贖罪
――――神よ、この罪を贖い給へ……
神は私を許しはしないだろう。私は許されはしないだろう。
どんな事になろうとも、自分の罪を、逃れられることは出来ないのだから。
この罪から…逃れられはしないのだから。
鎖が全身に食い込んでいる。それがこの身体を引き千切り、何時か私を粉々にするだろう。
紅い髪が、ふわりと揺れてとても綺麗だった。綺麗だから…哀しかった。その髪に埋もれて、そのまま死んでしまいたいと…願った。
「…御神槌…止めっ……」
驚きに見開かれる瞳を瞼に焼き付け、そのまま唇を塞いだ。貴方が本気で私に抵抗出来ないと分かっているから…強引に唇を奪う。
「…止めろっ…こんな…んんっ!……」
髪を引っ張り顔を上げさせ、舌を滑りこませた。くちゃくちゃと濡れた音ともにその舌を絡め取る。激しく貪って、そのまま。そのまま畳の上に、その身体を押し倒した。
「…ずっと…貴方が好きでした…貴方だけを私は……」
唇を離し貴方の口から零れる唾液を拭いながら、私は告げた。多分今私の顔は貴方にとって狂人のように映っているのだろう。狂った男の顔で、映っているのだろう。
でも私はずっと。ずっと貴方のためだけに生きて、そして貴方だけを思っていました。
あの人が現れて、貴方は変わりました。龍斗さん…あの人が現れて。
何時も前だけを見て、幕府に復讐だけを考えていた貴方が。そんな貴方が、後ろを振り返る。
龍斗さんへと、振り返る。復讐以外のものを…見つめようとしている。
そんな貴方を私は誰よりも眩しいと思いながらも、貴方を変えたあの人に醜い嫉妬を抱きました。
…貴方をこんなにも穏やかに変えた…あの人へと……。
私は聖職者でありながらも、この胸に湧き上がる暗い闇を堪えきれませんでした。溢れ出す闇に自らが飲まれてゆくことを。この闇を、止められませんでした。
誰よりも貴方の前では綺麗でいたかった。貴方へのこの想いは、綺麗なままでいたかったのに。それなのに、私は。私は自らを闇にそして血に染めてゆくのを、止められないでいる。
「…何故だ…御神槌…どうしてお前が……」
分からないでしょう、貴方には。貴方に私の想いは分からない。
「…どうして…?……」
貴方のそばにいながら。誰よりもそばにいながら、何も出来ない私。
「――――どうして?だって私は……」
何も出来なかった私。貴方を変えられなかった、私。変われなかった…私。
「…ずっと貴方のことだけを……」
そして何時しかあの人の腕の中で眠る貴方を…私はどうにも出来なかった。
愛していると、ずっと愛していると。それだけを。
それだけを胸に秘め。胸の中に押し殺し、私は。
私は綺麗な振りをしていた。自らの胸に宿る欲望を堪えながら。
堪えながら、生き。自らを偽り、生き。そして。
そして私は、壊れた。胸に湧き上がる闇に、飲み込まれた。
強引に感じる個所を攻めたてた。あの人に抱かれ男の手に慣らされた身体は、いとも簡単に堕落する。幾ら口で抵抗しようとも、私の指に舌に、その身体は反応を寄越した。
「…あぁっ…止め…御神槌…止め…あぁぁ……」
痛いほどに張り詰めた胸の果実を指で転がしながら、脚を広げさせ形を変化させたソレに指を這わす。それだけで腕の中の身体がびくんびくんと跳ねた。
「…あっ…ああ…止めるんだ…こんな…お前らしくなっ…ああっ!」
その言葉に私は手の中にある貴方自身を力任せに、握り締めた。その痛みに身体が跳ね、口から悲鳴のような声が漏れる。それでも私は…止めなかった。
「私らしいとはどんな事ですか?日々神に祈り、貴方の為に戦うことですか?それならば同じだ。私は貴方のためだけに生きている…貴方のためだけに……」
「…あああっ…痛っ…止め…御神槌…あぁっ……」
「私は何時でも貴方のためだけに…生きているのです……」
痛みのせいで貴方の瞳から雫が零れ落ちる。それをそっと舌で拭いながら、私は握り締めていた手を離した。その瞬間貴方の身体の力が緩む。その隙を逃さずに私は、その腰を掴むと一気に自身を挿入させた。
「――――あああっ!!!」
紅い髪が揺れて、悲鳴に喉が仰け反る。その顔が、綺麗だった。何よりも綺麗だった。綺麗過ぎて、私は。私は自分の罪の重さに、壊れてゆく。貴方を穢しながら、私が穢れてゆく。
「…あああっ!…ああああっ……」
愛している。愛している。愛して、いる。ずっとずっと貴方だけを。貴方だけを、愛している。どんな時でも、どんな瞬間でも。そこにあるのは、ただひとつ。ただひとつ、貴方と言う存在だけ。
「…愛しています…貴方を…ずっと……」
永遠に閉じ込めておくつもりだった。心に芽生えた闇を、ずっと。ずっと心の奥底に。私は貴方を穢したくなかった。こんな醜い想いで綺麗な貴方を穢したくはなかった。けれども。けれ、ども。
「…あぁっ…動く…なっ…あぁぁ……」
何時しか私の心の鍵すらも打ち破いてしまうほどの激しい想いが…私を飲み込んだ。飲み込みその本流に流され見えなくなり、そして。そして私は。
「…ずっと…貴方だけを……」
「―――あああああっ!!」
私は、壊れてゆく。私は、粉々にされる。罪に、想いに、愛に。そして罪人になる。
主よ、私は今罪を犯しました。
永遠に許されない罪を犯しました。
どうか、このまま。このまま私を。
――――わたしを、ころして、ください……
「…御神槌…どうして……」
伸びる、貴方の手。そっと、私の頬に。
「…どうして…お前が…泣く?……」
暖かい、貴方の手が。貴方の手が、私の頬に。
「…お前が…泣く…のだ?……」
命。貴方の命。暖かい、貴方の手。貴方のぬくもり。
…愛している。愛している、貴方だけを…愛している……
貴方の手が、そっと。そっと私を抱きしめた。
貴方を組み敷いて犯した男の身体を、抱きしめ。
抱きしめ、そして髪を撫でる指。貴方の、指。
気付いた時には、私は声を上げて泣いていた。
貴方を愛している。ずっと愛している。永遠に私の心は、貴方だけのもの。
だからどうか。どうか、私を殺してください。私を殺してください。
この欲望が、この想いが、この罪が、貴方を深く傷つけてしまう前に。
どうか私を。私を殺してください。私を粉々にしてください。
「…貴方を…愛して…いる……」
嗚咽と共に零れた呟きに、貴方はただ私の髪を撫でるだけだった。想いに答えられない貴方の優しさが。そんな優しさがまた私を苦しめ闇に落としてゆく。それでも。それでも、私は。
私は逃れられない。貴方への想いから…逃れることが出来ない。
深い闇に堕落し、それでも貴方を想う事が止められないのならば。
どうか。どうか私に、罰を。罰を、与えたまへ。
…それでも貴方は私を赦すのだろう…それが、私が愛した貴方なのだから……
End