独占欲

お前の瞳を見つめたまま 狂うのならそれでも構わない。

欲しいから、手に入れた。ただそれだけ。

初めから望んではいけないものだと、分かっていた。闇に生きる自分には、太陽の光は眩しすぎる。
幾らその手を差し伸べようとも、その光に焦され焼け尽くされるだけ。
それでも。それでも望んでしまった、自分は。
この身が狂い、砕け散るまで求めるしか術はないのだから。

太陽の匂いがする、身体。
「…やめっ…犬神……」
乱暴にワイシャツを剥ぎ取られ、鎖骨の窪みに牙を立てられた。
その痛みとも刺激とも付かない感触に、京一の口から荒い息が漏れた。
「こうされる方が…燃えるだろう?」
ざらついた舌が首筋のラインを辿る。その度に牙が当たりぴくりぴくりと京一の身体が跳ねた。
「…やだっ…んっ……」
強引に口を塞がれた。行為とは裏腹の優しいキス。
どんなに自分を乱暴に扱っても、どんなに無理矢理自分を犯しても、犬神の口付けは泣きたくなるくらいに優しい。
「…んっ…んん……」
溶かされてゆく、意識。身体の芯から疼きだして、何もかもがぼんやりとしてくる。
視界が白く霞みだし、何もかも考えられなくなる。
「……んっ……」
手を伸ばして、その広い背中を掴んだ。よれよれの白衣の感触が、馴染んだ指先にひどく冷たく感じた。
「…お前は…ずるい……」
犬神の髪を掴んで無理矢理自分から引き剥がすと、京一は上目遣いに彼を睨み付けた。
けれどもその瞳はどこか、快楽に濡れていた。
「どうしてだ?」
「何でもそうやって…誤魔化そうとする…」
「俺が一体、何を誤魔化した?」
「…誤魔化し、てる……」
悔しくて京一は思いっきり犬神の髪の毛を引っ張った。
しかし犬神には全く効果が無いのか、相変わらず涼しげな表情を浮かべるだけだった。それが、悔しい。
「…どうしていつも…お前はそーなんだよっ?!」
何だか自分が惨めで泣きたくなった。けれどもここで泣いたら自分が負けだから。だからぎりぎりの所で、堪える。
必死で、堪える。
「蓬莱寺・・・お前何が言いたい?…」
「お前が何も言わないからだっ!」
かんしゃくを起こした子供みたいに、京一は犬神の胸に拳を叩き付けた。
けれども強靭な肉体を持つ犬神には痛くも痒くもなかったが。でも彼は京一のしたいがままに、させた。
「…何とか言えよ…馬鹿野郎っ……」
疲れたのか叩き付けるのをやめると、京一は犬神の胸に崩れ落ちてきた。
そんな彼をそっと抱き留めながら、犬神は彼の怒っている理由をぼんやりと思い出していた。

…あの女と寝た事か……
名前すらうる憶えのルポライターの女を、確かにこの間自分は抱いた。別に大した理由は無かった。
抱いてと言われたから、抱いただけだ。
女と寝るのは、ただの性欲処理以外の何物でもない。相手なんて誰でも構わない。大抵顔すらろくに覚えていない。
「見てたのか、お前は」
柔らかい京一の髪を撫でながら、犬神は言った。その途端、京一の瞳が犬神を睨み付けた。
そのぎらぎらとした瞳を犬神は食べたいと瞬間的に、思った。食らい尽くしてしまいたいと。
「何でエリちゃんとんな事するんだよっ?!…それともお前エリちゃんが好きなのかっ?!」
「‘エリちゃん’って言うのか、あの女の名前は」
その言葉に京一は堪らず犬神の頬を引っ叩いた。酷い、男だと思う。こんな奴本気で許せないと。でも。
「なぜ、お前が怒る?お前とは関係の無い事だろう?」
「関係無いって…お前本当に最低だっ!!何とも思っていない奴を性欲処理の道具にするなっ!!」
「あの女が俺と寝たいと言ったんだ。だから利害は一致している。それだけだ」
「だからって…」
「だからって何だ?お前だって同じだろう。お前だって俺を利用している。自分の性欲のはけ口に。違うのか?」
その言葉に京一の頬がさあっと朱に染まった。目尻にはうっすらと涙が浮かんでいる。
そして睨み付ける瞳は、炎のような激しさで。まるで、太陽のような。
「…本当にそう…お前は思っているのか……」
そう言って京一は自分から犬神に口付けた。それはがむしゃらな口付けだった。
上手く口付けが出来なくて、犬神の牙に唇があたって切れたが構わず京一は行為を続けた。
「…そう…思って…いるのか?……」
切れた京一の唇を犬神はそっと舌で辿った。やっぱりそれは、苦しいほど優しい。
「俺にとって『抱きたい』と思うのはお前だけだ」
「…話を、逸らすな……」
「出来るなら永遠にお前の身体を貫いていたい。でもお前は・・・何時しか俺から離れてゆく」
「…何でそんな事、言うんだよ……」
「お前には分からない。‘永遠’がどれだけ残酷か」
何時も思っている。このまま自分だけのものにして、閉じ込めて離したくないと。
何時も思っている。光の中で自分には手の届かない場所で、綺麗なままで生きて欲しいと。
幸せにしたい。してやりたいと。そして自分だけが独占したい。誰にも渡したくないと。
「でも分かってほしくない。お前には自分と同じ思いはさせたくない」
「…犬神?……」
「そう思いながらも俺は、お前を不幸にしても俺だけの中に取り込みたいと思っている」
矛盾した思いを抱かえれば、行き着く先は破滅しかないのに。それでもまだ、揺らいでいる。ぎりぎりの、選択。
「…分かんねーよ…お前の言ってる事が…もっと俺に分かるように言えよっ!お前は俺をどう思っているんだよっ?!」
「どう思っている?『愛してる』と、言って欲しいのか?」
「…いらねーよっそんな甘ったるい言葉はっ……」
「何て言って欲しい?俺はお前の望む言葉を言ってやる」
それが、答えだ。それがこの矛盾の先の。これが全ての答えだ。自分のこの想いに答えを出すのは、全て…お前だ……。
大切に護ってやりたいと思う心と。全てを引き換えにしても奪いたいと思う心と。どちらも選べる。そしてどちらも選べない。
「…望んでる言葉は…ひとつしかねーよ……」
「言ってみろ。答えてやるから」
「……俺を……」

「…俺だけを…見ていろよ……」

本当は、気付いていた。
お前が他の女と寝るのは、俺を傷つけないためだ。
俺に逃げ道を作っていてくれる結果だ。
…でも……
本当はその方がもっと俺が傷ついていたなんて。
お前は気付いていないんだな。
 
太陽の匂いのする身体。
自分には永遠に手の届かないもの。眩しくて、溶かされてしまうもの。
…でも今この腕の中にそれを手に入れて。
全てを溶かされて何もかも失っても構わないと、そう思った。
 
「見ているさ、ずっと」
「…ああ、見ていろよ。目ぇ、離すんじゃねーぞ……」
 
「…ああ、永遠に………」


End

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