螺旋の輪

巡りゆく螺旋の中で、ただ。
ただ出逢った。ただ、巡り逢った。
けれどもそれが何よりも。

―――何よりも、切なく苦しく…そして願ったもの……


この指先を永遠に結んでいられたらと、願った。絡めた指先がとわならばと。
「…天戒……」
自分が組み敷いた相手の顔を龍斗は、その紅い髪を撫でながら覗き込んだ。そうすれば予想通りの漆黒の瞳がそこにはあった。綺麗な黒い、瞳。以前にそこにあったのは復讐という思いだけだった。けれども今は。今はもっと違うものがこの瞳には在るから。
「…龍…どうした?」
髪を撫で形良い額に口付ければ、微かにその瞼が震えた。けれども口許はそっと微笑って龍斗を見上げる。その顔はひどく穏やかで。
「いや…何でもない…ただ……」
穏やかでそして優しい笑顔。初めは復讐に捕らわれ笑いすらも、ひどく痛々しいものだった。少なくとも自分にはそう見えた。
復讐以外のものを与えられず、それ以外のものを何も知らずに育った哀しい子供。外の世界すら知らずに育てられた命。
そこには廻りの過剰なまでの愛があった。唯一の存在が故に大切に護られてきた命。だからこそ『叱られる』事もなく『反発』も知らずに、一番人間の汚い部分を反らされてきた心。
そんな綺麗な心のままなのに、彼に唯一与えられたものが復讐だったから。微妙な均衡の中で少しずつ、彼は自分を見失いかけていた。

―――そんな彼を救いたいと、何時しかそんな事を思っていた……。

自惚れだったのかもしれない。けれども鬼哭村の皆は誰もが彼を慕い、そして彼もその気持ちに答えようと懸命になっていた。
誰もが彼を尊敬や崇拝の眼差しで見つめ、決して誰も彼と同じ立場に立とうとはしなかった。彼と同じ視線で向き合おうとは。だからこそ。だからこそ、自分は。真っ直ぐに向き合いたいと、思った。
「いい顔で笑うようになったな、と」
「…龍……」
飽きる事無く髪を撫で、与えるだけの口付けを繰り返す。顔中にそっと降らせれば、口許からは微かな吐息が零れた。それを全て、拾い上げたいと思った。
「それはきっと…お前がいるからだ……」
その手が伸びてきて、頬に触れる。まだ火照りの残った暖かい手を、頬に。その感触とぬくもりが、何よりも愛しい。



ずっと、独りだった。皆の中にいたのに。
皆に愛されていると分かっているのに、何処か。
何処か自分は何時も独りだと感じていた。
お前がこの村に来るまで。お前が俺のそばに…来るまで。

どうしてだろうな、あんなにも皆が俺を慕ってくれているのにそう感じるのは。

でもお前だけだったんだ。俺の真正面に立ってくれた奴は。
俺と真っ直ぐに向き合ってくれた人間は。俺と対等に。
対等に語り合ってくれた奴はお前だけだったんだ、龍。

馬鹿かと思われるかもしれない。
でもそれは、俺にとって何よりも。
何よりも嬉しかった事なんだ。


――――馬鹿みたいだろう…こうしてずっと指を絡めていたいと…思うのは……



ずっとこうしていたいと。ずっとそばにいたいと。お前のそばに、いたいと。何時からかこんなにも願うようになっていたのか?何時からかこんなにも思うようになっていたのか?
「…天戒…ずっと……」
俺がそばにいると口にしようとして、俺はどうしてもその言葉が出なかった。何故だか分からない。けれども、どうしてもその言葉だけが、出てこなかった。
「どうした?龍」
この絡めた指先を離したくはない。永遠にこのぬくもりで繋がっていたい。けれどもどうして。どうしてこんなにも。こんなにも、別れを…感じる?
「いや何でもない…お前が好きだよ、天戒……」
頭に響く声が、ひとつ。――――傾かないで、と。その声が響き、そして。そして俺を支配する。その声が、何時しか俺を別の場所へと連れ去ろうとしている。
そばにいたいのに。やっと自然に微笑えるようになったお前の。そんなお前のそばにいたいのに。
「…龍…いきなり言うな…その…俺はどうしていいのか、分からん……」
その笑顔をずっと。ずっと俺がさせられるように。お前の背中を護るのは俺であるように。そして俺の背中を護るのもお前であるように。俺は…俺は……。
「どうもしなくていい。このままのお前でいい。このままのお前が、好きだから」
困ったように、けれども微笑うお前をずっと。ずっとこの瞳に焼き付けておきたい。この瞳に、お前だけを焼き付けておきたい。


唇を重ねても。肌を重ねても。
「…天戒俺は……」
消えない不安が胸に広がる。消せない不安が胸を抉る。
「…お前をこの腕の中にずっと……」
ゆっくりと広がり全身を支配して、そして俺は絡めとられ。
「…ずっと閉じ込めておきたい……」
無性に苦しく、そして切なくなる。


声が俺を導く。ここではない何処かへと。そしてそれを逃れる術を、俺は知らない。


螺旋の輪が巡り、そして。
そして何時しか俺達を引き離す。
けれどもまた。また結びつけるのも。
やっぱりこの運命の輪なのだろう。





「…馬鹿だな…龍…閉じ込めなくても俺は…何時でもお前の元へと…自分から行くぞ……」





End

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