光へ、と。
――――復讐しか貴方の心になければ、こんなにも愛しはしなかった。
痛みの分かるひとだから。誰よりも他人の痛みを分かるひとだから。
そしてその痛みすらも自分自身のように感じ。感じそして。
そして素直に、それを分かち合おうとする人。他の誰よりも重たいものを背負いながら。
背負いながら、その全てを自らも共有しようとする人。
他人の痛みを、他人の心を、こうしてそっと触れようとするひと。
貴方の変わりには誰もなれない。
貴方以外の人間は決して貴方にはなれない。
どんな者よりも、どんな物よりも。
ただひとつの、かけがえのないもの。かけがえのない命、だから。
優しさが貴方を完全なる『鬼』には変えなかった。変えることが出来なかった。けれども俺はそんな貴方の人間らしさが…その人と成りが、何よりも好きだったから。
「若、何を見ているのです?」
こうして村の見回りを終えて、必ず貴方は最後にその全貌を見渡す。その瞳が何よりも優しく、何よりも暖かいことは、俺が誰よりも知っている。
「尚雲、今日も」
ふわりと燃えるような紅い髪が風に揺れる。それは純粋に綺麗だと思った。綺麗だと、思った。風に靡き揺れる髪が何よりも、綺麗だと。
夕日の細い光が髪に零れきらきらと輝くその瞬間が、何よりも綺麗だと。
「今日も村の皆は、笑顔だったな」
そう言う貴方の笑顔が。そう言って嬉しそうに微笑む貴方の笑顔が、何よりも村人達の望みで…そして俺の望みでもあるのです。口には出さないけれど。出さないけれど何時も、思っていること。
「そうですね、若」
「―――ああ…こうして一日を皆の笑顔で終われる日が続けば良いと、願わずにはいられない」
優しく暖かい瞳。慈愛の眼差しで誰にでもその瞳を向ける。鬼哭村の全ての者にその瞳は与えられる。
家族だから、と。大切なもの達だから、と。貴方の想いは村全てのものに向けられる。そんな貴方だから。貴方だから皆が、着いてゆくのだから。
「その為ならば俺はどんな修羅の道を歩もうとも…構わん」
自らを犠牲にし、人並の人生を捨て。自分自身すらも捨てて、復讐と村の者の為だけに生きる貴方を。俺はずっと。
―――ずっと、護ってゆきたいから……
何時も先頭に立ち、一番危険な場所へ自ら赴き。
自分の立場よりも仲間を、村を優先する貴方。
自分自身の命よりも、大切なものを護るために。
それを護る為ならばどんな事でもする貴方。
自分自身の自己犠牲すらも、村の為に…皆の為に。
何でもないと云う顔で、微笑う貴方。
だから皆が貴方に着いてゆく。だから皆が貴方へと、着いてゆく。
大事な人だから。大切な人だから。誰よりも護りたい人だから。
「御屋形様おやすみなさーい」
「ああ、おやすみ。夜更かしはするなよ」
村の子供が母親に手を引かれながら、貴方へと挨拶をしてゆく。元気な子供の声に自然と貴方の口許も綻んだ。こんな顔をずっと。ずっと貴方にさせられたらと。
「はーい、御屋形様。御屋形様も早く休んでくださいねー」
「ハハハそうだな」
貴方の辛い顔は見たくない。本当は見たくはない。ただ微笑っていられたらと。ささやかな幸せが何時も貴方に与えられたらと。そんな事だけをずっと。ずっと、思っていても。
「本当に早く休める日が来るといいな」
「ええ、若。本当ですね」
でも俺自身の力ではまだ。まだそれを成しえることが、出来ない。
強くなりたいと願ったのは。誰よりも強くなりたいと願ったのは。
誰よりも貴方を護りたいから。貴方の背中に立てる人間になりたいから。
どんな時でも、どんな瞬間でも、貴方を。貴方の『一番』になりたいから。
―――貴方が一番最初に名前を呼ぶ存在が…自分であって欲しいと、願うから。
「さてと、尚雲」
振り返る貴方の笑顔はひどく子供のようだった。少年期を少年のように過ごせなかった貴方は、それでもふとした瞬間誰よりも『子供』へと戻る。その無邪気な笑顔で。
「見回りの後は、腹が減るものだ。そろそろと戻ろう」
「そうですね、若。若の大好きな油揚げの味噌汁とご飯が待っていますよ」
「ハハハ、そうだな。早く戻るとしようか」
そう言って今にも駆け出しそうな貴方の背中を見つめながら、俺も後を追う。これから先もずっと。ずっとこうして。こうして貴方の背中を追い続けていられるようにと。
…俺の胸の奥にある醜い欲望が、俺自身を飲み込まないようにと、願いながら…光へ、と……
End