幾つもの夜
幾つもの夜を越えてきたけれど。何度も星を数えてきたけれど。
けれども今、この瞬間が。今この夜が、何よりもかけがえのないものになる。
「…あっ……」
久し振りに触れ合う肌は、信じられない程の熱を生んだ。その熱に耐えきれずに壬生は横に向ける。自分を見下ろす男の視線があまりにも真っ直ぐで、一途だったから。
「顔、見せてや。あんさんの綺麗な顔…見たいんや」
けれどもそれもその大きな手で顔を包まれれば、拒む事は出来ない。閉じていた瞼をそっと開ければ、口調とは裏腹の真剣な瞳があった。それが、何よりも壬生の瞼を震わせる。
「…們天丸……」
「やっぱ別嬪さんや。大好きやで」
們天丸の手が、そっと壬生の髪を撫でる。その手は何よりも愛しげで、そして優しかった。この男は何時も…優しかった。
孤独に生き、必要以上に他人に関わりを持たずに、生きてきた自分に。そんな自分の心に土足で踏み込み、そして強引に捕らえていった相手。この心を捉えた唯一の相手。
「…大好きやで…壬生……」
「…んっ…ふっ…んっ…」
角度を変えて何度も何度も們天丸その唇を塞いだ。離れていた時間を埋めるように、何度も。何度もその唇を吸い、舌を絡めた。
「…はぁっ…あ……」
飲みきれなくなった唾液が壬生の口許を伝う。それすらも愛しげに們天丸は舌で掬い上げた。何もかもが愛しく、何もかもが大事なのだと、そう告げているように。
言葉にしなくても、こうして行為だけで、伝わるように。
性急に服を脱がせ、們天丸は壬生の素肌に触れた。普段布に隠れているその肌は、白くきめの細かい肌だった。それを指で触れればたちまち熱が生み出される。それを感じ取りながら、們天丸は彼の弱い部分を集中的に攻め立てた。
「…あっ…あぁ…們天…丸っ……」
弱い部分を攻められ耐えきれずに、壬生は首を左右に振る。けれどもそんな些細な抗議は無駄でしかなかったが。それでも首を振る仕草が愛しく、們天丸は目を細めた。
「―――ほんま、あんさんがいっちゃん好きや」
胸の突起に指を這わし、立ち上がったソレをぎゅっと摘む。その刺激に耐えきれずに壬生の身体がぴくんっと跳ねた。それを眺めながら、空いた方の突起を口に含む。柔らかく噛みながら舌を這わせれば、痛い程に胸の果実は張り詰めた。
「…あぁっ…あんっ…はぁっ…ん……」
唾液でねっとりと濡れた突起から唇を外し、壬生を們天丸は見下ろした。羞恥に耐えきれずぎゅっと目を閉じながら、小刻みに腕の中で震えている身体を。普段の凛とした態度からは想像もつかない、今の彼を。そしてその姿を自分だけが独占しているという事が、何よりも們天丸を喜ばせた。
「壬生、な…目…開けてぇな」
耳元に息を吹きかけるように囁けば、そっと壬生の睫毛が開かれる。その先にある漆黒の瞳が何よりも好きだった。闇に染められながらも、輝くその瞳が。どんなに身体を手を血に濡らしも、何処か無垢な色を持った瞳が。
「…們天…丸……」
「綺麗や、あんさんの瞳。食べてしまいたいくらいに」
「…馬鹿…何言って……」
「でも食べたらあんさんがわい…見れへんから、止めとくわ」
「…自惚れてるな……」
「違うの?」
們天丸のふざけたような、けれども瞳だけが真剣な問いに。その問いに壬生は視線を外して、そして。そして小さな声で…言った。們天丸だけに聴こえるような声で―――違わない、と。
離れていたのはほんの僅かな時間だったのに。
それなのに、こんなにも。こんなにも今の時間が惜しいと思うのは。
そんな風に思うのは、あんさんだからだろう。
幾つもの夜を過ごしてきたけれど。幾つもの朝を迎えてきたけれど、こんなにも。
こんなにもあんさんに逢うのが待ち遠しく、こんなにもあんさんに触れているのが嬉しく。
こんな風に思ったことなどなかった。こんな風に考えた事などなかった。
でもわいは、あんさんのそばにいたくて。ずっと、いたくて。
離れたくないと思った人間は、あんさんだけだった。そばにいてほしいとずっと思った人間は。
濡れた音ともに挿ってくる楔の感触に、壬生の眉が歪んだ。久々に受け入れた肉は熱く、壬生を容赦なく快楽のうねりへと落としてゆく。
「あああっ…あぁぁっ!」
重なった個所が蕩けるほどに熱かった。埋められた楔の大きさが、中を引き裂いてゆく。その感触に壬生は震えた。痛みと同時に襲う快楽に、震えた。
「―――あんさんの中…凄く熱い…わいの事待ってて、くれたんか?」
「…あぁっ…そんな事…言うなっ…はぁっ…んっ……」
「待ってて、くれたんやな。こんなにわいを締め付けてくれる」
「…あぁっ…あぁぁっ……」
きつく締め付けてくる内壁の感触を味わいながら、們天丸は身を進めた。媚肉を掻き分け奥へと進み、一番感じる個所を激しく突いた。
「…あああっ…ああんっ…あんっ……」
壬生の口からはひっきりなしに甘い声が零れる。擦れ合う熱がふたりの身体を支配する。熱くて、熱くて、蕩けてしまう熱に。
「…もう…わい…駄目や…イクで……」
「…あっ…あぁ…待っ…俺も…あぁぁっ……」
背中に廻された手が、ぎゅっと們天丸にしがみ付く。その瞬間弾けるような音がして、壬生の身体の中に熱い液体が注がれる。それを感じながら、壬生も自らの腹の上に白い欲望を吐き出した。
離れていたのはほんの一、二ヶ月。
お前が京へと戻っただけなのに。それなのに。
こんなにも胸にぽっかりと空洞が出来て。
そして淋しいと思ったのは…思ったのは。
ずっと独りだったから、慣れていた筈なのに。
独りでいる事が当たり前だったはずなのに。
なのにお前と出逢ってから、お前と一緒にいてから。
…俺は自分がどうやって独りで過ごしていたのか…思い出せなくなっていた……
幾千もの夜を過ごしてきたけれど。幾千もの朝を迎えてきたけれど。こんなにも。こんなにも満たされていると思えるのは。こんなにも喜びを感じられるのは。
「…好きやで…あんさんだけが…好きや……」
本当に好きな人が、本当に大切な人が。今ここにいるから。こうして触れ合える距離にいるから。こうして、腕の中に…いるから……。
「…們天丸……」
…こうして自分だけの為に…微笑ってくれるから。
「…俺も…好き…だ………」
End