用にこなしてみせる弥勒に半ば関心しながら。そして一口飲んで、再び彼に視線を戻した。
「…何だ?……」
視線に気付いて少しだけ弥勒は妙な表情をした。その時になって奈涸はふと、気が付いた。彼はこうして誰かに凝視されたりする事に慣れていない。自分に視線が集まることに。いや、集まることには慣れているのだ。彼が、片腕が無いことによっての廻りからの好奇の視線は。けれどもこんな風に。こんな風に違った意味で向けられる視線に…慣れていないのだ。
「いや、君は微笑ったら綺麗だろうなと思っただけだよ」
涼しげに微笑いながら言って来た奈涸の言葉に、弥勒は益々困ったような表情を浮かべる。やっぱり慣れていないのだ。こんな風に他人から向けられる好意に対しての返答に。
「見てみたいな、君の笑顔」
受け取った茶を茶請けに置いて、奈涸はすっと立ち上がった。その一連の動作が全く音がしなかったのに弥勒は驚かされた。忍者だとは聴いていたが、それでもこんな気配すら感じさせずにしてしまう事が、驚きだったのだ。
「見たいと言われて…すぐに出来るものではない……」
何時の間にか奈涸は自分の前に立ち、見下ろしていた。漆黒の双眸が柔らかく微笑む。男なのにひどく綺麗に彼は微笑う。怖い、程に。
「なら違う顔が見たいと言ったら…君は拒否するかい?」
その笑顔が鮮烈に網膜に刻まれたと思ったら…手を顎に掛けられて、そのまま強引に唇を塞がれた。
初めは興味の対象だった。商売が絡むとどうしても視界に入れずにはいられない。
ましてこの不器用で無表情な男が物を売るという行為を、どんな風にしているのか気になった。
気になったから、視界に入れて見ていた。見ていたら…違うことが気になった。
―――君がどんな顔をして微笑うのか。君が他にどんな顔を持っているのか……
畳の上に押し倒されて、初めて弥勒は自分の置かれている状況を理解した。突然口付けられて唇を解こうにも、巧みな舌遣いに意識が朦朧としてくる。片手しかない手で身体を撥ね退けようとしたが、何時しかそれも痺れるような口付けのせいで叶わなかった。
「…止めろ…何を……」
やっと開放された唇から零れる声は何処か弱々しかった。無理も無い巧みな口付けと痺れるような技巧に酔わされた、弥勒の意識では。
「何をってこの状況で君も、野暮な質問をするね」
微笑う顔がやっぱり、怖いほどに綺麗だった。弥勒は背筋がぞくっとするのを感じた。それが押し倒された畳の冷たさのせいじゃないのは嫌と言うほどに分かる。嫌という、程に。
「俺は…女ではない……」
「そんなこと百も承知だよ。僕は確かめたいんだ―――君という商品価値を、ね」
「…俺は…物でもない……」
「ああ、そう物じゃない。だからこうして、反応をする」
「―――っ!」
するりと冷たい手のひらが弥勒の胸元へと滑り込んでくる。その手の感触に組み敷いた弥勒の身体がびくんっと跳ねた。
「君がどんな顔をするのか…見たいんだ…君が溺れる顔を…」
「…悪趣味な…手、離せ…っ」
唯一の手で身体を撥ね退けようとしても叶わなかった。その手を掴まれ頭上に掲げられる。その間にももう一方の手が弥勒の胸の果実を弄び、彼の快楽を嫌がおうでも煽っていった。
「見たいんだ、君の顔。色々…見たいんだ……」
「…奈涸?……」
真剣な瞳、だった。真っ直ぐに自分に向けられる瞳だった。そんな瞳を自分に向けてくれる人間を…弥勒は知らない。いつも自分に向けられる視線は、ただひたすらに好奇と蔑みの視線だけだったから。だからこんな瞳は―――。
「俺に見せてくれ、弥勒」
もう一度唇が重ねられる。熱い口付けだった。意識も思考も何もかもが溶かされる口付けだった。その甘やかさに溶かされ、弥勒は強張っていた身体の力を何時しか抜いていた……。
「…はぁっ…あぁ……」
尖った胸の果実を舌で嬲られながら、もう一方は指で摘まれる。同時に与えられる刺激に、弥勒は堪えきれずに喘いだ。こんな風に男に抱かれることなどなかった身体だが、自然と愛撫に反応を返していた。
それはこの男が余りにも巧みだったせいなのかもしれない。それとももっと別の何かがそうさせたのだろうか?思考が霞んできた弥勒には、もう分からなかったが。
「…あっ…ぁ…奈涸っ……」
何時しか手は、解かれていた。それでも弥勒はもう抗う事はしなかった。与えられる刺激を受け入れ、身体を小刻みに揺らしその舌を、指を感じる。
「―――思ったよりもずっと…敏感なんだな」
「…んっ…はぁっ…っ……」
身体中に散らされる紅い所有の痕が、弥勒の肌に散らばる。それを辿るように指が散らばった痕を撫で、弥勒の性感帯を刺激した。巧みな指先に翻弄されてゆくのを、止められない。
「……あっ!」
下腹部を滑っていた指先が弥勒自身に辿りつく。それをやんわりと包まれ、悲鳴のような声が零れた。けれどもソコに施される愛撫は止められる事無く続いた。包み込まれ撫でられ、先端を爪で抉られ。何時しかその刺激に鈴口からは先走りの蜜が零れていた。
「…あぁっ…あ…止め…もうっ……!!」
びくんびくんと身体が跳ね、限界を伝えていた。それを確認して奈涸は先端を強く扱いてやった。ビュッと言う音ともに流れの手のひらに大量の精液が零れる。
「君はそんな顔をするんだね」
「…え?…くっ!…」
弥勒の精液で濡れた手をそのままずぷりと、背後にある秘所へと忍ばせた。硬く閉ざされた蕾を解くように入り口をなぞりながら、指を奥へと埋めてゆく。
「…くふっ…はっ…んっ……」
くちゅくちゅとわざと音を立てながら指先に付いた精液を内壁に擦り付ける。何度かそれを繰り返すうちに媚肉は緩み、指を奥へ奥へと受け入れるようになっていた。
「…君の快楽に溺れる顔…凄く綺麗だ……」
「…何…言って……」
「―――綺麗、だよ」
くすりと微笑って奈涸はその唇を塞いだ。そこから零れるのはただひたすらに。ひたすらに甘い感触だけで。下を甚振る指の感触すら、忘れてしまうほどの。
「だからもっと。もっと俺に見せてくれ」
ずぷりと音と共に指が引き抜かれる。秘所は濡れぼそり、自らの吐き出した精液が伝っていた。そこに奈涸の熱い塊が当てられる。そして。
「…君は…酔狂だ…こんな俺の…君は…何が欲しいのだ?……」
弥勒は宙に浮いていた自らの手を奈涸の背中に廻した。それは彼を―――否定していなかった。
「何だろう、分からない。分からないという事は…全部、欲しいんだろうな」
その手を感じながら奈涸はひとつ額に口付けると、そのまま弥勒の中へと挿っていった……。
ずっと忘れていたことだった。もうずっと、忘れていたことだった。
こんな風に誰かに求められるという事が。誰かに興味を持たれることが。
そして。そして何よりも自分が誰かに興味を持つことが。
…面以外のものに、自分が興味を…覚えることが……
「ひっ…ああああっ!!」
訪れる衝撃に顔が苦痛に歪む。それでも弥勒は廻した手を、離さなかった。身体を真っ二つに引き裂くような痛みを受け入れながら、爪を立てることで痛みを耐えた。
「いいよ、爪立てて。もっと」
「…あああっ…あぁぁ……」
腰を引き寄せられ、楔が奥へと埋められてゆく。ぬるりとした感触が腿に伝わり自分が出血しているのが分かった。けれども、止めろとは思わなかった。
「…ふっ…あっ…あっ…はぁっ……」
ぐちゅぐちゅと接合部分から濡れた音がする。流れ出た血と、中に残っている精液が交じり合って淫らな音を奏でる。それが直接的に弥勒に響き、身体が熱くなってゆくのを止められない。
「声が苦痛だけじゃなくなってる…感じている?」
耳元に息を吹きかけながら囁かれた言葉に、弥勒はうっすらと目を開いた。痛みと快楽のせいで潤んだ瞳を。
「…んな事を…言うな…っ……」
羞恥のためか睨みつけるような顔で言ってくる弥勒に…奈涸は嬉しそうに微笑った。そんな顔も、見たかったのだ。見たかったから、どんな顔でも。
「じゃあ言わない。身体に聴くから」
「…ああああっ!……」
ぐいっと腰を引き寄せられる。限界まで貫かれ、身体が弓なりに仰け反る。そんな胸元に唇を奈涸は落としながら、何度も抜き差しを繰り返す。激しく、彼を貫いてゆく。
「…あああっ…あああ…もうっ…あっ……」
「―――出すよ、中に」
その低く囁かれる声にぞくりと身体を震わせた瞬間、弥勒の中に熱い液体が注がれた……。
「本当に価値があるものは店には並べないものなんだ」
荒い息をまだ止められない弥勒を抱き寄せながら、奈涸はそっと囁いた。その腰を引き寄せ、背中を撫でながら。
「…何が言いたい?……」
「だから君は余り表に出したくないと言うことだ」
やっと収まったと確認したらそのまま奈涸はひとつ弥勒の唇を塞ぐ。それは触れるだけの優しい口付けだった。まるで彼を労わるような。
「俺は物じゃないと言っただろう?」
「ああ物じゃない。物だったらこんな顔もしないだろう?」
手が頬に触れ、そっと弥勒を撫でる。すべらかな感触が奈涸の指に伝わって、ひどく心地よかった。このまま、閉じ込めてしまいたいと思うほどに。
「…全く…君は何が言いたいんだ?…」
「ふ、簡単なことだよ」
「―――君を俺だけのものにしたいって事だけだ……」
奈涸の言った言葉に弥勒は一瞬どうしていいのか分からない顔をして。そして一瞬…ほんの一瞬、微笑った。それは本当に弥勒にとって無意識のことで、彼自身微笑った事自体が気付かないくらいに。けれども。けれども、奈涸は決して見逃しはしないから。
「やはり君は愛想が悪くていいよ…その顔は僕だけのものにしたいから」
End