落ちた星

見上げていた夜空から、そっと。そっと星が落ちてくる。


「何見てんのや?」
背後から掛けられた声に霜葉が振り返れば、そこには自分の予想通りの笑顔があった。他人を食ったような、けれども人懐っこいその笑顔が。
「―――いや別に……」
霜葉はこの笑顔がひどく苦手だった。ある意味無防備にも見える真っ直ぐな笑顔が、自分へと向けられることが。この笑顔を自分がどう返せばいいのか、分からなかったから。
「相変わらず無愛想なやっちゃな…せっかくの別嬪さんが台無しやで」
屈託のない笑顔で們天丸は微笑うと、そのまま霜葉の隣に立つとそのままぐいっと肩を抱き寄せた。その一連の慣れた動作に、霜葉は払い除ける事すら忘れてしまっていた。気が付けば肩を抱き寄せられ、至近距離にその顔がある。
「…離せ、們天丸……」
そう言ってはみるものの、霜葉の声には明らかな否定は含まれていなかった。ただ。ただ戸惑ってどうしていいのか分からないと…そんな所が見えたから、們天丸は手を離さなかった。
「ええやんか、せっかくのふたりきり…そして星が綺麗な夜空、ええ雰囲気やろ?」
そのまま引き寄せ、腕の中に抱きしめる。逃れようと霜葉は身体を引くが、思いがけず強い腕で抱きしめられて…逃れることが出来なかった。
「ほんまあんさん別嬪や…こんな暗闇で見てても…綺麗やわ……」
手が伸びてきて霜葉の髪をそっと撫でる。その優しさが何時も霜葉を戸惑わせた。こんな時、どうしていいのか分からない。腕を振り解けばいいのか、それとも身を任せればいいのか。
こんな風に髪を撫でられるのは嫌じゃない。こうして抱きしめられるのも本当は嫌じゃない。自分が思っているよりもずっと。ずっと、この男に好意を寄せているのは分かっている。分かっているけど、どうしていいのか分からないのだ。
今まで戦いしか知らなかったから。その中で生きる事しか知らなかったから。他人との接触も、他にとの繋がりすらも、自分は一切拒んできたから。

だからこんな時、どうしていいのか…本当に分からないのだ。

ただ腕の中でじっとしている霜葉に們天丸は彼に気付かれないようにひとつ微笑った。そんな不器用なところが、何よりも自分が惹かれるものだった。何よりも、自分が。
今まで器用に世の中を渡ってきたと思う。天狗という身分を隠しおちゃらけた振りをして適当に。適当に、生きてきたから。だからこんなにも不器用で真っ直ぐに生きている存在を…自分には持っていないものを持っている真っ直ぐな魂に。そんな魂に惹かれずにはいられなくて。
「手、廻してくれへんの?」
何度も髪を撫でながら、們天丸はそっと耳元で囁いた。軽く息を吹きかけてやると腕の中の身体がぴくんっと震える。それが何よりも、愛しかった。
「―――背中に手、廻してや。ぎゅっと抱き付いてくれたらわい、しあわせなのに」
「…何で俺が…そんなこと……」
困ったような顔で自分を見上げてくる霜葉の額に們天丸は一つ唇を落とした。その瞬間にぎゅっと目を瞑るのが、ひどく可笑しかった。
「いいやん、してや。髪なでなでしたるから、な」
本当に髪を『なでなで』しながら、們天丸は霜葉をきつく抱きしめる。その強さに少しだけ息が苦しいのを感じながらも、霜葉はおずおずとその手を背中に廻した。
「やったー、もっとぎゅうぎゅう抱きついてや。わいは、あんさんのモノやから」
「何時から俺のものになったんだ?」
「ずーとや。初めて逢った時から、ずーとわいはあんさんのものや」
困ったような照れたような表情を浮かべる霜葉に、們天丸は一つ口付けをした。拒まないその唇に。



強引にこころに入ってきた。
独りがいいと、独りに慣れていると、そんな自分に。
そんな自分の心に、滑り込んで来た。
戸惑う俺の手を引っ張って、お前は連れてゆく。
明るい場所へと、暖かい場所へと。
俺が知らなかった場所へと。俺が知らなかった光へと。


知らなかった、お前に逢うまで知らなかった。こうして抱きしめ合う事の心地よさを。



「ずーっとわいがそばにおるから」
知っている、あんさんが何よりも怯えていることを。
「だから、な。めっちゃわいの事好きになってや」
失う怯えと不安を誰よりも恐れているからこそ。だからこそ。
「好きになってな、わいだけを」
だからこそ、他人を避けて。他人に関わらないようにと。


何時死ぬか分からないと云うあんさんの言葉は。
実は何時死なれてしまうか分からないと云う事の、裏返しだって事に。



「―――星よりも、わいを見てや」
頬に触れる手が、暖かい。そっと、暖かい。
「…們天丸……」
そのぬくもりを与えられることが何時しか。
「…な、見てや…わいだけを」
何時しか何よりも心地よいものになって。そして。
「ずっと、あんさんのそばにいるから」
そして、何よりも欲しいものになっていた。


見つめ合って、戸惑いながら。
それでも微笑う、唇。不器用に。
不器用にけれども、懸命に微笑う顔。


――――何よりも綺麗だと、思うから。何よりも綺麗なものだって……



「やっぱあんさん、綺麗やわ」
「…って何言って…お前は……」
「ほんまやで、まるで」





「空の星がわいの腕の中に落ちたみたいやで」





End

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